2026年9月6日日曜日

Only the Good Die Young

 
'Only the Good Die young' youtubeより

 先日の投稿で、ジョン・レノンが亡くなったのが40歳だったことを改めて認識し、この曲の連想に繋がった。
 ビリー・ジョエルの'Only the Good Die young'は「善人は早死にする」という諺に似ていると思っていた。
 しかし、歌詞を見ると次のとおり善人であることを否定し、自分に付いてくるよう恋人に呼びかけている。

I'd rather laugh with the sinners than cry with the saints
The sinners are much more fun
You know that only the good die young

 若くして亡くなっても立派な功績を残した人物は多い。中江藤樹は40歳、蒲生氏郷も40歳で亡くなっている。 
 中江藤樹は、11歳の時に志を立て、独学で儒教を学んで「わが国の陽明学の祖」と言われるまでになった。
 蒲生氏郷は、14歳で信長の娘と結婚し、会津で92万石の大名となった。偉人は30年あれば一角の事をする。

 私は、早く死にたくはないが、長く生きればいいとも思っていない。しかし、大した事はできそうもない。

貌言視聴思(中江藤樹)

「貌言視聴思」

 昨日の「吉田カバン」の投稿で、上記の「貌言視聴思」を思い出した。私のカバンには、この紙が入っている。
 「貌言視聴思」は、近江聖人といわれる中江藤樹の「五事を正す」という教えの「五事」の具体的な要素である。
  中江藤樹については、拙著『「びわこ検定」でよみがえる』の第2章と第6章で、2回に分けて書いている(注)。
 (注)「近江聖人」(57~62頁)、「中江藤樹」(220~222頁)を参照

 時間が経ったので細かいことは忘れてしまったが、当時、中江藤樹からいろいろな事を学ぶことができた。
 実は、会社の後輩の女性から結婚披露宴のスピーチを依頼され、貌言視聴思」を使って話したことがある。
 女性が長岡市出身だったので、長岡藩の幕末の英雄、河井継之助が陽明学派であったことから話を始めた。

 日本の陽明学の祖といわれる中江藤樹に話を転じて、結婚した後も貌言視聴思」が大切であると説いた。
 「貌」「言」「視」「聴」「思」はそれぞれ大切であるが、特に「思」は心の問題であり難しいという話をした。
 話下手の私にしてはスピーチは思いのほか上手くいって、女性から「両親が喜んでいました」と言われた。
 
 改めて「貌言視聴思」を見ると、良いことが書いてある。最近は忘れていたが、もう一度原点に戻ろう。

2026年9月5日土曜日

吉田カバン

一番古い「吉田カバン」

 私のカバンは全て「吉田カバン」である。ブランドは「LUGGAGE LABEL」と「PORTER」の2種類ある。
 写真の一番古いカバンはニューヨークへ行く前から持っているので40年物だが、今でも十分に使える。
 カバンは8つあって、ポーチからリュックサック、キャリーバック、ガーメントケースまで持っている。

 「吉田カバン」のお店へ行って店員と話をすると、「これ以上もう買うカバンがない」という話になる。
 それにしても「吉田カバン」はよくできている。丈夫だし、ロゴの付け替えを含め修理もしてくれる。
 「吉田カバン」は1935年の設立でもうすぐ100年を迎えるが、店員が自社製品が好きなのがよくわかる。

 「吉田カバン」以外のカバンを持つ気にはならない。もう1つぐらい買ってもいいが、欲しいものがない。

I LOVE YOU

「I LOVE YOU」 youtubeより

 今月になって「9月」が歌詞に入った歌を2回投稿している。今回が3回目で、これで最後にしようと思う。
 オフコースの「I LOVE YOU」の歌詞には「あゝ はやく 九月になれば」という部分が繰り返しある。
 インターネットで調べると小田和正が結婚したのは9月で、この歌は結婚相手に捧げられたものらしい。

 間奏に、下記のとおり、1980年12月9日に殺害されたジョン・レノンの訃報を伝えるニュースが流れる。

There's sorrow in the news today.

Former Beatle, John Lennon was shot and fatally wounded last night.

The murder occurred about 10:50 p.m. in front of his residence in Manhattan, New York Police reported.

25-year-old, Mark Chapman, a fan of Lennon, shot him several times and was then immediately apprehended.

The cause of the shooting is still unclear.

Lennon and his wife, Yoko Ono, were returning home to the Dakoda Apartments after working on a new album in a New York recording studio.

Some witnesses say, Chapman was seen roaming around the front of Lennon's apartment for several hours, apparently waiting for Lennon.

Once again, in the news, John Lennon, dead at the age of 40.

