「御門訴(ごもんそ)事件」をご存じだろうか。明治3(1870)1月に多摩地域で起こった農民たちによる民衆運動である。
明治新政府による過酷な貯穀供出の命令に対して武蔵野新田12か村が反対し、当時の品川県の担当者は一旦認めた。
しかし、県知事がそれを覆し、12か村の村役人は捕らえられ、取り調べの拷問により獄死するなど、犠牲者が出た。
私は、地元の物知りな人から「御門訴事件」を知り、ネットで調べていて「倚鍤(いそう)碑」の存在を知った。
最終的に農民の要求が通り、この事件を記念して犠牲者を慰霊するため、明治27(1894)に「倚鍤碑」が建立された。
漢和辞典では、「倚」は「たのむ」、「鍤」は「すき」(農具の一種)であり、農具を頼りに抵抗した農民のことだろうか。
「倚鍤碑」は武蔵野市八幡町の五日市街道沿いに立っている。私は何度も自転車で通り過ぎながら今まで知らなかった。
人間が暮らす地域には必ず歴史がある。知らないまま過ごしていることが多いが、それに気づくと景色も変わってくる。



