2026年10月14日水曜日

インパール

『インパール』(文春文庫、2018年)


 高木俊朗の『インパール』を読んだ。高木俊朗氏は従軍記者で、表題のインパール作戦にも従軍している。
 この本は城山三郎の『一歩の距離』(注)の巻末に載っていて、1冊ぐらい戦記物を読んでみようと思った。
 (注)知命庵: 一歩の距離(クリックすると飛びます)

 正直、読み進むのが辛かった。日本軍における「史上最悪の作戦」と言われる戦いは悲惨そのものだった。

 いかに無謀でも非を認めず作戦を進める将校もいれば、極限状況でも人間性を失うまいとする将校もいる。
 被害者や加害者の立場ではなく、当事者として見た戦争とはどういうものであるか知る必要があるだろう。

2026年10月13日火曜日

スポーツの日

「体育の日」を巡る変遷(「登山ちゃんねる」より)
 
 昨日はスポーツの日だった。月曜日はトレーニングをするので市立体育館へ行くと無料開放されていた。
 受付の若い男性に「昔は体育の日は10月10日と決まっていた」と言うと、きょとんとした顔をしている。
 上表のとおり10月10日が体育の日だったのは25年以上前だから無理もない。自らの昭和な発言を恥じた。

 体育の日は1964年の東京オリンピックの開会式が行われた10月10日を、1966年から国民の祝日とした。
 2020年にスポーツの日に改められ、東京オリンピックの開会式の予定日だった7月24日に変更された。
 実際は東京オリンピックが2021年となり、開会式の7月23日がスポーツの日になったことも忘れていた。

2026年10月12日月曜日

襟裳岬

 
「襟裳岬」 youtubeより

 襟裳岬へは一度行ったことがある。大学時代に友達と北海道旅行をした際にユースホステルに泊まった。
 既に閉館したらしいが、ペンダントにできると言われ、近くの浜で蝶々貝の貝殻を拾ったのを憶えている。
 歌の「襟裳岬」は昨年11月に「落陽」の投稿の中で触れているが(注)、もう一度投稿することにしたい。
 (注)知命庵: 落陽を参照(クリックすると飛びます)

 「北の街ではもう 悲しみを暖炉で 燃やしはじめてるらしい」という出だしは、今の季節に良く似合う。
 「いじけることだけが 生きることだと 飼い馴らしすぎたので」と言って、日々の暮らしを嘆いている。
 「身構えながら 話すなんて ああ おくびょうなんだよね」という独白は、全くそのとおりだと思う。

 人と話す時、私は身構えないようにしている。誤解されることもあるが、その方が自分には合っている。

2026年10月11日日曜日

近江鉄道

近江鉄道(2026/10/9付け日経新聞)

 奈良県在住のSさんが滋賀県に関する新聞記事を時々送ってくれる。それに「近江鉄道は24年の鉄道事業の公有民営化(上下分離)後、同事業の営業損益は31期ぶりに黒字に浮上。25年度も2期連続で黒字を維持している」と書かれていた。

 近江鉄道は貴生川でJRと接続し、柘植を経て伊勢へ繋がっている。江戸時代には、京都の公家が皇族の名代として伊勢神宮と多賀大社へ年3回参詣しており、その際に通った「御代参街道」(注1)に近いルートを行くことができる。
 (注1)『「びわ湖検定」でよみがえる』160頁を参照

 実際に、そのルートで伊勢神宮から多賀大社へ行こうとしたこともあるが、乗り継ぎに時間がかかり過ぎたので貴生川で近江鉄道へ乗り換えず、そのまま草津まで行って琵琶湖線に乗り換えて彦根へ行ったことがある(注2)。
 (注2)「やっぱり滋賀が好き」41頁を参照

 また、近江鉄道の八日市周辺は「蒲生野」と呼ばれ琵琶湖の東側で平地が広がっており、古代において極めて重要な場所であった。さらに、貴生川から信楽高原鐡道に乗り換えて、「紫香楽宮跡」(注3)へ行くこともできる。
 (注3)知命庵: 紫香楽宮(しがらきのみや)跡(クリックすると飛びます)

 以上のように歴史的価値のある近江鉄道が黒字化し、今後も残っていくことになれば大変意義深いことだと思う。近年、地方の赤字路線の廃止などが盛んに議論されているが、近江鉄道にはまだ潜在的な利用価値があると思う。

 因みに、近江鉄道には西武鉄道の中古の車両が使われている。創業者の堤康次郎は近江商人であり、近江鉄道も西武グループに属している。私はそれを知らずに、大津で西武鉄道の車両を見た時に夢を見ているのかと思った。

2026年10月10日土曜日

負けないで

「負けないで」 youtubeより

 ZARDのボーカル、坂井泉水が2007年4月に40歳で亡くなって来年で20年になる。佳人薄命の典型だった。
 「負けないで」は1993年1月発売のZARDの6作目のシングルで、最大の売上かつ初のミリオンを記録した。
 音楽ユニット・ZARDの成功は、その楽曲もさることながら坂井泉水のビジュアルによるところが大きい。

デビュー25周年のベストアルバム

 上掲は、2016年2月にデビュー25周年を記念して発売された4枚組ベストアルバムのジャケット写真である。
 私は坂井泉水がボーカルという以外ZARDのことを知らなかったが、店頭で見かけて思わず買ってしまった。
 結局、「この愛に泳ぎ疲れても」「揺れる想い」「負けないで」の3曲だけウォークマンに録音して売却した。

 こんな綺麗な人に切ない声で「負けないで」なんて言われると私は弱い。今日も一日負けないで頑張ろう。

2026年10月9日金曜日

コスモス

公園のコスモス畑
 
 ここ数日、いいお天気が続いている。今日、晴天の空の下、近所の公園のコスモス畑が満開になっていた。
 コスモス畑の中を歩いている人や周囲で大型カメラを三脚にセットして写真を撮ろうとしている人もいた。
 私が子供の頃は道端にもコスモスがよく咲いていたが、最近はキバナコスモスしかほとんど見なくなった。

 コスモスは、やはり白や薄いピンクの混じった普通のコスモスの方がいい。キバナでは秋の感じがしない。

2026年10月8日木曜日

絹と明察③

『絹と明察』(新潮文庫、1987年)

 先日の投稿で「悔しいので、再読してからもう一度投稿します」(注)と書いた『絹と明察」を読了した。
 (注)知命庵: 絹と明察②を参照(クリックすると飛びます)

 この小説の主人公である駒沢紡績の社長は、極端な家族主義的経営により零細企業を大企業に成長させた。
 しかし、政財界の黒幕の画策によりストライキが決行され、会社は組合側に屈し、社長は病死してしまう。

 現在は、零細企業でもこれほど家族主義的経営の会社はないが、心情的にはまだそういう所はあると思う。
 一方、不祥事が起きた際の経営者の責任の取り方は、最近の方が責任を取らなくなったような気がする。
 それに比べれば、駒沢紡績の社長が自らの死により結果的に責任を取るに至ったのは潔いとさえ感じる。

 「明察」は「真相をはっきりと見抜くこと」であり、三島も最終的には社長に軍配を上げているのだろう。

 因みに、「私がこの小説を読んでいない」と指摘した佐藤さんが拘ったのは、「半透明の下穿き」(133頁)だった。
 『絹と明察』を英訳する際、昭和29年当時に「半透明の下穿き」が存在したか3名の日本女性に確認をされた。
 リアリティに拘るこの姿勢も「明察」といえるだろう。佐藤さん、ちゃんと読まずに申し訳ありませんでした。