(以上については、「音のブログ」からの引用)

  ジョン・レノンが亡くなってから、間もなく半世紀になる。好むと好まざるとにに関わらず時は流れる。 

2026年9月4日金曜日

サポーター会議(まちライブラリー)

まちライブラリーの入口

 今日、ニュースでは雨と言われていたが、自宅の近所は降っていなかったので、まちライブラリーへ出かけた。
 まちライブラリーについては今年3月に投稿している(注)。今回は、サポーター会議への参加が目的だった。
(注)知命庵: まちライブラリーを参照(クリックすると飛びます)

 先日メールで案内が来たので一度参加してみようと思って、自転車で30分程度の道のりを出かけて行った。

サポーター会議の案内

 参加者が約10名いたのには驚いた。平日の午後なので、参加者はスタッフを除いて年配の人ばかりである。
 簡単な自己紹介の後、それぞれが持ち寄った本の話になった。私は辻邦生の『背教者ユリアヌス』だった。
 皆さんお元気で、本のことになると自然に話が長くなる。結局、終わった時は予定時間を30分超えていた。

 帰りは少し雨が降っていたが、大降りにはならなかった。まちライブラリーへまた寄贈をしに行こうと思う。

知命

『死と運命』(法蔵選書、1986年)

 中国思想研究の第一人者である金谷治の『死と運命』の中に、『「知命」について(ー人間存在の自覚ー)』という項があり、次のとおり書かれている。

「知命」とはいうまでもなく『論語』の中の「五十にして天命を知る」ということばで知られる、あの「知命」であります。(中略)
「吾れ十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず」と来て、「五十にして天命を知り」とつづき、そのあと「六十にして耳順(したが)い」と受けて、「七十にして心の欲(ほっ)するところに従って矩(のり)を踰(こ)えず。」という道徳的に最高の境地を示すとされる境涯に達したことを物語る、孔子自身の晩年の述懐として大変有名なことばの一節であります。そこで、まずこのことばの一般的な解釈からお話ししていきたいと思います(後略)(136頁)

 最も権威を持っているのは、朱子の『論語集注』に基づく使命論的な解釈であり、それは次のとおりである。このブログのタイトルの説明も、その解釈に従っている。

「天命を知る」というのは、人間としての正しい本来のあり方に自分を近づけなければならないという一種崇高な使命感、それを自覚する、ないしは内在的な天職、おのずからに自分に備わる天分について自覚する、自分は人生において何をなすべきか、そういう根本的な大問題を、偉大な天とのかかわりにおいて、それを自分自身で自覚する。(138頁)

 しかし、『論語』には古い時代の皇侃(おうがん)の『論語義疏』という注釈があり、それによれば次のような運命論的な意味になるという。

人間というものは、五十歳になるまでは勝手のしほうだいで何でもするが、五十歳になると漸く気力も衰えて来るので、自分の分際を弁(わきま)えるようになるものだ。(中略)「天命を知る」というのは、私たちが普通に言うところの「運命をわきまえる」ということなのであります。(140,141頁)

 二つの解釈を踏まえて、金谷先生は、「知命」について最後に次のとおり説明されている。

要するに、人間というものは、大きなものにかこまれた、その中の小さな存在であります。そして、そのことの自覚をさっき言いましたような必然と偶然の接点のようなところで受け止めていくということであります。人間は人間として生まれたかぎりは、人間らしく生きていくよりしかたがない。人間らしくというのは、自分なりに考えられる、枠づけられ、あらしめられている人間としてのことです。そうした人間として努力していくだけのことです。そして、その努力の結果がどういうことになろうと、それはそれでやむをえない。ちっぽけな存在だからしかたがない。それを、人間どうしの小さい背比べで人を羨んだり、世間を恨んだりするのは、愚かなことです。(165頁)

  金谷先生自身、60歳を過ぎても孔子の「知命」に達したとは言えそうにもなく、そういうふうになりたいと思って努力していると書かれている。まして、凡人の私に「知命」に達することなどできるはずもない。

2026年9月3日木曜日

九月の雨

「九月の雨」 youtubeより

 今日は午後から雨になりそうだ。9月は1年のうちで梅雨よりも雨が多いと聞いた。「雨月」は秋の季語である。
 太田裕美は「木綿のハンカチーフ」が圧倒的に有名だが他にも良い曲があり、「九月の雨」もその一つである。
 NHKの若手向け音楽番組『ステージ101』にレギュラー出演しただけあって、歌が上手くて何気にかわいい。

 「September rain rain」と舌足らずな感じで繰り返し唄うのが印象として残る。これから雨が多くなりそうだ。