2026年10月10日土曜日

負けないで

「負けないで」 youtubeより

 ZARDのボーカル、坂井泉水が2007年4月に40歳で亡くなって来年で20年になる。佳人薄命の典型だった。
 「負けないで」は1993年1月発売のZARDの6作目のシングルで、最大の売上かつ初のミリオンを記録した。
 音楽ユニット・ZARDの成功は、その楽曲もさることながら坂井泉水のビジュアルによるところが大きい。

デビュー25周年のベストアルバム

 上掲は、2016年2月にデビュー25周年を記念して発売された4枚組ベストアルバムのジャケット写真である。
 私は坂井泉水がボーカルという以外ZARDのことを知らなかったが、店頭で見かけて思わず買ってしまった。
 結局、「この愛に泳ぎ疲れても」「揺れる想い」「負けないで」の3曲だけウォークマンに録音して売却した。

 こんな綺麗な人に切ない声で「負けないで」なんて言われると私は弱い。今日も一日負けないで頑張ろう。

2026年10月9日金曜日

コスモス

公園のコスモス畑
 
 ここ数日、いいお天気が続いている。今日、晴天の空の下、近所の公園のコスモス畑が満開になっていた。
 コスモス畑の中を歩いている人や周囲で大型カメラを三脚にセットして写真を撮ろうとしている人もいた。
 私が子供の頃は道端にもコスモスがよく咲いていたが、最近はキバナコスモスしかほとんど見なくなった。

 コスモスは、やはり白や薄いピンクの混じった普通のコスモスの方がいい。キバナでは秋の感じがしない。

2026年10月8日木曜日

絹と明察③

『絹と明察』(新潮文庫、1987年)

 先日の投稿で「悔しいので、再読してからもう一度投稿します」(注)と書いた『絹と明察」を読了した。
 (注)知命庵: 絹と明察②を参照(クリックすると飛びます)

 この小説の主人公である駒沢紡績の社長は、極端な家族主義的経営により零細企業を大企業に成長させた。
 しかし、政財界の黒幕の画策によりストライキが決行され、会社は組合側に屈し、社長は病死してしまう。

 現在は、零細企業でもこれほど家族主義的経営の会社はないが、心情的にはまだそういう所はあると思う。
 一方、不祥事が起きた際の経営者の責任の取り方は、最近の方が責任を取らなくなったような気がする。
 それに比べれば、駒沢紡績の社長が自らの死により結果的に責任を取るに至ったのは潔いとさえ感じる。

 「明察」は「真相をはっきりと見抜くこと」であり、三島も最終的には社長に軍配を上げているのだろう。

 因みに、「私がこの小説を読んでいない」と指摘した佐藤さんが拘ったのは、「半透明の下穿き」(133頁)だった。
 『絹と明察』を英訳する際、昭和29年当時に「半透明の下穿き」が存在したか3名の日本女性に確認をされた。
 リアリティに拘るこの姿勢も「明察」といえるだろう。佐藤さん、ちゃんと読まずに申し訳ありませんでした。

ねぇ

 
「ねぇ」 youtubeより

 今年3月に投稿した「針のない時計」(注)に続く国安修二の3部作の2番目「ねぇ」。こんなに短いタイトルも珍しい。
 (注)知命庵: 針のない時計(クリックすると飛びます)

 1985年の発表で、有線放送などでヒットした。私は「針のない時計」が収録されたアルバムでこの曲を初めて聴いた。
 「針のない時計」と同様に、最終的に結ばれなかった恋愛を描いた「国安ワールド」とでもいうべき歌詞が続いている。

 「ねぇ」で始まる歌詞は6回繰り返され、最終的に「ねぇ どうして愛した人と ねぇ どうして結ばれないの」で終わる。
 3部作というからには、最後の3番目が存在している。同じモチーフの曲であり、改めて投稿することにしようと思う。

父の詫び状

『父の詫び状』(文春文庫、1981年)

 
 向田邦子のエッセイ集が古書店の軒先で売られていた。『父の詫び状』というタイトルに惹かれて思わず購入した。
 直木賞作家の向田邦子はエッセイの名人で有名である。この本にもタイトルだけで面白そうな作品が並んでいる。
 短いエッセイは、まずタイトルで読者の興味をそそり、絶妙な展開で飽きさせずに、思いがけないオチで終わる。

 私には娘に詫びたいと思っていることがある。『父の詫び状』というタイトルを見て、それを思い出してしまった。

2026年10月6日火曜日

青春の影

 
「青春の影」 youtubeより

 一昨日投稿した「償いの日々」(注)の閲覧が少ない。財津和夫と言いつつ、呉田軽穂の曲を投稿したせいだろうか。
 (注)知命庵: 償いの日々(クリックすると飛びます)

 財津和夫と言えば「青春の影」であることはわかっていた。あえて横道から入ったのだが、読者には受けなかった。
 チューリップ時代の1974年のスローバラードで、大学生の時、飲んだ後に友達とよく歌っていたような記憶がある。

 財津和夫自身も認めているとおり、歌詞はビートルズの「The Long And Widing Road」がモチーフになっている。
 上掲はチューリップ・バージョンだが、下記に財津和夫のソロ・バージョンも掲げる。どちらがお好みだろうか。

「青春の影」 (ソロ・バージョン)youtubeより

新版 山本五十六

『新版 山本五十六』(新潮社、1969年)

 山本五十六については 昨年10月1日に投稿した(注1)。言いたいことはほとんど書いたので残っていない。
 (注1)知命庵: 山本五十六(クリックすると飛びます)

 当時は新潮文庫しか持っていなかったので、今回、単行本の『新版 山本五十六』の古書を改めて購入した。
 文庫本にはない写真も入っていて、やっぱり単行本はいい。『新版』とあるの『旧版』があったからである。

 1965年の旧版は五十六の遺族から名誉棄損の告訴を受けた。このため新資料も加えて改訂し新版を出した。
 家庭や女性関係に触れられていたためであるが、新版でも「彼の家庭のことや彼の女性関係を扱わずに、山本五十六という人を一人の人間として描き出そうと思うのは、無理な相談であろう」と筆者は書いている。
 帯の裏に「天才提督の赤裸々な人間像、その栄光と悲劇を描き、激動の昭和史を刻んだ、国民必読の記録文学」と書かれており、そのとおりだと思う。

 単行本を購入したのは、文庫本をまちライブラリー(注2)に寄贈するためである。できるだけ多くの人に読んで欲しい。
 (注2)知命庵: まちライブラリー(クリックすると飛びます)

 単行本を読み返していて、次のような記述があるのに気づいた。五十六にとって千代子の存在は不可欠だったのだろう。

山本の夫婦仲について此処でこれ以上の穿鑿をするのはやめたい。ただ、新たに千代子という人を得て、五十を過ぎた彼が若者のように「血を燃やし」はじめた事だけは、事実である(74頁)