2026年5月26日火曜日

倚鍤(いそう)碑

 「御門訴(ごもんそ)事件」をご存じだろうか。明治3(1870)1月に多摩地域で起こった農民たちによる民衆運動である。
 明治新政府による過酷な貯穀供出の命令に対して武蔵野新田12か村が反対し、当時の品川県の担当者は一旦認めた。
 しかし、県知事がそれを覆し、12か村の村役人は捕らえられ、取り調べの拷問により獄死するなど、犠牲者が出た。

御門訴事件記念碑(倚鍤碑)の看板

 私は、地元の物知りな人から「御門訴事件」を知り、ネットで調べていて「倚鍤(いそう)碑」の存在を知った。
 最終的に農民の要求が通り、この事件を記念して犠牲者を慰霊するため、明治27(1894)に「倚鍤碑」が建立された。
 漢和辞典では、「倚」は「たのむ」、「鍤」は「すき」(農具の一種)であり、農具を頼りに抵抗した農民のことだろうか。

「倚鍤碑」

 「倚鍤碑」は武蔵野市八幡町の五日市街道沿いに立っている。私は何度も自転車で通り過ぎながら今まで知らなかった。
 人間が暮らす地域には必ず歴史がある。知らないまま過ごしていることが多いが、それに気づくと景色も変わってくる。

2026年5月24日日曜日

拙著のご購入について(参考情報)

 先日、拙著2冊をAmazonで購入された方に『やっぱり滋賀が好き』の方は中古品しか買えなかった」と言われた。
 確かにAmazonで見ると『「びわ湖検定」でよみがえる』は新品があるが、『やっぱり滋賀が好き』は中古品しかない(新品やコレクター商品もあるが値段が異常に高い)
 ちょうど手持ちの在庫がなくなり出版社から新品を購入したところだったので、出版社へ問い合わせてみた。

 出版社からの回答は、概ね次のとおり。
・倉庫には新品在庫はまだあるが、Amazon売上予測システム自社内のデータしか見ないため、一般書店やリアルな場でなどの売れ行きが反映されない。
Amazonの倉庫も限りあるスペースという環境下にあることから、AIが一時的に発注を取りやめてしまっているのが原因と思われる。

・現在、Amazon上で「中古品」として表示されているものは、Amazonと契約を結んでいる外部の古書店や出品業者が、独自の在庫(古本など)マーケットプレイスという仕組みを通じて出品しているもの。


 私は、個人で数冊の在庫を常時保有し注文があれば郵送ないし手渡ししており、その際、簡単なペーパーを添付しています。
 そのペーパーには、それぞれの拙著について簡単な説明を書いており、お読みいただく上での参考としてお渡ししています。
 拙著のご購入を希望される方に私からの直接購入をお勧めしているのは、そのペーパーをお渡ししたいという理由もあります。

 拙著のご購入を希望される方は、私のメールアドレスskodama0601@gmail.com)宛送付先の住所を記載してご連絡ください。ご希望の住所へゆうメール等でお送りします。
 送料と消費税はおまけしており、代金(1冊目:2000円、2冊目:1800円)は所定の口座(書籍を郵送する際にお知らせします)に振り込んでいただきます。
 因みに、2冊とも私に著作権はなく、仮に売れたとしても私に儲けはありませんが、自分が書いたものを読んでいただきたいという気持ちはあります。

 最後に、昨年10月に投稿した「拙著の紹介」を添付させていただきます。
  知命庵: 拙著の紹介(クリックすると飛びます)

Friend

「Friend」 youtubeより

 日本を代表する男性ボーカリストの一人、玉置浩二がソロになる前の「安全地帯」で歌った「Friend」という曲がある。
 1986年に13枚目のシングルとしてリリースされたが、私はベストアルバムの中で聴いたのがこの曲との出会いだった。
 恋人との死別の歌と解釈する向きもあるが、恋人が友達に変わることを嘆いているという方が正解ではないだろうか。

 友達から恋人になった関係が再び友達に戻る。別れられればいいのだが、それができないのは悲しいことに違いない。 

2026年5月22日金曜日

万葉集

『万葉集 全訳注原文付』

 大学時代のサークルの同級生M君と久しぶりに会ってランチをした。M君は「万葉集」の歌を一首ずつ読んでいると言う。
 M君が読んでいる本が『万葉集 全訳注原文付』(講談社文庫、1978年)であるとわかって、私も買ってみることにした。
 私は2冊の拙著のいろいろな箇所で万葉集について触れているが、実は万葉集の歌をそんなに知っている訳ではない。

