2026年9月23日水曜日

日本史の謎は「地形」で解ける【環境・民族編】

『日本史の謎は「地形」で解ける【環境・民族編】』(PHP文庫、2014年)

 昨日、近所の古書店で100円で売られていた『日本史の謎は「地形」で解ける【環境・民族編】』を購入した。
 第1章が『なぜ信長は「安土の小島」に壮大な城を築いたか』であり、何が書いてあるか知りたかった。「安土の小島」とあるとおり、かつては島のような存在だった安土山に築かれた安土城について書かれている。

『日本史の謎は「地形」で解ける【環境・民族編】』33頁

 上記の地図では、安土山の足元まで琵琶湖の内湖が迫っており、周囲は湿地帯で「安土山は琵琶湖の中に浮かぶ小さな島であった」と筆者は書いている。
 続いて、「信長は琵琶湖周辺のどこでも、自分自身の拠点城として自由に選択することができた。(中略)なぜ、信長はこの安土山を選んだのだろうか?」と問う。その答えはネタバレになるのでここには書かない。

 私も、昨年9月に投稿した「安土城址」(注)で、「大中の湖が干拓されるまでは城のある安土山は琵琶湖に突き出た岬だった」と書いた。
 (注)知命庵: 安土城址(クリックすると飛びます)

 その際に参考にした『隔週刊 日本の城 DVDコレクション 7 安土城』には、安土城は「北陸と京都を結ぶ交通の要衝」と説明されている。

 安土城は、天正4年(1576)から3年の歳月を費やして完成されたが、そのわずか3年後の天正10年(1582)に火災により焼失してしまった。平成元年(1989)から発掘調査が本格的に開始されたとはいえ、まだ謎は多い。

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