2026年8月14日金曜日

一歩の距離

『一歩の距離』(文藝春秋、1968年)

  いつもお世話になっている奈良県在住のSさんから教えていただいて、城山三郎の『一歩の距離』を読んだ。
 中古本を購入しようと思ったが、手頃な価格では手に入らないことがわかったので、市立図書館から借りた。
 小説の舞台は、戦争末期の大津航空隊と滋賀航空隊である。予科練を出たばかりの若者の生死が書かれている。

 戦局が悪化したある日、目を閉じた整列の中から特攻を志願する者は一歩前に出るようにという命令を受ける。
 前に出た者のうち、1人は人間魚雷となって戦死し、1人は終戦を迎える。前に出なかった者はずっと悔やむ。
 私が生まれる前の15年前の話である。もし、私が30年前に生まれていたら、1歩前に出られなかっただろう。

 明日は終戦記念日である。戦争で亡くなった方のご冥福を祈るとともに、平和に生きることの有難さを想う。
 

2026年8月12日水曜日

人新世の「資本論」

『人新世の「資本論」』増補新版(集英社、2026年)

 あるテレビ番組でコメンテーターしているのを見て斉藤幸平氏を知り、『人新世の「資本論」』を買って読んでみた。
 この本は2021年に新書大賞を受賞しているので当時は話題になったのだろうが、私は5年遅れでその存在を知った。
 「脱成長コミュニズム」という考え方には興味を持った。経済成長を続ける限り人類は破滅するしかないのだろうか。

 しかし、この本は増補新版であり、著者は「補考」で「脱成長コミュニズム」が広がらなかったことを認めている。
 確かに、気候変動に対抗するには新しい思想が必要だろう。次作の『人新世の「黙示録」』も読んでみようと思う。
 

2026年8月4日火曜日

夏の終り

「夏の終り」 youtubeより

 この1週間、夏風邪で体調を崩していた。夜眠れない程の咳が続いたが、どうやらなんとか治まってきた。
 「しまなみ海道サイクリングロード」などで体力を消耗し、免疫力が低下していたのが原因だろうと思う。
 まだまだ暑い日が続くが、もうすぐ立秋なので1978年10月発売のオフコースの「夏の終り」を取り上げる。

 この曲は夏の終りとともに恋人との別れを歌っているが、私はエンディングの次の歌詞がとても好きだ。

 そっとそこにそのままで かすかにかがやくべきもの
 決してもういちどこの手で 触れてはいけないもの

2026年7月31日金曜日

スラムダンク

「スラムダンク」 youtubeより

 子供達が中学生の頃に読んでいた「スラムダンク」の漫画本を先日メルカリで処分した。簡単に売れたので、今も人気があるのだろう。

 私は中学生の時、バスケ部に入っていた。同じ小学校から進学した1つ上の先輩がバスケ部のエースで、憧れて入ったが全くダメだった。

 昨日、同級生でバスケ部だったI君の伝手で、その先輩と50年ぶりに会うことができた。先輩も歳を取ったが、相変わらず元気だった。

 先輩は天才である。高校生の時、広島選抜で国体に出場し、能代工業を相手に4点得点している。まさに、リアル・スラムダンクだった。 

2026年7月24日金曜日

しまなみ海道サイクリングロード③

  昨日、かねてからの計画どおり、「しまなみ海道サイクリングロード」の多々羅大橋を自転車で渡りに出かけた。
 早朝に最寄り駅から自転車とともに電車に乗り三原駅で降りた。三原港から瀬戸田行きの船には20分しかなかった。
 輪行袋を畳むと時間がかかるので、そのままリュックに入れたのが良かった。乗船して席に座ると船は動いていた。

多々羅大橋の入口

 30分ほどの乗船中に、輪行袋を畳み日焼け止めを塗った。後方からの日差しを遮るインナーキャップも被った。
 多々羅大橋までは思ったより短く感じた。他にサイクリストはおらず、橋の入口で自転車を降りて写真を撮った。
 橋の中間で県境を越えて愛媛県に入った。自動車道と並走しているが、因島大橋ほど高くはなく恐くなかった。

