2026年4月20日月曜日

似島(安芸小富士)

似島行きフェリー


 昨日、広島湾にある似島へ出かけた。広島港へは自転車で1時間かからず、駐輪場に置いて8時30発の似島行きフェリーに乗った。 
 フェリーは想像していたよりも大きく、乗客は30人ほどだった。日曜日だったのと有人島なので住民も利用しているのだろう。
 20分で島の西側の似島港に着いて、安芸小富士に登った。狭い路地の間を抜けると登り口があり、急な上り坂が続いていた。

山頂から広島港を望む

 山頂までは1時間ぐらいかかった。途中で道を間違えそうなところもあったが、家族連れが先を歩いていたので助かった。
 お弁当を食べてすぐに下山を始め、似島学園方面は道が悪いというので、ユーハイム似島歓迎交流センターへ向かった。
 もともとそれが目的であり、島の東側の学園前桟橋が近いが、13時20発の広島港行きまで時間が空くので登山をした。

ユーハイム似島歓迎交流センター

 旧広島市似島臨海少年自然の家だったものを2024年4月にリニューアルしたもので、バウムクーヘン作りも体験できる。
 野外炊飯、キャンプファイア、海カヌー、フィールドゲームなどもでき、当日も、ダンス・スクールの子供で一杯だった。
 ドイツ人のユーハイムは第一次世界大戦後に捕虜として似島にいたため、日本でのバウムクーヘンの発祥の地とされている。

購入したバウムクーヘン

 上記の写真が歓迎交流センターで購入したバウムクーヘンである。バウムクーヘン作りを体験する気は今のところない。

2026年4月17日金曜日

しまなみ海道サイクリングロード

因島大橋(因島側から)

 昨日、快晴の空の下、「しまなみ海道サイクリングロード」へ出かけた。JRで自転車を輪行して簡単に行けると思っていた。
 最寄りのJR駅から始発に乗って、糸崎で乗り換えて尾道駅に午前7時半頃に着いた。駅前で輪行袋から自転車を取り出した。
 駅のそばの桟橋から向島へ渡船に乗ったが、通学時間帯で生徒で満員だった。向島にある尾道学園の生徒だったのだろう。

「はっさく屋」の「はっさく大福」

 サイクリングロードを因島に向かったが、高速道路と違って海岸近くを走るので因島大橋の入口まで1時間ぐらいかかった。
 高いところにある橋まで緩い坂のサイクリングロードを上った後、因島大橋も1270mあるので渡るだけでも一苦労だった。
 橋を渡って因島側のサイクリングロードを下り、レストハウスの「はっさく屋」に着いた時には10時近くになっていた。

因島大橋の手前にある「しまなみ海道サイクリングロード」の説明板

 「はっさく屋」で「はっさくソフト」と「はっさく大福」と持参した弁当を食べた。この先へ進むのは無理なので帰ることにした。
 因島大橋を再び渡って、向島の海岸を来たのと同じ道をひたすら走った。後輪の空気圧が減っていたのでペダルが重たかった。
 道を間違えて別の桟橋になったが、12時前に尾道駅に帰ることができた。因島の先の大三島まで行くつもりだったが甘かった。

 輪行袋はこの日のためアマゾンで購入したが、今回で小さな穴が開いてしまった。大三島へは改めてチャレンジしたいと思う。

「糸」 youtubeより

 先日、NHKの番組で中島みゆきのリクエスト特集を放送していた。たくさんの有名な曲の中に「糸」も入っていた。
 1998年2月のリリースでテレビドラマの主題歌に使用されている。テレビドラマを見ない私は後からこの曲の存在を知った。
「なぜめぐり逢うのかを 私たちはなにも知らない いつめぐり逢うのかを 私たちはいつも知らない」で始まる歌詞は全くそのとおりだと思う。

