2026年5月31日日曜日

男は明日はくためだけの靴を磨く

「男は明日はくためだけの靴を磨く」 youtubeより

 伊勢正三には何故作ったのだろうと思う曲がいくつかある。「男は明日はくためだけの靴を磨く」もその一つだ。
 1975年発売の『風ファーストアルバム』に収録されており、私はベスト・アルバムを聴いてからこの曲を知った。
 一人暮らしの男が一輪ざしの花が咲いて枯れるのを見て「そんなちいさな生きざまを見つけたい」とつぶやく。

 花ほどではないが人生は短い。一度しかない人生を自分の思うように生きることは、思っているよりも難しい。

2026年5月30日土曜日

腕時計「OMI」

腕時計「OMI」


 私の趣味の一つは腕時計である。曜日ごとに違う腕時計をしていて、上記の写真は土曜日用の「OMI」である。
 ブランドではなく、買った時の記憶や機能性に興味がある。7つの時計のうち2つは35年前にN.Y.で買ったものだ(今年3月投稿の「知命庵: ストラップ・ハンガー」を参照)。
 一番のお気に入りは、1冊目の拙著が懸賞を受賞した時に賞金で買ったMaurice Lacroixのムーン・フェイスである。

Maurice Lacroix

 デジタル時計は1つだけで、ひげそりで有名なBRAUN製である。スマートウォッチに見えるが普通の時計である。
 この他、時、分、秒の3針が別々のregulator、分針や秒針がなく1針のみで時刻を表示するMeisterSingerも持っている。
 この度、滋賀県大津市石山のJIOS(Japan, Ishiyama Otsu Shiga)の腕時計「OMI」を購入して、7つの時計が揃った。

 今日は土曜日なので、この腕時計をしている。琵琶湖カラーでとてもいい。今日も良い日になりそうな気がする。 

China

「China」 youtubeより

 昨日は一日暑かった。こんな日の夕暮れに聴くのにピッタリの曲、ボビー・コードウェルの「China」を投稿する。
 日本では「ミスターAOR」と呼ばれるほど人気があった。代表的なアルバム『Heart of Mine』の最後の曲である。
 'Ten thousand miles can't keep us apart. I swear I will come back to you. China, I do.' という歌詞が胸を打つ。

 mellowなメロディに乗せて、Chinaに残した恋人に必ず帰って来ると歌っている。是非、聴いてみてください。 

2026年5月29日金曜日

義民ロード

義民ロード案内図

 先日の晴れた日、細君に付き合って、京成電鉄の宗吾参道駅から麻賀多神社まで「義民ロード」を歩いた。
 途中の宗吾廟堂には、約360年前の承応年間に佐倉藩の悪政に立ち上がって処刑された名主が祀られている。
 死後100年経って藩主から「宗吾」の法号を贈られたいわゆる義民であり、「義民ロード」はそれに由来する。

宗吾廟堂

 宗吾廟堂までは10分程で道もよく整備されていたが、そこから麻賀多神社へは歩道が少なく車道の端を歩いた。
 麻賀多神社由緒には「日本武尊御東征の折」と書いてあったが、東日本一と言われる大杉が信仰の源だろう。
 大本教の岡本天明が『日月神示』を記したことに由来する「天日津神社」もあって、平日でも参拝者がいた。

麻賀多神社の大杉

 徐々に気温が上がり復路はしんどかった。お昼に宗吾廟堂前の蕎麦屋で食べたざるそばが美味しかった。

片想い

「片想い」 youtubeより

 浜田省吾が同郷の広島県出身なのは知っていた。私より年上の1952年生まれで、呉三津田という名門高校卒である。
 演歌みたいな歌詞のポップス「片想い」は、1981年発売の7thアルバム『愛の世代の前に』に収録されている。
 「あの人のことなど もう忘れたいよ」で始まり、「愛を求めた片想い」で終わる、悲しい片想いの歌である。

 片想いにも良い点はある。恋は永遠に続かないが、片想いに終わりはない。モテない男の強がりと思いつつ。

2026年5月28日木曜日

蒲団

『蒲団』

 上記の文庫本が古書店の軒先に50円で並んでいた。田山花袋の『蒲団』(新潮文庫、1952年)を読もうと購入した。
 『蒲団』のことは高校の教科書に「私小説の始まり」と書いてあったと記憶しているが、読んだことはなかった。
 明治40(1907)年の執筆で現在とは時代背景が異なるが、主人公の中年男が若い女の弟子に抱く感情は同じ気がした。

 田山花袋の文章は読み易かった。「同衾」という言葉をこの小説で知った気がしていたが、本には出てこなかった。

Suck it up!

 久しぶりにニューヨークの思い出を投稿したくなった。35年前、私はJETRO N.Y. 事務所で働いていた。
 先日、実家を整理していて当時の写真を見つけた。右がミシェル、左がクリスティーンで、真ん中が私である。
 ミシェルは昨年10月に投稿した「知命庵: Grandpa Kuma」(クリックすると飛びます)に登場している。

35年前のJETRO N.Y. 事務所で

 実はもう一人、仲が良かったのがクリスティーンで、写真を見てのとおり、二人ともとても可愛かった。
 昨年11月投稿の「知命庵: Disgusting」(クリックすると飛びます)に登場した佐藤さんも一緒に飲んだ。
 彼らが話す英語に付いていけない私に、クリスティーンが'Suck it up!'「飲め!」と言ったのを憶えている。 

寄せ書きの表紙

 JETRO N.Y. 事務所にいたのは約1年だったが、帰国の際に特大(縦43cm、横55cm)の寄せ書きをもらった。
 'Is there some way you can leave without going away?' とあって、多くの同僚のメッセージが書いてある。
 因みに、ミシェルとクリスティーンのメッセージは次のとおりで、クリスティーンの真面目な性格が出ている。
  ミシェル:So long and suck it up.
  クリスティーン:Judging by the number of people who signed this card, it's obvious everyone at JETRO enjoyed working with you - me included! I wish you the very best - See you again soon.
  
 クリスティーンはその後日本語教師をしていたが、音信不通になった。いつか連絡が付くことを願っている。