2026年9月22日火曜日

陽はまた昇る

「陽はまた昇る」 youtubeより

 今朝の散歩の時、久しぶりに雲間から朝陽が見えたので、谷村新司の「陽はまた昇る」を投稿しようと思う。
 ウィキペディアによれば、1979年発売のソロデビューシングルでドラマ 「陽はまた昇る」の主題歌だった。
 出だしの「夢を削りながら年老いてゆくことに 気が付いた時 はじめて気付く空の青さに」が身に染みる。

 太陽は毎日上る。人の心はそうはいかないが、「生きてるとは燃えながら暮すこと」はそのとおりだと思う。
 散歩で行く公園の入口は台風で通行止めだったが、中でジョギング中の人もいた。太陽も人も止められない。

2026年9月21日月曜日

樹の声・海の声

  辻邦生の長篇小説、『樹の声・海の声』。上・中・下3冊に分かれた単行本を買ったのは長野の古書店だった。
 当時、私は北関東信越地区を担当する仕事をしており、長野支店へ行った際に立ち寄った古書店にあった。
 外箱の装丁が凝っていて、中の本の表紙も薄緑色で綺麗な状態だったので、一目で気に入ってすぐに購入した。
 
『樹の声・海の声(上)』(朝日新聞社、1982年)

 上巻の帯の裏を見ると「いままで実在の人物を小説に書いたことのなかった私が、なぜ『樹の声・海の声』において実名を出すだけではなく、実在の資料をそのまま生の形で作品の中に使うのか」と書いてある。
 その記述のとおり、この小説は、明治・大正・昭和を通じて実在した女性の人生をもとに描かれている。

『樹の声・海の声(中)』(朝日新聞社、1982年)

 中巻の帯には「私がほしかったのは、本当の自由。生きるって素晴らしい、と思いたい……」と書かれている。
 主人公の女性の人生を通して、懸命に人生を生きようとする人間の姿を辻邦生は描こうとしたのだろう。
 私は辻邦生が好きで作品をかなり読んだが、一度きりの人生を大切にするというテーマは一貫していた。

『樹の声・海の声(下)』(朝日新聞社、1982年)

 下巻の帯に「燃える恋のあとに知った真実の愛ー パリからワルシャワへ、そして祖国へ。」と書かれているとおり、小説の舞台は日本にとどまらない。
 ヨーロッパで活躍する美しい女性の波乱に富んだ人生が描かれており、読んだ時にとても面白かった記憶がある。
 しかし、原稿用紙3300枚の長篇小説であり、持ち歩きに不向き箱入りの単行本は、今ではあまり流行らない。

 私も再読することはないので、まちライブラリー(注)へ寄贈することした。その方が本にとって幸せだろう。
 (注)知命庵: まちライブラリー(クリックすると飛びます)

雨のリグレット

「雨のリグレット」 youtubeより

 稲垣潤一には雨の歌が多いような気がする。1月投稿の「J's LOVE SONG」(注)ではアルペジオが雨音だった。
  (注)知命庵: J's LOVE SONG (ORIGINAL VERSION)(クリックすると飛びます)

 「雨のリグレット」は1982年発売のデビューシングルで、私が持っていたベスト・アルバムの最初の曲だった。
 曲の中間の「雨の街は 暗い海 記憶の船 運んでゆく」という歌詞のとおり、雨の日の記憶を歌っている。

 台風の影響で今日は一日雨の予報である。雨は記憶をよみがえらせる。どちらかというと悲しい記憶が多い。

永遠の記憶

『永遠の記憶』(文藝春秋、2026年)


 今年7月に亡くなった東野圭吾の『永遠の記憶』。刊行される半月前に亡くなったため、事実上の遺作である。
 人気作家である東野圭吾の作品は何冊か読んでいて、ブックオフでたまたま見つけたので買って読んでみた。
 さすがに読み易く、あっという間に読み終わった。内容については、ネタバレになるのでここには書かない。

