2026年4月4日土曜日

伊都国歴史博物館

 
「伊都国歴史博物館」の入口の銅鏡(複製)

 福岡県糸島市在住の知人K氏を訪ねた機会に、「伊都国歴史博物館」に行った。魏志倭人伝の「伊都国」は糸島に比定されている。
 車がないと不便な場所にあり、行きは筑肥線の周船寺駅から歩いて1時間半近くかかった。重いリュックが影響したかもしれない。
 10時半頃について隣接する「ファームパーク伊都国」でお弁当を買い、博物館の4階の展望スペースで食べてしばらく昼寝をした。

展示されている内行花文鏡の一つ

 博物館の近くに「平原遺跡」があり、昭和40年(1965)に伊都国の王墓から、銅鏡40枚、鉄刀1本、勾玉などが出土している。
 その中には直径46.5cm、重さ約8kgの内行花文鏡5枚が含まれており、日本最大の銅鏡として国宝に指定されている。
 先日投稿した銅鐸博物館の「野洲市歴史民俗博物館」と比べれば、「伊都国歴史博物館」は銅鏡博物館と言ってもいいだろう。

「伊都国歴史博物館」

 コミュニティバスが午後から走っているので、帰りは周船寺駅までそれに乗った。苦労して行っただけの価値はあった。


2026年4月2日木曜日

風のように

 
「風のように」 youtubeより

 私は大容量ハードディスクのウォークマンを持っている。300枚ほど持っていたCDをそれに録音してから売却した。
 今回の広島への帰省の際にはノートパソコンを持って行く必要があったので、さらに重くなるウォークマンは諦めた。
 何か歌が聴きたくなりブックオフで購入した小田和正の『自己ベスト』の14番目に「風のように」は収録されている。

 「あの風のようにやわらかく生きる君が はじめて会った時から誰れよりも好きだった」という歌詞を今日も聴いている。

2026年3月30日月曜日

平和記念公園

原爆ドーム


 昨日は天気が良かったので、平和記念公園へ出かけた。バスで広島駅へ行き、広島電鉄に乗り換えて「原爆ドーム前」で降りた。
 午前9時を少し過ぎたばかりだったが、多くの観光客が来ていた。外国人も多く、ブラジルの国旗を掲げたグループもいた。
 ソメイヨシノが満開になっていて、桜の樹の下で場所取りをしている人や川沿いの桜並木で花見をしている人達もいた。

川沿いの桜(真ん中にカワウがいる)

 最近、広島平和記念資料館で、被爆の実相と平和への願いを伝える被爆者の証言ビデオが新たに展示されたと聞いた。
 現実ではイランでの戦争が続き、罪のない子供たちが亡くなっている。全ての戦争が一刻も早く終わることを祈る。

2026年3月25日水曜日

銅鐸博物館

銅鐸博物館で買った銅鐸のレプリカ

 滋賀県の野洲市歴史民俗博物館は通称「銅鐸博物館」と呼ばれている。出土した銅鐸に加え、復原された銅鐸がたくさん展示されている。
 野洲市の大岩山からは明治14年(1881)に14個、昭和37年(1962)に10個、計24個の銅鐸が出土しており、島根県の加茂岩倉遺跡の39個に次ぐ第2位である。
 明治14年に出土した中に日本最大の銅鐸があり、東京国立博物館が所蔵している。銅鐸には近畿式と三遠式の2種類があり、銅鐸博物館は両方を展示している。
『「びわ湖検定」でよみがえる』209頁から

 拙著『「びわ湖検定」でよみがえる』で書いたとおり、近畿式銅鐸分布域と三遠式銅鐸分布域は琵琶湖のあたりで両者が重なっている。
 銅鐸は祭祀用の道具と考えられている。2種類の銅鐸は異なる文化を示しており、邪馬台国と狗奴国の存在と関係があるのではないだろうか。
 私には、「いぬ」を意味する狗奴国の「狗」と、多賀大社のある犬上郡の古代の氏族「犬上氏」が繋がっているような気がしてならない。

 上記については、拙著『やっぱり滋賀が好き』の多賀大社のところで触れている。興味のある方は是非ご覧いただきたい。 

2026年3月24日火曜日

楽園のDoor

 
「楽園のDoor」 youtubeより

 来生たかおが作曲し、南野陽子が歌った「楽園のDoor」。映画『スケバン刑事』の主題歌としてヒットしたらしい。
 私は主題歌だったことを知らず、来生たかおのセルフカバーでこの曲を知った。映画との関係はよくわからない。
 「人の波にまきこまれて 遠回りでもかまわないわ 一歩ずつ強い優しさに 近づいてゆきたい」という歌詞が好きだ。

 昔のアイドルは綺麗な人が多かったが、沢口靖子と南野陽子は別格である。彼女のバージョンも載せることにしよう。

南野陽子の「楽園のDoor」 youtubeより

茗荷谷

 昨日、中央大学法学部の教授をしている友人を訪ねて茗荷谷へ出かけた。今まで茗荷谷へは行ったことがなかった。
 約束した時刻より早く行き、まず小石川植物園を訪れた。播磨坂を下って20分ほどかかったが、月曜日で休園だった。

小石川植物園の入口

 続いて植物園沿いの道を歩き簸川神社へ行った。石段を上って高台の拝殿にお参りをしたが、社務所がお休みだった。

簸川神社の由緒書き

 仕方ないので、茗荷谷駅へ戻ることにして占春園に立ち寄った。陸奥守山藩松平家の上、中屋敷の庭園の名残りである。

占春園の説明板

 そのまま「教育の森公園」へ入った。旧東京教育大跡地であるが、明治36年の東京高等師範学校が始まりである。

「教育の森公園」の説明板

 駅の東側はわかったので、最後に西側の茗荷坂を下って拓殖大学の東門の傍にあったのが下記の茗荷谷の説明板である。

茗荷谷の説明板

 駅に戻り喫茶店で少し時間を潰して、中央大学の1階ロビーへ行った。卒業式の日で晴れ着の女子大生などで賑わっていた。
 時刻通りに友人が現れて教授の部屋で話をしてから、校内を一通り案内してもらい、その後、駅地下の蕎麦屋で飲んだ。
 茗荷をたくさん食べると物忘れになると言うが、さして用事のない私に付き合ってくれた友人を忘れることはないだろう。

2026年3月23日月曜日

One More Cup of Coffee

 
「One More Cup of Coffee」 youtubeより

 ボブ・ディランといえば有名な曲が他にもあるが、私はアルバム『Desire』に収録された「One More Cup of Coffee」が好きだ。
 1976年リリースだから高校生だったが、ラジオから偶然流れてきた曲が耳に残った。それ以来、珈琲が飲みたくなると思い出す。
 フォルクローレ風のメロディに「One more cup of coffee 'fore I go to the valley below」という歌詞がどこか物悲しく聴こえる。

  さあ今日も用事がある。少し気が重いが出かけよう。でもその前に、「One more cup of coffee 'fore I go」と言わせくれ。