2026年3月30日月曜日

平和記念公園

原爆ドーム


 昨日は天気が良かったので、平和記念公園へ出かけた。バスで広島駅へ行き、広島電鉄に乗り換えて「原爆ドーム前」で降りた。
 午前9時を少し過ぎたばかりだったが、多くの観光客が来ていた。外国人も多く、ブラジルの国旗を掲げたグループもいた。
 ソメイヨシノが満開になっていて、桜の樹の下で場所取りをしている人や川沿いの桜並木で花見をしている人達もいた。

川沿いの桜(真ん中にカワウがいる)

 最近、広島平和記念資料館で、被爆の実相と平和への願いを伝える被爆者の証言ビデオが新たに展示されたと聞いた。
 現実ではイランでの戦争が続き、罪のない子供たちが亡くなっている。全ての戦争が一刻も早く終わることを祈る。

2026年3月25日水曜日

銅鐸博物館

銅鐸博物館で買った銅鐸のレプリカ

 滋賀県の野洲市歴史民俗博物館は通称「銅鐸博物館」と呼ばれている。出土した銅鐸に加え、復原された銅鐸がたくさん展示されている。
 野洲市の大岩山からは明治14年(1881)に14個、昭和37年(1962)に10個、計24個の銅鐸が出土しており、島根県の加茂岩倉遺跡の39個に次ぐ第2位である。
 明治14年に出土した中に日本最大の銅鐸があり、東京国立博物館が所蔵している。銅鐸には近畿式と三遠式の2種類があり、銅鐸博物館は両方を展示している。
『「びわ湖検定」でよみがえる』209頁から

 拙著『「びわ湖検定」でよみがえる』で書いたとおり、近畿式銅鐸分布域と三遠式銅鐸分布域は琵琶湖のあたりで両者が重なっている。
 銅鐸は祭祀用の道具と考えられている。2種類の銅鐸は異なる文化を示しており、邪馬台国と狗奴国の存在と関係があるのではないだろうか。
 私には、「いぬ」を意味する狗奴国の「狗」と、多賀大社のある犬上郡の古代の氏族「犬上氏」が繋がっているような気がしてならない。

 上記については、拙著『やっぱり滋賀が好き』の多賀大社のところで触れている。興味のある方は是非ご覧いただきたい。 

2026年3月24日火曜日

楽園のDoor

 
「楽園のDoor」 youtubeより

 来生たかおが作曲し、南野陽子が歌った「楽園のDoor」。映画『スケバン刑事』の主題歌としてヒットしたらしい。
 私は主題歌だったことを知らず、来生たかおのセルフカバーでこの曲を知った。映画との関係はよくわからない。
 「人の波にまきこまれて 遠回りでもかまわないわ 一歩ずつ強い優しさに 近づいてゆきたい」という歌詞が好きだ。

 昔のアイドルは綺麗な人が多かったが、沢口靖子と南野陽子は別格である。彼女のバージョンも載せることにしよう。

南野陽子の「楽園のDoor」 youtubeより

茗荷谷

 昨日、中央大学法学部の教授をしている友人を訪ねて茗荷谷へ出かけた。今まで茗荷谷へは行ったことがなかった。
 約束した時刻より早く行き、まず小石川植物園を訪れた。播磨坂を下って20分ほどかかったが、月曜日で休園だった。

小石川植物園の入口

 続いて植物園沿いの道を歩き簸川神社へ行った。石段を上って高台の拝殿にお参りをしたが、社務所がお休みだった。

簸川神社の由緒書き

 仕方ないので、茗荷谷駅へ戻ることにして占春園に立ち寄った。陸奥守山藩松平家の上、中屋敷の庭園の名残りである。

占春園の説明板

 そのまま「教育の森公園」へ入った。旧東京教育大跡地であるが、明治36年の東京高等師範学校が始まりである。

「教育の森公園」の説明板

 駅の東側はわかったので、最後に西側の茗荷坂を下って拓殖大学の東門の傍にあったのが下記の茗荷谷の説明板である。

茗荷谷の説明板

 駅に戻り喫茶店で少し時間を潰して、中央大学の1階ロビーへ行った。卒業式の日で晴れ着の女子大生などで賑わっていた。
 時刻通りに友人が現れて教授の部屋で話をしてから、校内を一通り案内してもらい、その後、駅地下の蕎麦屋で飲んだ。
 茗荷をたくさん食べると物忘れになると言うが、さして用事のない私に付き合ってくれた友人を忘れることはないだろう。