 一方で、なぜ別れたか、いつ別れたかは、知っているし憶えている。そうならないためにはそうなりたくない人とは別れないようにするしかない。

2026年4月10日金曜日

広島港

広島港から似島を望む

 昨日、小雨の降る中、市内中心部から広島電鉄に乗って広島港まで出かけた。久しぶりで前回がいつだったか思い出せない。
 広島港は第二次大戦中は「宇品」と呼ばれ、多くの兵士が大陸へ向けて出征した一方で、戦後は多くの兵士が復員した。
 「安芸小富士」と呼ばれる似島も陸軍の検疫所があったことから、原爆投下後は1万人とも言われる被災者が運び込まれた。

「広島みなと公園」の案内板

 私が広島港へ行ったのは、近くにあるヤマネホールディングス株式会社を訪問して、山根会長とお会いするためである。
 港の周辺は「広島みなと公園」として整備されている。山根会長の話では貯木場もあったというが風景は一変している。
 全てのものは変化することが避けられず、チャレンジ精神を持って変化に対応しなければ企業が存続することは難しい。

 山根会長の「今を生きる」という言葉が印象に残った。その言葉を励みにして、私ももう少し頑張ろうと思う。

2026年4月8日水曜日

日浦山

日浦山の山頂

 今日は朝から天気が良かったので、家の近くの日浦山の登山に出かけた。旧山陽道の坂を下って徒歩で30分ほどかかった。
 大師寺が入口になっていて墓地の階段を上りながらBコースの登山道に入った。345mだが海抜0mからなので結構きつかった。
 特に最後の岩場はなかなか大変で1時間半かかってやっと頂上に着いた。山頂からは広島湾が一望でき、遠くに宮島も見えた。

山頂からの眺め

 帰りは別ルートのAコースで下山することにしたが、途中で道を間違えてしまった。谷の方へ下って道がわからなくなった。
 尾根に上ろうとしても勾配がきつくて上手くいかない。やっとのことで登山道に戻ることができた時は正直ほっとした。
 「ひまわり観音」がある薬師禅寺で登山口を出て、旧山陽道を歩いた。江戸時代には街道筋だったが今は見る影もない。

 登山道には「猪などの野生動物に注意」という看板があったが、野生動物だけでなく登山する人にも全く会わなかった。

2026年4月4日土曜日

伊都国歴史博物館

 
「伊都国歴史博物館」の入口の銅鏡(複製)

 福岡県糸島市在住の知人K氏を訪ねた機会に、「伊都国歴史博物館」に行った。魏志倭人伝の「伊都国」は糸島に比定されている。
 車がないと不便な場所にあり、行きは筑肥線の周船寺駅から歩いて1時間半近くかかった。重いリュックが影響したかもしれない。
 10時半頃について隣接する「ファームパーク伊都国」でお弁当を買い、博物館の4階の展望スペースで食べてしばらく昼寝をした。

展示されている内行花文鏡の一つ

 博物館の近くに「平原遺跡」があり、昭和40年(1965)に伊都国の王墓から、銅鏡40枚、鉄刀1本、勾玉などが出土している。
 その中には直径46.5cm、重さ約8kgの内行花文鏡5枚が含まれており、日本最大の銅鏡として国宝に指定されている。
 先日投稿した銅鐸博物館の「野洲市歴史民俗博物館」と比べれば、「伊都国歴史博物館」は銅鏡博物館と言ってもいいだろう。

「伊都国歴史博物館」

 コミュニティバスが午後から走っているので、帰りは周船寺駅までそれに乗った。苦労して行っただけの価値はあった。


2026年4月2日木曜日

風のように

 
「風のように」 youtubeより

 私は大容量ハードディスクのウォークマンを持っている。300枚ほど持っていたCDをそれに録音してから売却した。
 今回の広島への帰省の際にはノートパソコンを持って行く必要があったので、さらに重くなるウォークマンは諦めた。
 何か歌が聴きたくなりブックオフで購入した小田和正の『自己ベスト』の14番目に「風のように」は収録されている。

 「あの風のようにやわらかく生きる君が はじめて会った時から誰れよりも好きだった」という歌詞を今日も聴いている。