2026年4月10日金曜日

広島港

広島港から似島を望む

 昨日、小雨の降る中、市内中心部から広島電鉄に乗って広島港まで出かけた。久しぶりで前回がいつだったか思い出せない。
 広島港は第二次大戦中は「宇品」と呼ばれ、多くの兵士が大陸へ向けて出征した一方で、戦後は多くの兵士が復員した。
 「安芸小富士」と呼ばれる似島も陸軍の検疫所があったことから、原爆投下後は1万人とも言われる被災者が運び込まれた。

「広島みなと公園」の案内板

 私が広島港へ行ったのは、近くにあるヤマネホールディングス株式会社を訪問して、山根会長とお会いするためである。
 港の周辺は「広島みなと公園」として整備されている。山根会長の話では貯木場もあったというが風景は一変している。
 全てのものは変化することが避けられず、チャレンジ精神を持って変化に対応しなければ企業が存続することは難しい。

 山根会長の「今を生きる」という言葉が印象に残った。その言葉を励みにして、私ももう少し頑張ろうと思う。

2026年4月8日水曜日

日浦山

日浦山の山頂

 今日は朝から天気が良かったので、家の近くの日浦山の登山に出かけた。旧山陽道の坂を下って徒歩で30分ほどかかった。
 大師寺が入口になっていて墓地の階段を上りながらBコースの登山道に入った。345mだが海抜0mからなので結構きつかった。
 特に最後の岩場はなかなか大変で1時間半かかってやっと頂上に着いた。山頂からは広島湾が一望でき、遠くに宮島も見えた。

山頂からの眺め

 帰りは別ルートのAコースで下山することにしたが、途中で道を間違えてしまった。谷の方へ下って道がわからなくなった。
 尾根に上ろうとしても勾配がきつくて上手くいかない。やっとのことで登山道に戻ることができた時は正直ほっとした。
 「ひまわり観音」がある薬師禅寺で登山口を出て、旧山陽道を歩いた。江戸時代には街道筋だったが今は見る影もない。

 登山道には「猪などの野生動物に注意」という看板があったが、野生動物だけでなく登山する人にも全く会わなかった。

2026年4月4日土曜日

伊都国歴史博物館

 
「伊都国歴史博物館」の入口の銅鏡(複製)

 福岡県糸島市在住の知人K氏を訪ねた機会に、「伊都国歴史博物館」に行った。魏志倭人伝の「伊都国」は糸島に比定されている。
 車がないと不便な場所にあり、行きは筑肥線の周船寺駅から歩いて1時間半近くかかった。重いリュックが影響したかもしれない。
 10時半頃について隣接する「ファームパーク伊都国」でお弁当を買い、博物館の4階の展望スペースで食べてしばらく昼寝をした。

展示されている内行花文鏡の一つ

 博物館の近くに「平原遺跡」があり、昭和40年(1965)に伊都国の王墓から、銅鏡40枚、鉄刀1本、勾玉などが出土している。
 その中には直径46.5cm、重さ約8kgの内行花文鏡5枚が含まれており、日本最大の銅鏡として国宝に指定されている。
 先日投稿した銅鐸博物館の「野洲市歴史民俗博物館」と比べれば、「伊都国歴史博物館」は銅鏡博物館と言ってもいいだろう。

「伊都国歴史博物館」

 コミュニティバスが午後から走っているので、帰りは周船寺駅までそれに乗った。苦労して行っただけの価値はあった。


2026年4月2日木曜日

風のように

 
「風のように」 youtubeより

 私は大容量ハードディスクのウォークマンを持っている。300枚ほど持っていたCDをそれに録音してから売却した。
 今回の広島への帰省の際にはノートパソコンを持って行く必要があったので、さらに重くなるウォークマンは諦めた。
 何か歌が聴きたくなりブックオフで購入した小田和正の『自己ベスト』の14番目に「風のように」は収録されている。

 「あの風のようにやわらかく生きる君が はじめて会った時から誰れよりも好きだった」という歌詞を今日も聴いている。

2026年3月30日月曜日

平和記念公園

原爆ドーム


 昨日は天気が良かったので、平和記念公園へ出かけた。バスで広島駅へ行き、広島電鉄に乗り換えて「原爆ドーム前」で降りた。
 午前9時を少し過ぎたばかりだったが、多くの観光客が来ていた。外国人も多く、ブラジルの国旗を掲げたグループもいた。
 ソメイヨシノが満開になっていて、桜の樹の下で場所取りをしている人や川沿いの桜並木で花見をしている人達もいた。

川沿いの桜(真ん中にカワウがいる)

 最近、広島平和記念資料館で、被爆の実相と平和への願いを伝える被爆者の証言ビデオが新たに展示されたと聞いた。
 現実ではイランでの戦争が続き、罪のない子供たちが亡くなっている。全ての戦争が一刻も早く終わることを祈る。

2026年3月25日水曜日

銅鐸博物館

銅鐸博物館で買った銅鐸のレプリカ

 滋賀県の野洲市歴史民俗博物館は通称「銅鐸博物館」と呼ばれている。出土した銅鐸に加え、復原された銅鐸がたくさん展示されている。
 野洲市の大岩山からは明治14年(1881)に14個、昭和37年(1962)に10個、計24個の銅鐸が出土しており、島根県の加茂岩倉遺跡の39個に次ぐ第2位である。
 明治14年に出土した中に日本最大の銅鐸があり、東京国立博物館が所蔵している。銅鐸には近畿式と三遠式の2種類があり、銅鐸博物館は両方を展示している。
『「びわ湖検定」でよみがえる』209頁から

 拙著『「びわ湖検定」でよみがえる』で書いたとおり、近畿式銅鐸分布域と三遠式銅鐸分布域は琵琶湖のあたりで両者が重なっている。
 銅鐸は祭祀用の道具と考えられている。2種類の銅鐸は異なる文化を示しており、邪馬台国と狗奴国の存在と関係があるのではないだろうか。
 私には、「いぬ」を意味する狗奴国の「狗」と、多賀大社のある犬上郡の古代の氏族「犬上氏」が繋がっているような気がしてならない。

 上記については、拙著『やっぱり滋賀が好き』の多賀大社のところで触れている。興味のある方は是非ご覧いただきたい。 

2026年3月24日火曜日

楽園のDoor

 
「楽園のDoor」 youtubeより

 来生たかおが作曲し、南野陽子が歌った「楽園のDoor」。映画『スケバン刑事』の主題歌としてヒットしたらしい。
 私は主題歌だったことを知らず、来生たかおのセルフカバーでこの曲を知った。映画との関係はよくわからない。
 「人の波にまきこまれて 遠回りでもかまわないわ 一歩ずつ強い優しさに 近づいてゆきたい」という歌詞が好きだ。

 昔のアイドルは綺麗な人が多かったが、沢口靖子と南野陽子は別格である。彼女のバージョンも載せることにしよう。

南野陽子の「楽園のDoor」 youtubeより