2026年5月5日火曜日

府中町

  私の広島の家は安芸郡府中町にある。府中町は広島県西部安芸地方にあって、周囲を広島市に囲まれた飛び地である。
 バスで広島市中心部から30分、JR広島駅から20分足らずで、その間にマツダスタジアムとイオンモールがある。
 私は小学校4年から高校3年までの9年間を過ごしたが、大学進学で東京へ行ってから、東京暮らしが長くなった。

府中町のホームページより

 最近、府中町が市になることを検討しているとニュースで耳にした。人口は5万人を超えているので可能らしい。
 府中市は既に東京都と広島県東部備後地方にあり、それだけでも異例なので、安芸府中市とでもするのだろうか。
 府中町にはマツダの本社とキリンビールの工場(現在はイオンモール)があり、広島市とは合併してこなかった。

 それはともかく広島の家の方がのんびりできる。もうじき東京に戻るが、しばらくしたらまた帰省するだろう。

2026年5月3日日曜日

瀬戸田(生口島)

瀬音山から向上寺三重塔を望む

 昨日、瀬戸内海の瀬戸田(生口島)へ行った。しなまみサイクリングロードは大変なので三原港から船に乗った。
 最初に、向上寺三重塔を見に行った。瀬戸田港を見下ろす瀬音山にあって国宝であるが、訪れる人は少なかった。
 その後桟橋近くでランチにしようとしたが、人から教えてもらった店がカフェだけだったので商店街へ向かった。

向上寺三重塔の説明板

 商店街にあるアオリイカの刺身や天ぷらのお店へ行くと、11時オープンから5分しか経っていないのに満席だった。
 30分近く待って食べた定食は美味しかった。それから商店街を奥へ進んで平山郁夫美術館へ行って港に戻った。
 耕三寺へは行かなかった。ヒジャブをかぶったイスラム教の女性を見かけたので、人気の場所があるのだろう。

三原港

 生口島へ船で行けるとわかったので、次の機会には輪行して多々羅大橋を渡り大三島まで行けるかもしれない。

2026年5月1日金曜日

空へ

「空へ」 youtubeより

 「ぼんやりと浮かんだ雲のように さまよいたいと思った頃から」で始まるこの曲は、カルメン・マキの「空へ」である。
 1977年の発売というから私は高校3年だった。大学受験を控えて、そろそろ勉強にも疲れてきた頃だったのだろう。
 2巡目の「あんたの好きなように生きて行けばいいと すりきれたレコードおまえのブルース」という歌詞が好きだ。

 今も道に迷った時、この歌を思わず口ずさむ。自分の好きなように生きていけばいいし、生きていく以外にはない。 

2026年4月22日水曜日

沙沙貴神社

 昨日、所用があって広島から滋賀県の安土まで出かけた際、安土駅の南にある沙沙貴神社に立ち寄ることができた。
 駅から南へ15分ほど歩くと東参道があり、そこから境内に入って楼門へ回り拝殿の左横を抜けて本殿でお参りをした。
 沙沙貴神社は近江源氏である佐佐木源氏一族の氏神として敬拝されており、全国の佐々木姓の始まりとされている。

沙沙貴神社の楼門

 近江の守護大名で観音寺城を居城としていた六角氏は佐々木源氏であり、観音寺城の戦いで信長に敗れている。
 また、鎌倉時代末期から南北朝時代に婆娑羅大名として活躍した佐々木道誉も佐々木源氏の京極氏の出身である。
 「沙沙貴神社 参拝 ご案内」によれば近江源氏祭が斎行されており、佐佐木源氏一族が全国から参集するらしい。

 水田が広がるのどかな風景の中にこんなに由緒のある神社があるところが、いかにも近江らしくていいと思う。

2026年4月20日月曜日

似島(安芸小富士)

似島行きフェリー


 昨日、広島湾にある似島へ出かけた。広島港へは自転車で1時間足らずで、駐輪場に置いて8時30発の似島行きフェリーに乗った。 
 フェリーは想像していたよりも大きく、乗客は30人ほどだった。日曜日だったのと有人島なので住民も利用しているのだろう。
 20分で島の西側の似島港に着いて、安芸小富士に登った。狭い路地の間を抜けると登り口があり、急な上り坂が続いていた。

山頂から広島港を望む

 山頂までは1時間ぐらいかかった。途中で道を間違えそうなところもあったが、家族連れが先を歩いていたので助かった。
 お弁当を食べてすぐに下山を始め、似島学園方面は道が悪いというので、ユーハイム似島歓迎交流センター側へ下りた。
 もともとそこが目的地で島の東側の学園前桟橋からの方が近いが、13時20発の広島港行きまで時間が空くので登山をした。

ユーハイム似島歓迎交流センター

 旧・広島市似島臨海少年自然の家だったものを2024年4月にリニューアルしており、バウムクーヘン作りを体験できる。
 野外炊飯、キャンプファイア、海カヌー、フィールドゲーム等もでき、当日もダンス・スクールの子供達で一杯だった。
 ユーハイムが第一次世界大戦後にドイツ人捕虜としていた似島は、日本のバウムクーヘンの発祥の地とされている。

購入したバウムクーヘン

 ユーハイム似島歓迎交流センターでバウムクーヘンを購入したが、バウムクーヘン作りを体験する気は今のところない。

2026年4月17日金曜日

しまなみ海道サイクリングロード

因島大橋(因島側から)

 昨日、快晴の空の下、「しまなみ海道サイクリングロード」へ出かけた。JRで自転車を輪行して簡単に行けると思っていた。
 最寄りのJR駅から始発に乗って、糸崎で乗り換えて尾道駅に午前7時半頃に着いた。駅前で輪行袋から自転車を取り出した。
 駅のそばの桟橋から向島へ渡船に乗ったが、通学時間帯で生徒で満員だった。向島にある尾道学園の生徒だったのだろう。

「はっさく屋」の「はっさく大福」

 サイクリングロードを因島に向かったが、高速道路と違って海岸近くを走るので因島大橋の入口まで1時間ぐらいかかった。
 高いところにある橋まで緩い坂のサイクリングロードを上った後、因島大橋も1270mあるので渡るだけでも一苦労だった。
 橋を渡って因島側のサイクリングロードを下り、レストハウスの「はっさく屋」に着いた時には10時近くになっていた。

因島大橋の手前にある「しまなみ海道サイクリングロード」の説明板

 「はっさく屋」で「はっさくソフト」と「はっさく大福」と持参した弁当を食べた。この先へ進むのは無理なので帰ることにした。
 因島大橋を再び渡って、向島の海岸を来たのと同じ道をひたすら走った。後輪の空気圧が減っていたのでペダルが重たかった。
 道を間違えて別の桟橋になったが、12時前に尾道駅に帰ることができた。因島の先の大三島まで行くつもりだったが甘かった。

 輪行袋はこの日のためアマゾンで購入したが、今回で小さな穴が開いてしまった。大三島へは改めてチャレンジしたいと思う。

「糸」 youtubeより

 先日、NHKの番組で中島みゆきのリクエスト特集を放送していた。たくさんの有名な曲の中に「糸」も入っていた。
 1998年2月のリリースでテレビドラマの主題歌に使用されている。テレビドラマを見ない私は後からこの曲の存在を知った。
「なぜめぐり逢うのかを 私たちはなにも知らない いつめぐり逢うのかを 私たちはいつも知らない」で始まる歌詞は全くそのとおりだと思う。

 一方で、なぜ別れたか、いつ別れたかは、知っているし憶えている。そうならないためにはそうなりたくない人とは別れないようにするしかない。