大山祇神社の総門

 橋を下りてから大山祇神社までの方が長く感じた。しばらく海岸線を走った後、宮浦へ峠を越える道が続いた。
 誰もいないサイクリングロードをひたすら走り、海の近くに神社はあった。観光客を尻目に簡単に参拝をした。
 自転車置き場の休憩所で、持参したおにぎりを食べた。自販機で水を買って補給し、すぐに帰路へスタートした。

横から見た多々羅大橋

 帰り道は短く感じる。峠を越えると海岸線まで緩やかな下りが続いた。多々羅大橋の手前の道の駅で休憩をした。
 橋を渡り横から見た橋の写真を撮った。瀬戸田から三原港行きの船の出発時刻が近づいていたので、道を急いだ。
 なんとか間に合って船に乗った時はさすがにほっとした。多々羅大橋を自転車で渡り、大山祇神社まで往復できた。

安芸灘とびしま海道

 次は、「瀬戸内しまなみ海道」ではなく、「安芸灘とびしま海道」(上記地図を参照)で大崎下島まで行きたい。
 途中の下蒲刈島は朝鮮通信使の停泊地だった。朝鮮通信使には、近江出身の儒学者・雨森芳洲が関係している(注)。
 (注)拙著『やっぱり滋賀が好き』の「朝鮮通信使」(196、197頁)を参照。

 広島へ帰省してから近江関連の投稿がなかったが、やや強引とはいえ、やっと近江に関連付けることができた。

2026年7月21日火曜日

夏まつり

 
「夏まつり」 youtubeより

 梅雨が明けて、暑い日が毎日続いている。こんな時に思わず、井上陽水の「夏まつり」という曲を思い出す。
 「十年はひと昔 暑い夏」ではじまるこの曲は、1972年発売の『陽水Ⅱ センチメンタル』に収録されている。
 「ふるさとはふた昔 夏まつり」という終わりの歌詞には、当時24歳だった陽水の故郷への郷愁が感じられる。

 ふた昔どころか、50年ぶりに故郷で暮らしている。やはり「ふるさとは遠きにありて想うもの」だろうか。

2026年7月18日土曜日

しまなみ海道サイクリングロード②

しまなみ海道サイクリングロード

  4月投稿の「しまなみ海道サイクリングロード」(注)のとおり、あの時は尾道から因島大橋を渡るのが精一杯だった。

 今回は、尾道より手前の三原から瀬戸田(生口島)へ船で行き(注)、多々羅大橋を渡って大三島まで行く計画である。

 折りたたみ自転車では長距離が辛いので東京で新しい自転車を購入し、中央線と新幹線を輪行して広島へ持って来た。

新しく購入した自転車

 電車は輪行袋に入れないと乗れない。前輪を外しハンドルをフレームと平行にし輪行袋に入れ電車に乗る練習をした。
 防犯登録をした自転車屋で後ろからの日差しを遮るものが必要と言われ、帽子の下に被るインナーキャップを購入した。
 熱中症対策に水分補給は欠かせないので、ボトルケージを自転車に装着した。L.L.Beanのおまけのボトルが使えた。

輪行袋に入れた自転車

 最寄り駅から始発に乗れば、瀬戸田には8時前に着く。多々羅大橋を渡って大山祇神社まで1時間余りとわかった。
 多々羅大橋を渡るので精一杯と思っていたが、伊予国一宮の大山祇神社に参拝することも不可能ではなさそうだ。
 参拝後は持参のおにぎりを食べて、再び多々羅大橋を渡る。瀬戸田から船に乗って、三原から輪行する予定である。