2026年3月23日月曜日

One More Cup of Coffee

 
「One More Cup of Coffee」 youtubeより

 ボブ・ディランといえば有名な曲が他にもあるが、私はアルバム『Desire』に収録された「One More Cup of Coffee」が好きだ。
 1976年リリースだから高校生だったが、ラジオから偶然流れてきた曲が耳に残った。それ以来、珈琲が飲みたくなると思い出す。
 フォルクローレ風のメロディに「One more cup of coffee 'fore I go to the valley below」という歌詞がどこか物悲しく聴こえる。

  さあ今日も用事がある。少し気が重いが出かけよう。でもその前に、「One more cup of coffee 'fore I go」と言わせくれ。

2026年3月22日日曜日

まちライブラリー

まちライブラリーの入口

 本日、初めて図書館に本を寄贈した。図書館といっても、西東京市の「MUFG PARK」の中にある「まちライブラリー」である。
 「まちライブラリー」は、本棚を置くだけで始められる活動として、まちのカフェ、お店、自宅、オフィスなどに広がっている。
 「MUFG PARK」は企業CSR事業であり公園の中に「まちライブラリー」がある。寄贈は本にコメントを書くだけで簡単にできた。

 本は読者がいなければ存在価値がない。読まれない本は可哀そうである。寄贈して誰かに読んでもらえる方が本は喜ぶだろう。

2026年3月20日金曜日

HANABI

 
「HANABI」 youtubeより

 ミスター・チルドレンの曲はドラマの主題歌によく採用されている。2016年もNHKの朝ドラ「べっぴんさん」の主題歌だった。
 その朝ドラの特集番組で、別のドラマの主題歌として紹介された「HANABI」を聴いたと思う。ドラマは両方とも見てはいない。
 「めぐり逢えたことでこんなに 世界が美しくみえるなんて 想像さえもしていない 単純だって笑うかい?」という歌詞がいい。

 「もう1回 もう1回 何度でも君に逢いたい」に続く部分である。そんなふうに思う人がいるなら大切にしないといけないと思う。

ストラップ・ハンガー

左側がストラップ・ハンガー


 動かなくなっていた腕時計が修理されて戻ってきた。写真の右側である。左側はほぼ同じだが、文字盤が右に15度傾いている。
 買った時、ストラップ・ハンガーと名前が付いていた。ストラップ(つり革)につかまった時に見やすいという洒落である。
 35年前、マンハッタンのリゾーリ書店で買った。1984年の映画『恋に落ちて』の舞台だったが、現在は場所が変わっている。

 秒針がないのも気に入っている。これで二つの腕時計がまた揃った。昔からの友達に再び出会えたみたいで、とても嬉しい。
 

2026年3月19日木曜日

今は、このまま

 
「今は、このまま」 youtubeより

 ビリーバンバンの曲は焼酎「いいちこ」のCMに使われている。この曲も2001年~2004年のCMで流れていた。
 「もう会えないけれど」から始まって「この恋いつの日かかなうなんて ひとり信じてたの」で2巡目は終わる。
 「今は、このまま」はまずCM曲として使用され、その評判が良くて2002年2月にリリースに至ったそうである。

 どんな出会いにもいつか別れがくることがある。なんだか久しぶりに「いいちこ」が飲みたくなってきた。
 

2026年3月18日水曜日

SUV(スポーツ・ユーティリティ・ヴィークル)

 ディーラーの店舗へ車検に行って来た。ターボ付きセダンからハイブリッドのSUVに買い換えて5年になる。
 SUVといってもコンパクト・タイプで面白味のない車だと思っていたが、結果的には運搬車として活躍した。
 また、後部座席を前に倒すと、前輪を外したクロスバイクを載せることができるのも魅力の一つだった。

車に載せたクロスバイク

 今回、車検に2時間かかると言われたので、クロスバイクに乗ってディーラーから外出することを考えた。
 久しぶりに前輪を外したが、思ったより簡単だった。1台だけなので後部座席の一部を倒せば十分だった。
 ディーラーの店舗で前輪をはめるのも問題なくできたので、少し離れた図書館へ行って時間を潰した。

