2026年5月22日金曜日

万葉集

『万葉集 全訳注原文付』

 大学時代のサークルの同級生M君と久しぶりに会ってランチをした。M君は「万葉集」の歌を一首ずつ読んでいると言う。
 M君が読んでいる本が『万葉集 全訳注原文付』(講談社文庫、1978年)であるとわかって、私も買ってみることにした。
 私は2冊の拙著のいろいろな箇所で万葉集について触れているが、実は万葉集の歌をそんなに知っている訳ではない。

『ビギナーズ・クラシックス 万葉集』

 1冊目の『「びわ湖検定」でよみがえる』を執筆した時は、『ビギナーズ・クラシックス 万葉集』(角川文庫、2001年)を参考にした。
 滋賀の枕詞が「さざなみ」であることは、この本で教えられた。「琵琶湖周航の歌」の歌詞の意味に気づいていなかった。
 有名な額田王と大海人皇子の歌も、この本から引用した。全体として素人向けに書かれているので、抵抗なく読めた。

『萬葉集 新 日本古典文学大系』

 2冊目の『やっぱり滋賀が好き』を執筆した時、『萬葉集 新 日本古典文学大系』(岩波書店、1999年)を古書店で購入した。
 万葉仮名で書かれた原文を読んだ方が良いと思ったからだが、いくつかの歌を詠んだ後は本棚でそのままになっていた。
 今回、本ブログへのコメントに柿本人麻呂の歌が書かれていて、この本の存在を思い出したというのが正直なところである。

『古代史再検証 『万葉集』とは何か』

 『古代史再検証 『万葉集』とは何か』(2016年、別冊宝島)も購入しているが、歌そのものを読むことはしていなかった。
 ずいぶん回り道をしたものだと思うが、歌集とはいえ一級の歴史資料である「万葉集」の歌を直接読む意味はあるだろう。
 全てが事実とは言えないものの、歌には詠んだ人の気持ちが残されており、そこから想像できることもあるに違いない。

 時間はかかるだろうが、私も一首ずつ読もうと思う。新しい発見や気づいていなかったことに出会えるかもしれない。

2026年5月20日水曜日

T君を偲ぶ

 故人を追悼する記事を今年の1月と2月に2回投稿した。今回のT君で3回目となるが、これで最後にしたい。 
 投稿するのがいいか迷ったが、やはり投稿しようと思う。彼は私の「命の恩人」と言うべき存在である。
 彼が亡くなってから、あと4カ月余りで5年が経つ。会社の後輩で50歳になるかならないかだったと思う。

 ある支店の支店長になっていて、近くへ行く機会に会おうと連絡を取った際、彼が病気になったと知った。
 まだ若かったし、快活なスポーツマンだった。そんな彼が病気になるなんて、私にはとても信じられなかった。
 心から回復を祈っていたが、あっという間に逝ってしまった。最後にもう一度会うことはできなかった。

 本当に素晴らしい人物だった。彼のことを悪く言うのは聞いたことがない。周囲の誰からも好かれていた。
 将来は出世すると誰しもが思っていた。その実力は間違いなくあった。本当に惜しい人を失ったと思う。
 まさに運命のいたずらである。彼がもっと偉くなって活躍する姿を見られなかったのが、残念でならない。

 お葬式には行けずお線香を郵送した。三回忌にも手紙とお線香を郵送した。奥様から丁重なお返事をいただいた。
 現在でも、たまに彼のことを思い出すと悲しくなる。長く生きればいいものでもないが、彼の場合は早過ぎた。
 「善人は早死にする」という諺があるが、「早く亡くなった善人は強く記憶に残る」ということではないだろうか。

 私が仕事で一番大変だった時、彼がそばにいた。部下というよりも同僚といった感じで、助けてもらった。
 難しい仕事だった。私はストレスで鬱になり「もうダメだ」と弱音を吐いた。それでも彼は支えてくれた。
 それが「命の恩人」と思う理由である。彼は頭脳明晰で実行力があり、どんな仕事もやり遂げることができた。

 彼がいなければ、現在の私はなかったのではないかと思う。今更御礼のしようもないが、ご冥福を祈りたい。 

2026年5月18日月曜日

黒猫(Chat Noir)