『ビギナーズ・クラシックス 万葉集』

 1冊目の『「びわ湖検定」でよみがえる』を執筆した時は、『ビギナーズ・クラシックス 万葉集』(角川文庫、2001年)を参考にした。
 滋賀の枕詞が「さざなみ」であることは、この本で教えられた。「琵琶湖周航の歌」の歌詞の意味に気づいていなかった。
 有名な額田王と大海人皇子の歌も、この本から引用した。全体として素人向けに書かれているので、抵抗なく読めた。

『萬葉集 新 日本古典文学大系』

 2冊目の『やっぱり滋賀が好き』を執筆した時、『萬葉集 新 日本古典文学大系』(岩波書店、1999年)を古書店で購入した。
 万葉仮名で書かれた原文を読んだ方が良いと思ったからだが、いくつかの歌を詠んだ後は本棚でそのままになっていた。
 今回、本ブログへのコメントに柿本人麻呂の歌が書かれていて、この本の存在を思い出したというのが正直なところである。

『古代史再検証 『万葉集』とは何か』

 『古代史再検証 『万葉集』とは何か』(2016年、別冊宝島)も購入しているが、歌そのものを読むことはしていなかった。
 ずいぶん回り道をしたものだと思うが、歌集とはいえ一級の歴史資料である「万葉集」の歌を直接読む意味はあるだろう。
 全てが事実とは言えないものの、歌には詠んだ人の気持ちが残されており、そこから想像できることもあるに違いない。

 時間はかかるだろうが、私も一首ずつ読もうと思う。新しい発見や気づいていなかったことに出会えるかもしれない。

老人のつぶやき

「老人のつぶやき」
 
 オフコースの曲は結構知っていると思っていたが、「老人のつぶやき」という曲を割と最近になってから知った。
 1975年のアルバム『ワインの匂い』のラストにひっそりと入っている。作詞・作曲の小田和正は当時27歳だった。
 「ただあのひとに 私の愛が伝えらえなかった それがこころ残りです」という歌詞の部分で思わず肯いてしまう。

 最後に思うのはそんなことかもしれない。悔いを残さないためには、伝えたい人には自分の気持ちを伝えよう。

2026年5月20日水曜日

T君を偲ぶ

 故人を追悼する記事を今年の1月と2月に2回投稿した。今回のT君で3回目となるが、これで最後にしたい。 
 投稿するのがいいか迷ったが、やはり投稿しようと思う。彼は私の「命の恩人」と言うべき存在である。
 彼が亡くなってから、あと4カ月余りで5年が経つ。会社の後輩で50歳になるかならないかだったと思う。

 ある支店の支店長になっていて、近くへ行く機会に会おうと連絡を取った際、彼が病気になったと知った。
 まだ若かったし、快活なスポーツマンだった。そんな彼が病気になるなんて、私にはとても信じられなかった。
 心から回復を祈っていたが、あっという間に逝ってしまった。最後にもう一度会うことはできなかった。

 本当に素晴らしい人物だった。彼のことを悪く言うのは聞いたことがない。周囲の誰からも好かれていた。
 将来は出世すると誰しもが思っていた。その実力は間違いなくあった。本当に惜しい人を失ったと思う。
 まさに運命のいたずらである。彼がもっと偉くなって活躍する姿を見られなかったのが、残念でならない。

 お葬式には行けずお線香を郵送した。三回忌にも手紙とお線香を郵送した。奥様から丁重なお返事をいただいた。
 現在でも、たまに彼のことを思い出すと悲しくなる。長く生きればいいものでもないが、彼の場合は早過ぎた。
 「善人は早死にする」という諺があるが、「早く亡くなった善人は強く記憶に残る」ということではないだろうか。

 私が仕事で一番大変だった時、彼がそばにいた。部下というよりも同僚といった感じで、助けてもらった。
 難しい仕事だった。私はストレスで鬱になり「もうダメだ」と弱音を吐いた。それでも彼は支えてくれた。
 それが「命の恩人」と思う理由である。彼は頭脳明晰で実行力があり、どんな仕事もやり遂げることができた。

 彼がいなければ、現在の私はなかったのではないかと思う。今更御礼のしようもないが、ご冥福を祈りたい。 

2026年5月18日月曜日

黒猫(Chat Noir)

「黒猫(Chat Noir)」 youtubeより
 
 南佳孝をどこで知ったかは憶えていない。『Seventh Avenue South』というアルバムをいつの間にか聴いていた。
 都会的な曲と少しなげやりな感じのボーカルが特徴であるが、そのオリジナリティは高く評価されてもいいと思う。
 アルバムの最後の曲が「黒猫(Chat Noir)」である。「幸福という名の傷跡だけが残っただけ」という歌詞が印象的だ。

 黒猫のような恋人が突然消えていなくなったことを歌っている。それにしても、猫と女性は似通っている気がする。