 これまでクロスバイクで長時間走っていたが、これからは車に乗せて出かけるのもいいかもしれない。

オール・バイ・マイセルフ(All by Myself)

 
「オール・バイ・マイセルフ」 youtubeより

 1975年12月にエリック・カルメンが発表した「オール・バイ・マイセルフ」。それから50年経ったが記憶に残る。
 最初"When I was young, I never needed anyone."で始まり、最後は"All by myself, don't wanna be."で終わる。
 1996年10月にセリーヌ・ディオンがカバーして脚光を浴びた。迫力がすごいので、彼女のバージョンも掲載する。

セリーヌ・ディオンの「オール・バイ・マイセルフ」 youtubeより

 「ひとりぼっちで生きていく」ことはもう嫌だと嘆いているが、人生とは所詮そういうものかも知れない。

2026年3月17日火曜日

古代の地域支配と渡来人

 昨年11月に写真の『古代の地域支配と渡来人』(吉川弘文館、2019年)を購入し、少しずつ読んでいる。
 『継体天皇と即位の謎』《新装版》(吉川弘文館、2020年)を読んでから、著者の大橋信弥氏のことを知った。
 大橋信弥氏は立命館大学大学院文学研究科修士課程修了で、滋賀県立安土城考古博物館学芸課長を務めていた。

『古代の地域支配と渡来人』(吉川弘文館、2019年)

 定価が12,000円(税前)と高価であり手頃な中古本もなかったので、まず図書館で借りてみることにした。
 蔵書が近くの市立図書館にはなかったが東京都立図書館にはあったので、市立図書館経由で貸し出しを依頼した。
 2週間ほどで届いた本の目次を見て、即座に購入することに決めた。最近購入した本の中では一番高い本である。

「近江古代豪族分布図」

 第一部は「近江の古代豪族と大和王権」、第二部は「近江の渡来人と文字資料」で、私の関心と一致している。
 専門的で難しい本であるが、他では見たことがない「近江古代豪族分布図」や古代豪族の系図も掲載されている。
 古代豪族が壬申の乱によってどのように影響を受けたのかについての考察もあって、とても興味深い内容である。

 近江の古代を語るには渡来人の存在が欠かせない。やっぱり滋賀は面白い、私の興味は深まるばかりである。

2026年3月16日月曜日

遅すぎたラブソング

「遅すぎたラブソング」 youtubeより

 「とんぼちゃん」というグループ名の男性フォークデュオが歌った「遅すぎたラブソング」という曲である。
 1980年2月の発売なので大学生だったが、大学へあまり行かずパチンコ屋の有線で流れるのを聴いていた。
 誰の曲かわからなくなっていたが、インターネットで歌詞から検索して「とんぼちゃん」だとわかった。

 「やさしさなんて口にするけど 誰れも本当の意味は知らない」という歌詞は、今でもその通りだと思う。

明治神宮

明治神宮境内の「五箇条の御誓文の説明」①


明治神宮境内の「五箇条の御誓文の説明」②

 昨日、代々木で用事があった機会に明治神宮に立ち寄った。まだ午前9時前だったが、結構な人が来ていた。
 明治神宮は明治天皇と昭憲皇太后を御祭神として大正9年(1920)に創建されており、その歴史は100年ほどである。
 また、おみくじに吉凶はなく、「大御心」として明治天皇または昭憲皇太后がつくられた和歌が書かれている。
 
おみくじ

 外国人観光客が多かったが、普通の神社との違いは知っているのだろうか。散歩にはいい場所だとは思うが。
 因みに、滋賀県大津市にある近江神宮は天智天皇を御祭神としているが、昭和15年(1940)の創建である。
 この点について興味のある方は、拙著『やっぱり滋賀が好き』の「天智天皇」(p126,127)と「漏刻」(p130,131) をご覧いただきたい。

2026年3月15日日曜日

真夜中のドア~Stay with Me

「真夜中のドア~Stay with Me」 youtubeより

 いい曲は一度聴いたら忘れられない。松原みきの「真夜中のドア~Stay with Me」もそんな曲の一つである。
 1979年11月のリリースだが、20年ぐらい経って聴きたくなって上記のジャケットのアルバム(CD)を購入した。
 2020年にリバイバルヒットした時、「何をいまさら」と私は思った。それぐらい完成された曲で全く色褪せない。

