2026年11月6日金曜日

邪馬台国 清張通史①

『邪馬台国 清張通史①』(講談社文庫、1986年)

 私がこの本を買ったのは今春の早稲田古書店街だったが、他に読む本があったのでそのままになっていた。
 さすがに松本清張だけあって緻密な資料分析に基づく推理がなされ、いい加減な専門家は批判されている。
 邪馬台国は九州北部にあった「女王国」であり、敵対していた「狗奴国」は九州南部にあったとしている。

 清張通史は①から⑥まであり、まとめて6冊600円で売られていた。次に読むのは②「空白の世紀」である。

2026年11月5日木曜日

冬のリビエラ

「冬のリビエラ」 youtubeより

 1982年11月に発売された森進一の「冬のリビエラ」。大滝詠一の作曲であることはよく知られている。
 若い頃の上司で既に亡くなったKさんの年賀状に、私がこの曲を歌った声を思い出すと書かれていた。
 確かに新入社員の頃にカラオケスナックで歌った記憶があるが、そんな事はもうすっかり忘れていた。

 鼻歌で歌うと当時のことを想い出す。Kさんはもの静かな人だったが、肝心の時には毅然としていた。
 大瀧詠一には「夏のリビエラ」という曲もある。あまり知られていないと思うので、下記に掲載する。

「夏のリビエラ」 youtubeより

2026年11月4日水曜日

ランボー詩集

『ランボー詩集』(新潮文庫、1951年)


 ランボーといえばシルベスター・スタローン主演の映画だが、ひと昔前までは詩人のランボーのことだった。
 1854年生まれのランボーは15歳で詩を書き始め19歳で詩作を放棄したが、早熟の天才詩人と言われている。
 この詩集には、ランボーが17歳の時に書いた、傑作といわれる「酔いどれ船」などの作品が収められている。

 翻訳者は自身も詩人の堀口大学だが、時代背景も異なり古風な文体は今の時代にはなかなか受けないだろう。
 参考までに、大塚博堂の「私はもう女です」という曲に「ランボー詩集」が出てくるので下記に掲載します。
 
「私はもう女です」 youtubeより

2026年11月3日火曜日

近藤勇の墓

近藤勇の墓のそばの石碑

 今朝、深大寺へサイクリングへ出かけた際、気が変わって深大寺入口を過ぎて野川沿いを走っていた。
 大沢の里にあった地図を見て、近くに近藤勇の墓があると知った。人見街道沿いの龍源寺に墓はある。
 本堂の左側から裏に回って、墓地に入ってすぐの右手に、「近藤勇の墓」と書かれた案内板があった。

「近藤勇の墓」の案内板

 ウィキペディアによれば、板橋刑場での処刑後、遺族が遺体を引き取り、龍源寺に葬ったものらしい。
 墓所には、近藤勇以外の祖先の墓も並んでいて、上掲の石碑の正面には真新しい近藤家の墓があった。
 近藤家以外の人がお参りしている感じはなかったが、龍源寺の入口の左側には近藤勇の胸像もあった。

近藤勇の胸像

 新選組は幕末に京都で「松平肥後守御預」となった。「松平肥後守」は会津藩主の松平容保のことである。
 会津藩も新選組も佐幕として朝敵に回った。『会津藩始末記』(注)を読んで近藤勇に呼ばれた気がした。
 (注)知命庵: 会津藩始末記(クリックすると飛びます)

街道をゆく1

『街道をゆく1』(朝日文庫、2008年)

 司馬遼太郎の 足掛け25年の『街道をゆく』シリーズ・全43冊の1は、「湖西のみち」で始まっている。
 「『近江』というこのあわあわとした国名を口ずさむだけでもう、私には詩がはじまっているほど、この国が好きである」と冒頭に書いている。
 このことは、拙著『やっぱり滋賀が好き』の帯で引用し、「私も、それくらい『滋賀』が好きだ!」と書いた。

 『街道をゆく』は、24の「近江散歩」でも滋賀が登場する。他にも『歴史を紀行する』(注1)などで近江に触れている。
 (注1)知命庵: 歴史を紀行する(クリックすると飛びます)

 また、白洲正子が『近江山河抄』(注2)で「えたいの知れぬ魅力にとりつかれてしまった」と書いていることも紹介した。
 (注2)知命庵: 近江山河抄(クリックすると飛びます)

 司馬遼太郎や白洲正子と自分を比べるのは大変おこがましいが、私も「近江」にはまっているのは間違いない。

 滋賀は小さな県であるが、その歴史の深さを踏まえて立体的に考えると、日本でも有数の体積なのかもしれない。
 私が見聞きして知っていることは、まだ2割にも満たないだろう。どこまで行けるかわからないが、挑戦を続ける。

喝采

「喝采」 youtubeより

 1972年のちあきなおみの曲、「喝采」。中学生だった私は、この曲のレコード大賞受賞をよく憶えている。
 歌詞に特徴があって、メロディが歌い易かったからで、歌詞の本当の意味などは良くわかっていなかった。
 後年になって、ちあきなおみの歌の上手さには定評があると知ったが、奥行きのある歌声はさすがである。

 「いつものように幕が開き」で始まり「あれは3年前」へ続くこの歌を、鼻歌なら今でも歌うことができる。

2026年11月2日月曜日

昭和100年の切手

「昭和100年の切手」


 私は頻繁に郵便局へ行く。切手や葉書を買いに行くことが多いが、ゆうパックを出しに行くこともある。
 先日、インクジェットの葉書を買いに行った時、窓口で上掲の「昭和100年の切手」の購入を勧められた。
 滋賀県の国民スポーツ大会の切手(注)を大量に持っているが、たまには別の切手と思い1シート買った。
 (注)知命庵: 第79回国民スポーツ大会(滋賀県)の切手(クリックすると飛びます)

 テレビアニメの切手もあり、昭和世代のN君にアタックNo.1で手紙を出すと、「鮎原こずえ」だと喜ばれた。
 数日経って同じ郵便局へ行くと、「昭和100年の切手」は売り切れたと言われた。やはり人気があったようだ。
 今日、別の郵便局に行ったらまだ残っていたので、2シート買った。もともと発売数が少なかったらしい。

 そのうちなくなると思うので、「昭和100年の切手」に興味がある方は早目に郵便局へ行くのをお勧めする。