 「亡くなることがわかっていて書いたと思う」とある人が話していたが、それはどちらとも言えない気がした。
 メルカリに出品すると、買ったのと同じ値段ですぐに買い手が付いてしまった。さすがは東野圭吾作品である。 

2026年9月20日日曜日

雨に泣いてる(Weeping in The Rain)

「雨に泣いてる(Weeping in The Rain)」 youtubeより

 雨の歌はたくさんあるが、この曲も忘れられない。柳ジョージ&レイニーウッドの「雨に泣いてる(Weeping in The Rain)」。
 'Weeping in the rain  Weeping in the rain Weeping in the rain  Weeping in the rain'のフレーズで始まり、執拗に繰り返される。
 フレーズの合間に短い日本語の歌詞が挟まっているが、'Weeping in the rain'という言葉の繰り返しだけが強く印象に残る。

 雨の中に一人佇んで泣いているというのだから、もちろん失恋の歌だろう。雨がそぼ降る朝にエレキギターが鳴いている。

佐野厄除け大師・惣宗寺 ~ 藤原秀郷ゆかりの場所

佐野厄除け大師の山門

 昨日、8月投稿の川越大師(注1)に続いて、元三大師が祀られている佐野厄除け大師・惣宗寺へ出かけた。
 (注1)知命庵: 川越大師・喜多院(クリックすると飛びます)

 佐野厄除け大師には以前から一度行きたいと思っていて、栃木県在住のM君と会う機会に実現できた。
 早朝に最寄りのJR武蔵野線の駅を出発し、南越谷で東武線に乗り換えて8時30分に佐野市駅に着いた。

 M君と佐野市駅で待ち合わせ、佐野厄除け大師まで10分ほど歩いた。山門から入って右手に本堂があった。
 お参りしてからおみくじを引いたが、川越大師と同様に本来の元三大師のものとは違い、300円だった。
 初詣や土日祝日は混雑するらしいが、平日の朝で空いていた。元三大師云々より厄除けで繁盛している。

藤原秀郷公墳墓

 惣宗寺は藤原秀郷が創建したと伝えられる。藤原秀郷は平将門を討伐した人物で、ゆかりの史跡がある。
 M君の車に乗って、まず藤原秀郷公墳墓へ行った。鳥居があったが、史跡を示す標識は草に隠れていた。
 続いて、藤原秀郷が築城したとされる唐沢山城址へ行った。関東七名城の一つと説明板に書かれていた。

唐沢山城址の入口

 本丸にある藤原秀郷を祀る唐沢山神社にお参りをした。300円のおみくじは、佐野市の相場なのだろうか。
 最後に、佐野市の西隣の足利市の西の端にある鶏足寺まで、車で40分近くかけて連れて行ってもらった。
 鶏足寺の説明板には、平将門の乱に際し藤原秀郷の請いをうけ将門調伐の修法を行ったと書かれていた。

鶏足寺の説明板

 元三大師の縁で佐野厄除け大師へ行ったが、結果的に藤原秀郷ゆかりの場所もを訪ねることができた。
 藤原秀郷も近江と関係がある(注2)。鶏足寺は滋賀県長浜市にもある。長時間運転のM君に感謝したい。
 (注2)『やっぱり滋賀が好き』140~142頁

 なお、元三大師を祀る「関東の三大師」の残る一つは前橋市の青柳大師・龍蔵寺であり、いつか行きたい。

2026年9月18日金曜日

時代

「時代」 youtubeより

 昔の仲間と会合を予定しており、参加できない人とメールのやり取りをしていて「時代」を思い出した。
 1975年の中島みゆきの曲で、明るくて伸びやかなメロディに、自然で歌いやすい歌詞が付いている。
 現在の私の気持ちは、この歌の出だしの部分の歌詞に近いので、次のとおり引用させていただく。

そんな時代もあったねと いつか話せる日が来るわ
あんな時代もあったねと きっと笑って話せるわ
だから今日はくよくよしないで 今日の風に吹かれましょう

 誰にでもつらい時はあるが、いつかきっと終わって、振り返ることができる時が来る。蓋し名言である。