 「stay with me...真夜中のドアをたたき」というサビの部分を聴くと、思わず鼻歌で歌わずにはいられない。

2026年3月14日土曜日

ニッキューナナ

 
「ニッキューナナ」 youtubeより

 男女お笑いコンビの「ニッキューナナ」をご存じだろうか。始めにお断りしておくが、彼らのお笑いは下ネタである。
 最近はお笑い番組を見なくなった。笑点は全然面白くないし、M-1グランプリなどはどこがいいのかよくわからない。
 「ニッキューナナ」はyoutubeで偶然見たのが始まりである。女性メンバーの「こっちゃん選手」も何気に可愛い。

 下ネタでもギリギリ許される範囲内と思うが、地上波で見ることはないだろう。下ネタの嫌いな方はすみません。

朝方ムーンライト

 
「朝方ムーンライト」 youtubeより

 早朝に散歩していると有明の月が見えることがある。そんな時、「朝方ムーンライト」という曲が頭に浮かぶ。
 1981年7月にリリースされたサザンオールスターズの4枚目のアルバム『ステレオ太陽族』に収録されている。
 「つれない思いが アナタにわかるの?」で始まる歌詞を口ずさみながら、大学3年生だった当時を思い出す。

 あれから45年も経つのに精神的にあまり成長していない気もする。わが身を嘆くのは学生の頃と変わらない。

2026年3月13日金曜日

球形の荒野

『球形の荒野』(文春文庫、2010年)

 松本清張の『球形の荒野』を読んだ。読書家のK氏から少し前に教えてもらってすぐに買ったが、そのままになっていた。
 読み始めると面白くて一気に読んでしまった。半藤一利氏の解説にあるとおり、清張の「筆に脂がのって」いたのだろう。
 ネタバレになるので詳しく触れないが、半藤一利氏は「日本の現代史の知られざる裏面が活写されている」とも書いている。

 本が好きな人は人口の1割程度いるらしい。メルカリで売るのがもったいないので、本好きのAさんに差し上げることにした。

大近江展

大近江展の葉書
 
 滋賀県大津市に本社がある株式会社比叡ゆば本舗ゆば八の八木監査役から大近江展の葉書をいただいた。
 日本橋高島屋で開催されていて、葉書と交換で商品をいただけるというので、昨日の午後に行って来た。
 会場は多くの人で賑わっていた。近江牛の弁当や鮒ずしの他に、滋賀関連の書籍や大津絵も販売されていた。

 因みに、高島屋は滋賀県高島市出身の飯田新七が京都で始めた古着木綿商がルーツであり近江商人である。

葉書と交換でいただいた商品




2026年3月12日木曜日

コブのない駱駝

 
「コブのない駱駝」 youtubeより

 「帰ってきたヨッパライの」のヒットで有名なザ・フォーク・クルセダーズが歌った「コブのない駱駝」を投稿する。
 1968年3月の発売であり、小学校低学年だった私はリアルタイムでは聴いていない。大人になってからラジオで聴いたと思う。
 3つの動物が自分のみにくさを嘆きアラーの神に祈る。「コブのない駱駝」は馬、「鼻の短い象」は「河馬」だと言われる。

 痛烈な皮肉が込められているが、3番目の「立って歩く豚」は何かおわかりだろうか。興味のある方は曲を聴いてください。
 

2026年3月11日水曜日

白いページの中に

「白いページの中に」 youtubeより

 「白いページの中に」という曲をご存じだろうか。シンガーソングライターの柴田まゆみが1978年8月にリリースしている
 同年のポプコンつま恋本選会入賞曲で、ラジオ番組の「コッキーポップ」のテーマに採用されて当時よく流れていた。
 「長い長い坂道を 今登ってゆく」という歌詞から始まる旋律が私はとても好きで、今でもたまに口ずさむことがある。

 柴田まゆみの唯一のシングルでこの曲をリリースした後は引退したとわかったが、いい曲が1曲あれば十分だと思う。

2026年3月10日火曜日

針のない時計

「針のない時計」 youtubeより

 この曲は歌詞の一部がメロディーとともに記憶に残っていたが、長い間、誰の何という曲かわからなかった。
 インターネットは便利なもので、歌詞で検索するとレインという男性デュオの「針のない時計」だとわかった。
 大学を留年していた1982年11月のリリースだった。メンバーで作曲した国安修二のCDがあったので購入した。