装着したボトルケージ

 準備は万端整った。来週は本番である。無理をしないように気をつけるが、ここまできたらやるしかあるまい。

2026年7月11日土曜日

安来市加納美術館

 先日、安来市加納美術館を訪れた。加納莞蕾の絵画の収蔵のため創設されたが、寄贈されて安来市加納美術館となっている。
 加納莞蕾は、フィリピンのキリノ元大統領に日本人戦犯の助命を嘆願した人物であると、ある中小企業経営者から教わった。
 キリノ元大統領は、日本軍とのマニラ市街戦で妻と3人の子供を亡くしたにもかかわらず、日本人戦犯105人に特赦を与えた。

「加納莞蕾の願い」の碑

 その経緯について知るため、広島へ帰省した際に美術館を訪問すると決めていて、松江駅へ行く高速バスに乗った。
 松江駅から美術館までは車で約40分かかるが、鳥取市に在住する35年来の友人が松江駅まで車で迎えに来てくれた。
 入口の左側に「加納莞蕾の願い」の碑があった。「赦し難きを赦す」と書いてあり、キリノ元大統領の次の言葉が刻んである。

 'I do not want my children and my people to inherit from me hate for people who might yet be our friends for the permanent interest of the country.' 

加納莞蕾の絵

 名誉館長の加納佳世子氏と少し話をすることができた。近隣の小学校などで加納莞蕾の話をされているそうだ。
 私は、戦争の悲惨さを継承することよりも、平和の有難さを継承することの方が大切ではないかと思っている。
 戦争の悲惨さは、現在のウクライナや中東を見れば一目瞭然だし、もし戦争になれば嫌でも感じることになる。

 加納莞蕾やキリノ元大統領のように、将来の平和を創ることに努めた人達の話こそ後世に伝えるべきだと思う。

2026年7月8日水曜日

出航 SASURAI

 
「出航 SASURAI」 youtubeより

 昨日から、頭の中に寺尾聰の「出航 SASURAI」が去来している。今朝の早暁、東京を発って広島へ帰省する。
 1980年のリリースで、「ルビーの指環」、「SHADOW CITY」とともに、ベストテンに3曲同時にランクインした。
 「あの雲にまかせて 遙かに彷徨い歩く 生きてゆく道連れは 夜明けの風さ」という歌詞がしっくりくる。

 「琵琶湖周航の歌」の出だしもそうだが(注)「さすらい」という言葉にはロマンを感じる。さあ出かけよう。
 (注)拙著『やっぱり滋賀が好き』の94頁を参照

2026年7月7日火曜日

天文台

「天文台」 youtubeより

 今日は七夕である。星にまつわる歌がないかと考えて、南佳孝の「天文台」という曲を取り上げることにした。
 「丘の上の天文台へ 星を探しに行こう」で始まる曲を聴くと、天文台がある瀬戸内海の島へ行ったのを思い出す。
 本当は二人きりで天文台へ行きたかったけれど、グループで来ていたので、とてもそんなことはできなかった。

 あの時、歌詞のように「光の帯の中で 君を抱きしめる」ことができていたら、願い事が叶っていただろうか。

2026年7月6日月曜日

プーチンの世界

『プーチンの世界』(新潮社、2016年)


 知人が「プーチンの国を守ろうとする姿勢が好き」と言うのを聞いて、『プーチンの世界』を購入して読んでみた。
 私は、KGB出身というだけでプーチンを信用できないと決めつけていて、彼に関する本を読んだことがなかった。
 本書は、「国家主義者」「歴史家」「サバイバリスト」「アウトサイダー」「自由経済主義者」「ケース・オフィサー(工作員)」の6つのペルソナで、プーチンを論じている。

 確かに、プーチンの行動に理解できるところはある。しかし、工作員の手法を用いているところが気になった。

2026年7月5日日曜日

魔女の1ダース

『魔女の1ダース』(新潮文庫、2000年)