「黒猫(Chat Noir)」 youtubeより
 
 南佳孝をどこで知ったかは憶えていない。『Seventh Avenue South』というアルバムをいつの間にか聴いていた。
 都会的な曲と少しなげやりな感じのボーカルが特徴であるが、そのオリジナリティは高く評価されてもいいと思う。
 アルバムの最後の曲が「黒猫(Chat Noir)」である。「幸福という名の傷跡だけが残っただけ」という歌詞が印象的だ。

 黒猫のような恋人が突然消えていなくなったことを歌っている。それにしても、猫と女性は似通っている気がする。

2026年5月17日日曜日

延命寺

延命寺の本堂
 
 延命寺という名前の寺はいろいろな所にあるが、真夏日が予想される中、武蔵野市の延命寺へ自転車で出かけた。
 第二次世界大戦中、中島飛行機工場の真南約200mに位置していたため、境内に爆弾が落ちるなどの被害を受けた。
 檀家に犠牲者が多く、三十三回忌を機に、住職の呼びかけで浄財を集め、1978年に本堂前に平和観音菩薩像が建立された。

平和観音菩薩像(左下は砲弾の破片)

 また、佐竹仙寿丸(秋田藩第5代藩主佐竹義峯の幼名)の銘が入った護摩炉があり、佐竹氏と関係があったと見られている。
 佐竹氏の祖は源頼義の三男の源義光である。義光は、滋賀の三井寺にある新羅善神堂で元服したので新羅三郎と呼ばれる。
 今回は滋賀と関係ないだろうと思っていたが、佐竹氏に由来するものがあると知って、近江とまた繋がってしまった。

護摩炉の説明板

 日本全国各地に滋賀と関係するものはある。それに思いがけず気づいては喜んでいる。近江にはこんな楽しみ方もある。

フレディもしくは三教街

「フレディもしくは三教街」 youtubeより

 さだまさしが51作目のアルバムを発売したとニュースで聴いた。私がさだまさしを聴くようになったのは姉の影響である。
 「精霊流し」で始まる『三年坂』というアルバムを姉が持っていて、その中に「フレディもしくは三教街」も入っていた。
 ライブ・アルバムで、さだまさしは「今までで一番長い曲」と言っていた。上記のyoutubeも、8分21秒かかっている。

 歌の舞台になっている漢口(ハンカオ)には、かつてイギリス、ロシア、フランス、ドイツ、日本の租界があった。
 国際都市・漢口での平和な生活を描いた歌と思って聴いていると、途中からそうではなく反戦の歌だとわかる。
 「あなたさえも奪ったのは 燃えがあがる紅い炎の中を飛び交う戦闘機」という歌詞を聴くと涙ぐんでしまう。

 目的が何であれ、解決手段として戦争をしてはいけない。それは皆わかっているが、始めは別の顔で忍び寄る。 

2026年5月14日木曜日

青葉城恋唄

「青葉城恋唄」 youtubeより

 仙台市在住のI氏とメールのやり取りをしていて、1978年にさとう宗幸が歌った「青葉城恋唄」を思い出した。
 10年ぐらい前にI氏と仙台市の歓楽街・国分町にあったカラオケ・スナックへ行った時、私も歌った記憶がある。
 「時はめぐりまた夏が来て あの日と同じ流れの岸」という歌詞を口ずさむと、また暑い夏がやってきたと思う。

 あと何回、夏を迎えることができるのだろう。季節はめぐり、そのたびに思い出が螺旋階段のようによみがえる。

2026年5月13日水曜日

不実な美女か貞淑な醜女か

『不実な美女か貞淑な醜女か』

 米原万里は「才女」という言葉が相応しい女性だと思う。しかもなかなかの美人である。生前は結構もてたのではないか。
 ロシア語の専門家で、サハロフ博士やゴルバチョフなどが来日した時に通訳を務め、その道の達人として知られている。
 ウィットに富んだ文章を書くのが上手い。上記の本の帯に「井上ひさし氏絶賛」とあるのもわかるような気がする。

 『不実な美女か貞淑な醜女か』(徳間書店、1994年)を古書店で見つけた時、なんてベタなタイトルだろうと思った。
 結論は決まっていると思って手に取ったが、女性ではなく通訳の話だった。「いい訳とは何か」について述べている。
 訳文が整っている場合は美女、ぎこちない訳文である場合は醜女にたとえて、どんな通訳が望ましいか整理している。

 結論は「時と場合によるというの正確な答えだろう」である。図書館への寄贈を考えていたが、再読したくなってきた。