 覚えていたのは2巡目の「東横線は二度と夢を運ばないさ」という部分で、「針のない時計」は記憶になかった。
 


 

2026年3月9日月曜日

蒸気機関車

蒸気機関車(正面)

 公園に廃車になった蒸気機関車が展示されている。土日だけ公開されているので、昨日は傍まで行くことができた。
 その存在感は圧倒的で、側面から見るとまだ動きそうな気がする。一昨日の土曜日は特別展示で煙を吐いていた。
 SLファンだけでなく、何故か子供たちには絶大な人気がある。お母さんも乳母車に幼児を乗せて見物に来ていた。

 現役を引退しても人気がある蒸気機関車が何だか羨ましい気がしてきた。もっとも私には煙を吐くことはできないが。

蒸気機関車(側面)


春なのに

 
「春なのに」youtubeより

 春だから「春なのに」を投稿する。1983年1月に発売された柏原芳恵の12枚目のシングルで中島みゆきの作詞・作曲だった。
 当時、柏原芳恵は17歳だった。中島みゆきはどんな曲も上手く歌うが、この曲だけは柏原芳恵に提供して正解だった。
 どんな曲にも旬がある。「記念にくださいボタンをひとつ 青い空に捨てます」という歌詞は高校生でないと似合わない。

 上記の動画の柏原芳恵は美熟女であるが、下記に発売当時の画像のバージョンを掲げる。皆さんはどちらが好きですか。




2026年3月8日日曜日

あなたへと続く道

「あなたへと続く道」 youtubeより

 コブクロというユニット名を最初に聞いた時はホルモンかと思ったが、小淵と黒田から来ていると後から知った。
 「あなたへの続く道」は2006年7月のリリースで「君という名の翼」のカップリング曲(レコードのB面)だった。
 その頃新しい歌は聴かなくなっていたが、コブクロは好みに合ったのでシングルを集めたベスト盤CDを買った。

 会いたくても会えない人を思う時、「会いたくて 会いたくて 涙の海一人漕ぎ渡る」という歌詞で我慢している。

アート展

アート展のポスター

 昨日の午後はとても暖かかったので、近くの公園へ自転車で出かけた。ポスターのアート展を見たいと思っていた。
 大きな広場の東と南に21名のアーティストの作品が展示されている。一つ一つ見て回ると結構面白い。
 抽象的過ぎてよくわからない作品もあったが、下記に掲げた「Alien」と「この地表に共に生きること」が気に入った。

「Alien」

 作品の近くには、アーティストの名前とタイトルに簡単な説明が書かれたボードがあるので、一部を紹介する。
 「Alien」:本作は、既存の関係性や認識の枠組みに小さなずれを生じさせることで、知覚や意味の再編を促す試みである。
 「この地表に共に生きること」:植物、動物、菌類…生物のすべてが共に生きている。空から眺めたなら、ニューフェイスの人類のありようは、どう見えるだろうか?
 
「この地表に共に生きること」

 アンケートに答えて公園のサービスセンターへ持って行ったら、ポスターと同じデザインのポストカードがもらえた。

2026年3月7日土曜日

逆流

「逆流」 youtubeより

 長渕剛のセカンド・アルバム『逆流』の最後に収録されたタイトル曲の「逆流」を投稿することにしたい。
 「とんぼ」のヒットでロックのイメージが強くなったが、デビュー当初の長渕剛はフォークの曲を歌っていた。
 「一歩前のこの道を行かなければ だって僕は僕を失う為に生きてきたんじゃない」というサビの歌詞がいい。

 誰しも前に進むことに臆病になることはある。そんな時にこの曲を聴くと、やっぱり前に進むしかないと思う。

ここ滋賀

「ここ滋賀」正面入口

 昨日、丸の内オアゾで人と会う予定があったので、少し早めに出かけて日本橋交差点にある「ここ滋賀」に行ってみた。
 滋賀県のアンテナショップである「ここ滋賀」の開設は2017年10月で、拙著『やっぱり滋賀が好き』の出版と同時期である。
 出版社の新評論が「ここ滋賀」の開設に合わせて出版時期を少し早めてくれたからで、当時は宣伝になると期待していた。