 5月の投稿で『不実な美女か貞淑な醜女か』(注)を紹介した米原万里に、『魔女の1ダース』という本がある。

 プロローグは、米原万里がモスクワで「魔女使い」の集会への出席を誘われるところから始まっている。
 そこで「魔女使い」からプレゼントされたという『悪魔と魔女の辞典』が面白いので、下記に引用する。
  • 愛:相手から無料で利益を引き出すのに、相手が対価以上のものをこちらから獲得したと錯覚し、トクしたと思わせるための呪文の一種。ただし、呪文を唱える当人のほうが錯覚し、自分のほうが損をしていると思いこむ場合も多い。「無償の愛」などとわざわざ定語をつけたりすることがあるように、本来は有償なものと考えられている。
  • 希望:絶望を味わうための必需品
  • 思いやり:弱者に対しては示さず、強者に対して示す恭順の印
  • 謙遜:自慢したいことを他人に言わせるための一種の方法
 中学生の頃に読んだことのあるA・ビアスの『悪魔の辞典』(1911年)を、思わず思い出してしまった。

 辞書で、「ダース」は「13個1組をさす」と説明されているらしい。魔女の世界では1ダースは13本なのだ。
 ロシア語同時通訳として世界各地で活躍した米原万里ならではの、洒落の効いたエッセイが詰まっている。
 エピローグに書かれた恩師の「異文化の交差する瞬間にこそ意味は生まれる」という言葉が全てを物語る。

 こんな面白い本はいろんな人に読んで欲しい。この本もまちライブラリー(注)に寄贈することにしよう。

2026年7月4日土曜日

和気清麻呂

和気清麻呂の立像

 昨日、所用で地下鉄東西線の竹橋駅に行った際、皇居からお堀を隔てたところにある和気清麻呂の立像を見た。
 大手町駅方面の改札を出て、平川門側と書かれた出口を上るとすぐにあった。後ろのビルは丸紅の本社である。
 和気清麻呂は、宇佐八幡の「道鏡を皇位に就かせたならば国は安泰である」というご神託を確認した人である。
 
『八幡神社』(勉誠出版、2003年)

 和気清麻呂は宇佐八幡へ行き、ご神託が偽りであることを確認し、皇室を守護した人物として像が建立された。
 宇佐八幡は4万社以上ある八幡神社の総本宮で、御祭神は応神天皇である。全国の八幡神社も応神天皇を祭る。
 八幡神社について知りたくて買った『八幡神社』(勉誠出版、2003年)には、全国八幡神社一覧が載っている。

八幡祭の由来

 滋賀県にも多くの八幡神社があり、その中の近江八幡市の日牟礼八幡に八幡祭があることは昨年11月に投稿した(注)
 (注)知命庵: 八幡まつりを参照

 上記の「八幡祭の由来」は日牟礼八幡のホームページに掲載されており、応神天皇の近江行幸が原型としている。
 しかし、『八幡神社』では「近畿地方の八幡信仰」で「左義長祭(注)と八幡祭の二大火祭が有名である」とだけ書いてある。

 私には、上記のことが不思議でならない。日牟礼八幡には何か秘密が隠されているのではないかと妄想している。

2026年7月3日金曜日

いくつもの星の下で

 「いくつもの星の下で」 youtubeより

 オフコースといえば小田和正という印象が強いが、初期のデュオの頃には相方の鈴木康博が作った曲もある。
 1980年発売のアルバム『We are』のA面の最後に収録されている「いくつもの星の下で」もその一つである。
 「いつもひとり くやし涙 流してきた男のことを あなたに聞かせたい 僕のすべて教えたい そばに来て」という歌詞が切ない。

 『男はつらいよ』の寅さんではないけれど、生きていればつらいことはある。誰かに聞いて欲しいこともある。

2026年7月2日木曜日

古典落語

『古典落語』続(々)々(講談社文庫、1973年)

