2026年5月11日月曜日

鴨稲荷山古墳

鴨稲荷山古墳

  鴨稲荷山古墳は滋賀県高島市の安曇川駅を西へ出て、真っすぐ南へ下り鴨川を越えてすぐの右手に横たわっている。
 一昨日、針江に泊まっていた私は早朝に宿を出て新旭駅から6時前の湖西線に乗り、一つ京都寄りの安曇川駅で降りた。
 そこからは以前に歩いたことがある。拙著『やっぱり滋賀が好き』で書いたとおり、10年前に古墳の手前まで行った。

石棺(実物)

 実際に古墳のそばへ行くと、道路わきに盛り上げられた土の上にプレハブが建っており、その中に実物の石棺があった。
 窓ガラス越しにしか見ることができないが、それでも迫力がある。やはり現地を見なくてはいけないと改めて思った。
 埋葬されていたのは三尾氏の族長ではないかと言われている。現在も、安曇川駅から古墳までに三尾里という地名がある。

胞衣塚

 鴨川を渡る手前の右手に、継体天皇が生まれた際の胞衣(赤ちゃんを包む膜・胎盤など)を埋めたと伝わる胞衣塚があった。
 10年前も来たが、キャリーバッグを引きずっていたのでそばまで行けなかった。今回近くまで行くと、説明板が立っていた。
 継体天皇は高島で生まれたとされており、母親の振姫が妊婦の時に座った「もたれ石」や父親の「田中王塚古墳」がある。

副葬品(複製)

 宿に戻り朝食を食べチェックアウトして再び安曇川駅に来た。今度は東側の「中江藤樹・たかしまミュージアム」へ行った。
 藤樹神社の横にあり以前は藤樹関連の資料館だったが、昨年6月のリニューアル・オープン後は古墳の副葬品が展示されている。
 古墳の発見は明治35(1902)年であり、朝鮮半島の影響を受けた純金製の宝冠、耳飾り、靴などの豪華な副葬品が出土している。

 今回、10年越しでやっと鴨稲荷山古墳と副葬品を見ることができ、古代のロマンに想いを馳せた。近江は本当に素晴らしいと思う。

2026年5月9日土曜日

針江・生水の郷

針江の「かばた」


 昨日、広島から東京への途中で滋賀に立ち寄り、高島市新旭町にある「針江・生水(しょうず)の郷」を見学した。
 針江では湧き水を生活用水に使っており、「かばた」と言われる。上記の池の中にいる鯉が残飯等を処理してくれる。
 20年近く前に大津で仕事をしていた時に行きたかったが都合が付かなかったので、今回で漸く実現したことになる。

 見学後は近くの「ラシーヌホーム針江」に泊まった。生水を使ったお風呂に浸かりながら自分が鯉になった気がした。

針江地区の水路



 

2026年5月7日木曜日

初恋

「初恋」 youtubeより

 今日はいいお天気だが、そのうち雨も降るだろう。今回は「五月雨は」で始まる村下孝蔵のヒット曲「初恋」である。
 1983年2月発表だから社会人になった頃である。広島出身とばかり思っていたが、今回調べていて熊本生まれと知った。
 「ゆうこ」や「踊り子」といった報われない恋の歌が多く、もてない男としてシンパシーを感じることが少なくなかった。

 「放課後の校庭を走る君がいた」という歌詞には既視感(デジャブ)を感じる。まるで自分が校舎から見ていたような。

2026年5月5日火曜日

府中町

  私の広島の家は安芸郡府中町にある。府中町は広島県西部安芸地方にあって、周囲を広島市に囲まれた飛び地である。
 バスで広島市中心部から30分、JR広島駅から20分足らずで、その間にマツダスタジアムとイオンモールがある。
 私は小学校4年から高校3年までの9年間を過ごしたが、大学進学で東京へ行ってから、東京暮らしが長くなった。

府中町のホームページより

 最近、府中町が市になることを検討しているとニュースで耳にした。人口は5万人を超えているので可能らしい。
 府中市は既に東京都と広島県東部備後地方にあり、それだけでも異例なので、安芸府中市とでもするのだろうか。
 府中町にはマツダの本社とキリンビールの工場(現在はイオンモール)があり、広島市とは合併してこなかった。

 それはともかく広島の家の方がのんびりできる。もうじき東京に戻るが、しばらくしたらまた帰省するだろう。

2026年5月3日日曜日

瀬戸田(生口島)

瀬音山から向上寺三重塔を望む

 昨日、瀬戸内海の瀬戸田(生口島)へ行った。しなまみサイクリングロードは大変なので三原港から船に乗った。
 最初に、向上寺三重塔を見に行った。瀬戸田港を見下ろす瀬音山にあって国宝であるが、訪れる人は少なかった。
 その後桟橋近くでランチにしようとしたが、人から教えてもらった店がカフェだけだったので商店街へ向かった。

向上寺三重塔の説明板

 商店街にあるアオリイカの刺身や天ぷらのお店へ行くと、11時オープンから5分しか経っていないのに満席だった。
 30分近く待って食べた定食は美味しかった。それから商店街を奥へ進んで平山郁夫美術館へ行って港に戻った。
 耕三寺へは行かなかった。ヒジャブをかぶったイスラム教の女性を見かけたので、人気の場所があるのだろう。

三原港

 生口島へ船で行けるとわかったので、次の機会には輪行して多々羅大橋を渡り大三島まで行けるかもしれない。

2026年5月1日金曜日

空へ

「空へ」 youtubeより

 「ぼんやりと浮かんだ雲のように さまよいたいと思った頃から」で始まるこの曲は、カルメン・マキの「空へ」である。
 1977年の発売というから私は高校3年だった。大学受験を控えて、そろそろ勉強にも疲れてきた頃だったのだろう。
 2巡目の「あんたの好きなように生きて行けばいいと すりきれたレコードおまえのブルース」という歌詞が好きだ。

 今も道に迷った時、この歌を思わず口ずさむ。自分の好きなように生きていけばいいし、生きていく以外にはない。 

2026年4月22日水曜日

沙沙貴神社

 昨日、所用があって広島から滋賀県の安土まで出かけた際、安土駅の南にある沙沙貴神社に立ち寄ることができた。
 駅から南へ15分ほど歩くと東参道があり、そこから境内に入って楼門へ回り拝殿の左横を抜けて本殿でお参りをした。
 沙沙貴神社は近江源氏である佐佐木源氏一族の氏神として敬拝されており、全国の佐々木姓の始まりとされている。

沙沙貴神社の楼門

 近江の守護大名で観音寺城を居城としていた六角氏は佐々木源氏であり、観音寺城の戦いで信長に敗れている。
 また、鎌倉時代末期から南北朝時代に婆娑羅大名として活躍した佐々木道誉も佐々木源氏の京極氏の出身である。
 「沙沙貴神社 参拝 ご案内」によれば近江源氏祭が斎行されており、佐佐木源氏一族が全国から参集するらしい。

 水田が広がるのどかな風景の中にこんなに由緒のある神社があるところが、いかにも近江らしくていいと思う。