「ここ滋賀」会員カード

 私も、「ここ滋賀」に拙著を置いてもらおうと思って、人の紹介で滋賀県東京本部の本部長に会うため都道府県会館へ行った。
 しかし、滋賀県側にその気はなく、拙著のことを話すこともできなっかった。「ここ滋賀」に並んだ書籍を羨ましく思った。
 開設当初に比べて本の売り場は小さくなったが、昨日は本屋大賞受賞作の「成瀬は天下を取りに行く」が置いてあった。

「ここ滋賀」で買った「メンタームのど飴」

 現在の「ここ滋賀」は2022年4月にリニューアルオープンしたもので、商品ラインアップや案内機能が充実されている。
 面白い商品がたくさん置いてあって迷ったが、近江兄弟社とパインアメがコラボした「メンタームのど飴」を買った。
 私は初めて見る商品だったのでレジの女性に尋ねると、最近発売されたものでヒット商品になっているとのことだった。

 店内は賑わっていた。一等地ということもあるが、滋賀好きは結構いるのかも知れない。皆さんも一度行かれてはどうですか。

2026年3月6日金曜日

置手紙

 
「置手紙」 youtubeより

 春一番はとっくに吹いたらしいが、ここ数日、風の強い日が続いている。そこで古い歌を思い出してしまった。
 伊勢正三の「置手紙」は1974年リリースで「かぐや姫」時代の曲であるが、「風」のアルバムにも収録されている。
 「今日の淋しさは風にごまかされて いつまでも消えそうもない」という歌詞は一見矛盾しているようで心に残る。 

 風はなぜ吹くのだろう。春の風は心地よい。風に吹かれて過去を思い出しながら、散歩するのもいいだろう。

2026年3月5日木曜日

『西洋の敗北』を読んで

メルカリで売却済の『西洋の敗北』
 
 2月に投稿したエマニュエル・トッドの『西洋の敗北』を読んだ。一部斜め読みになった箇所もあるが、ひと通り読んだ。
 まえがきの「日本の読者へ」で、トッドは『西洋の敗北は、日本が「独自の存在」としての自らについて再び考え始める機会になるはずである』と書いている。
 また、終章『米国は「ウクライナの罠」にいかに嵌ったか』には、「アメリカの社会科学的ゼロ状態は、アメリカの指導者たちの最終決定に関する合理的な予測を不可能にしている。とりあえず、ニヒリズムは必ずすべてを可能にしてしまうということは、頭にとどめておこう」とも書かれている。

 アメリカによるイランへの攻撃が始まったが、上記によれば、何が起きるかはわからない、何が起きても不思議ではないということだろうか。
 読んだ後でメルカリへ出品したら、すぐに売れてしまった。さすがは世界的ベストセラーである。
 

2026年3月4日水曜日

悲惨な戦い

「悲惨な戦い」 youtubeより

 3月8日の日曜日から大相撲大阪場所が始まる。そこで少し早いが、なぎら健壱の「悲惨な戦い」を投稿する。
 1974年リリースで1988年まで放送禁止に指定された。下ネタに加えてNHKをイヌ呼ばわりしたからだろうか。
 歌詞には「引力」や「慣性力」といった言葉が出てきて実に面白い。ご存じない方は一度聴いてみてください。

 NHKのフォークソング特集でリクエストしたら放送してもらえるだろうか。まあちょっと無理な相談だろう。


 

2026年3月3日火曜日

次郎物語 五

  一昨日の投稿で書いたとおり、『次郎物語 五』を図書館で借りた。古い本だろうと思っていたが、2020年発行の岩波文庫版だった。
 「ー 友愛塾・空林庵」とあり、友愛塾が浴恩館、空林庵は空林荘がモデルと思われる。最寄り駅は東上線の下赤塚駅となっていた。
 年譜によれば、著者の下村湖人は佐賀県生まれで、熊本第五高等学校の友人を助けて大日本連合青年団講習所長になっている。

『次郎物語 五』(岩波文庫、2020年)

 この講習所が浴恩館で、湖人が1933年から所長だったが、軍国主義の影響により1937年に辞任し『次郎物語』も連載中止となった。
 1954年3月付の「あとがき」には、「戦争末期の次郎を第六部、終戦後数年たってからの次郎を第七部として描いてみたい」と書かれている。
 その願いは叶わず、1955年4月、71歳で亡くなった。社会教育家の湖人とすれば、次郎の姿を通して戦前・戦後の日本を書きたかったのだろう。