 私は大学生の時に落研に入っていた。学園祭で落語をしたこともあるが熱心ではなく、今は全くやっていない。
 もともと中学生の時に教室で古典落語の「やかん」をやったのが思いのほか受けて、落語の面白さにはまった。 
 ネタ本は興津要編の『古典落語』だった。(上)、(下)、(続)、(続々)、(続(々)々)があり、「やかん」は(下)に載っている(注)。

(注)「やかん」に出てくる「ウナギの名前の由来」については、拙著『やっぱり滋賀が好き』の「ちょっといっぷく 琵琶湖のウナギ」(103~104頁)を参照。

 ウナギの話ばかりで申し訳ないが、上記の『古典落語』続(々)々には、最初に「うなぎ屋」という話が載っている。
 ウナギを持ったうなぎ屋の主人が「どこへいくんだか、前へまわって、うなぎに聞いてください」というオチが面白い。
 名人の5代目古今亭志ん正が演じたバージョンがyoutube(音声のみ)で見つかったので、下記に掲げておきます。

「うなぎ屋」 youtubeより

 人前で落語をやりたいとはもう思わない。私は、人を笑わせたいというより、人の笑う顔が好きなのだと思う。

2026年6月30日火曜日

山王稲穂神社

山王稲穂神社の幸福守

 小金井市にある山王稲穂神社の幸福守は、ハンカチ王子の斎藤佑樹が甲子園で優勝した時に身に付けていた。
 20年前のことだが、それから有名になり、現在でも幸福守を求めて山王稲穂神社へ参拝する人がいるという。
 私も自転車でたまに立ち寄るが、それは山王稲穂神社が滋賀県にある日吉大社の系列に属するからである。

幸福守の裏側

 日吉大社は、拙著『「びわ湖検定」でよみがえる』で書いたとおり近江の国の二の宮で、東本宮と西本宮がある。
 東本宮の御祭神の大山咋神は山王権現と言われ、日吉大社は全国3800余の日吉・日枝・山王神社の総本宮である。
 有名な赤坂の日枝神社の御祭神も大山咋神である。大山咋神の使いは猿であり、狛犬ではなく狛猿が置かれている。

 日吉大社へは簡単に行けないので、代わりに山王稲穂神社に参拝しているが、おみくじがよく当たっている気がする。

2026年6月29日月曜日

滋賀県観光地図

滋賀県観光地図

 私は自分の部屋の壁に滋賀県観光地図を貼っている。滋賀県に出かける時、行先がどこにあるか確認している。
 17年前に大津駅の観光案内所で無料でもらったものである。A4版で8枚分あるので、広げると結構大きくなる。
 先日行った湖西の新旭駅や湖北の河毛駅もどこかすぐにわかる。まだ行ってないところがたくさんあるなあ。

 地図を見ながら、次はどこへ行こうかと考える。大きな琵琶湖を見るだけでも、滋賀好きには堪えられない。
 ご参考までに、新しいバージョンの滋賀・びわ湖マップを下記に掲げておこう。こちらも良くできている。

滋賀・びわ湖マップ

2026年6月28日日曜日

通り雨

「通り雨」 youtubeより

 「通り雨」を辞書で引くと「さっと降って、すぐ晴れる雨」とある。今朝の散歩は「通り雨」に遭ってしまった。
 フォークデュオ「風」の時の伊勢正三に「通り雨」という曲がある。1976年リリースで、私はベスト盤で聴いた。
 「思い出すなら忘れよう おもいでなんて 指切りがほどけてはいけないはずなのに」という歌詞がironicに響く。

 忘れられるなら思い出さないし、忘れようとするから思い出す。もちろん正やんはそんなことはわかっているが。

2026年6月27日土曜日

琵琶湖周航の歌

「琵琶湖周航の歌」 youtubeより

 先日亡くなった菅原洋一の叙情歌集アルバム『うたたね』の中に収録されている「琵琶湖周航の歌」が好きだった。
 youtubeで探したが見つからないので、代わりに滋賀県を拠点に活動するユニット~Lefa~のバージョンを掲載する。
 「琵琶湖周航の歌」については、拙著『やっぱり滋賀が好き』で紙面を割いたので(注)そちらをご覧いただきたい。
 (注)89~99頁。「1番から3番」と「4番から6番」に分けて詳述しています。