 私も小学生の時に『次郎物語』を読んだ記憶がある。浴恩館へ今回行くまでは全く忘れていたが、第一部から読み直した方がいいかもしれない。

 

唇をかみしめて

「唇をかみしめて」 youtubeより

 吉田拓郎の「唇をかみしめて」は昨年11月に「落陽」に付随して投稿しているが、もう1回投稿することにしたい。
 私はおせっかいな性格なのだろう。思い付いては勝手に人に手紙を書き、何の反応もないのを少し寂しいと思う。
 この曲の「自分の明日さえ目に写りもせんけれど おせっかいな奴やと笑わんといてくれ」という歌詞を思い出す。

 この性格はもう変わることはないだろう。迷惑にならないよう気をつけなくてはいけないと思う今日この頃である。


2026年3月2日月曜日

原作『国宝』

『国宝』(朝日文庫、2021年)

 映画『国宝』の原作(朝日文庫、2021年)を読んだ。映画を見る前に本屋で見て、後から読もうと買っていた。
 作者の吉田修一は2002年に芥川賞と山本周五郎賞を受賞するなど賞を総なめにしていて、さすがに文章が上手い。
 原作と映画はほぼ一致した内容だったが、歌舞伎に興味のない私には演目の描写が多過ぎるように感じられた。

 読んだ後にメルカリに出品したら、あっという間に売れてしまった。やはり映画の影響力は大きい。
 

遠い世界に

 
「遠い世界に」 youtubeより

 米国のトランプ大統領がイランへの空爆を始めた。空爆だけで終わるのだろうか。地上戦になればベトナムの二の舞である。
 「五つの赤い風船」がこの曲をリリースしたのは1968年3月で、ベトナム戦争(1955年11月~1975年4月)が泥沼化しつつあった。
 「五つの赤い風船」のリーダーの西岡たかしはラブソングを作りたかったようだが、反戦歌として認識されている。

 多くの人が殺される戦争に大義は空しく響く。大国が主張がまかり通るだけである。一刻も早く戦火がやむのを祈る。
      

いつのまにか君は

「いつのまにか君は」 youtubeより

 先日の草津温泉で、早朝散歩のガイドさんがつま恋から馬に熊よけの鈴を付けて運んだので馬鈴薯になったと教えてくれた。
 私のつま恋の記憶は「ポプコン」(ヤマハポピュラーソングコンテスト)である。この曲は第8回(1974年)の優秀曲賞に選ばれた。
 「何万人かに1つだけのぜいたくな青春 君だけに与えられたものじゃない けれど君だけは」というサビの部分が心に響く。

 この曲を歌った浜田良美は、その後もスタジオミュージシャンとして多くのアーティストのレコーディングに参加している。

 

2026年3月1日日曜日

浴恩館

 
「浴恩館」入口

 今朝、自転車で小金井市緑町の「浴恩館」へ出かけた。小金井市文化財センターとして、郷土資料が展示されている。
 もともと昭和3年(1928)に京都御所で行われた昭和天皇即位大嘗祭の際の建物を日本青年館が譲り受けて移築したもの。
 青年団講習所として使用され、『次郎物語』の作者である下村胡人が講習所長として講習生の指導にあたったという。

「空林荘」の跡

 同じ敷地内に講師の宿舎として建てられた「空林荘」は、残念ながら平成25年(2013)3月に焼失してしまった。
 「浴恩館」は入場無料で、旧石器時代の鏃や石器時代の土器に始まり、小金井の古い地図や文物が展示されている。
 敷地内に小さな池があり周囲は浴恩館公園として整備されているが、「浴恩館」自体を訪れる人は少なそうだった。

 「次郎物語」第5部は「浴恩館」での生活をモデルとして書かれている。図書館で借りて、往時を偲んでみたい。

道化師のソネット

「道化師のソネット」 youtubeより

 時々、自分は道化師(ピエロ)ではないかと思うことがある。人に笑われるようなことをしているのではないかと。
 「道化師のソネット」は1980年のリリースで、さだまさしが主演した映画『翔べイカロスの翼』の主題歌だった。
 「笑ってよ君のために 笑ってよ僕のために」で始まる曲は、子どもに夢を与えようと道化師になる男を歌っている。

 自分から道化師になるつもりはない。ただ、人から道化師と思われても、自分の思うように生きる以外にはない。