 3番までしか知らない人が多いと思うが6番まであり、5番の終わりの歌詞の「比良も伊吹も夢のごと」が私は好きである。
 因みに、菅原洋一の『うたたね』は3番で終わっているが、~Lefa~は6番まで歌っているので5番を聴くことができる。

ROASTERS★CLUB

「ROASTERS★CLUB」の看板

 「ROASTERS★CLUB」は、私のポタリングのルート上の3番目にあるお店で、家に戻る前に立ち寄っている。
 近所の商店街に珈琲豆焙煎所があるのを偶然見つけたのがきっかけで通い始め、ほぼ週1回は行っている。
 御夫婦の経営で、土日にご主人が副業で珈琲豆を焙煎し、水木金は奥さんが店番で珈琲豆を販売している。

店内の珈琲豆の陳列棚

 水木金に行くと奥さんがおられる。優しい方で、他に客が来ないと30分以上私の話に付き合ってくださる。
 土日はご主人が一心不乱に珈琲豆を焙煎している。いろんな種類があり、焙煎方法も違うので大変である。
 特別な珈琲豆を求めて来店する人もいるし、子供を連れて定期的に訪れる人もいて、商店街に定着している。

 私は、ジャマイカ産のブルーマウンテンに似た風味のドミニカ産のカリビアンクイーンを最近は買っている。
 なお、下記のとおりインスタグラムもあるので、興味のある方はご覧ください。

2026年6月26日金曜日

時代おくれ

「時代おくれ」 youtubeより

 仙台在住の友人から、上記のyoutubeがメールで突然届いた。2月の投稿「Que Sera」(注)に登場した人である。
 (注)知命庵: Que Seraを参照のこと。

 9月に仙台で会う予定だったが、友人が大怪我をして中止になった。仙台のカラオケで歌うつもりだったらしい。
 歌詞の終わりは「人の心を見つめつづける 時代おくれの男になりたい」で、友人も私も時代おくれである。

 2巡目は「好きな誰かを思いつづける 時代おくれの男になりたい」で、正直言うと、私はこちらの方が好きだ。

仏教(岩波新書)

『仏教』(岩波新書、1974年)

 自宅近くの古書店の軒先に1冊50円で売られている木箱の中に、『仏教』(岩波新書、1974年)があった。
 ちょうど仏教ついて知りたかったので購入した。鉛筆で線を引いた箇所があったが、消しながら読んだ。
 著者の渡辺照宏氏は「仏教の本来の形態を歴史的に記述することとし、インド仏教に重点を置き、それ以外は必要ある場合に触れるにとどめる」(19頁)と書いている。

 まだ途中だが、読み易くて面白いので新刊を買い直した。古書はまちライブラリー(注)へ寄贈したい。
 (注)知命庵: まちライブラリーを参照のこと

2026年6月25日木曜日

朝陽の中で微笑んで

「朝陽の中で微笑んで」 youtubeより

 今日は雨だが、晴れた早朝の散歩は心地よい。そんな時、「朝陽の中で微笑んで」という歌が頭にうかぶ。
 1976年のユーミンのアルバム『14番目の月』に入っているが、ハイ・ファイ・セットへ提供された曲である。
 山本潤子の透き通る声がよく似合う。「宇宙の片隅で めぐり逢えた喜びは」という部分には神々しさが漂う。

 朝陽が上り始めるとだんだん蒸し暑くなる。早起きは三文の得。early bird(早起きの人)の役得である。 

洗足池

洗足池


 昨日、かつての勤務先の後輩に会って昼食するため大森へ行った機会に、大田区南千束にある洗足池へ行った。
 大森から京浜東北線で一つ隣駅の蒲田へ行き、池上線に乗り換えて「洗足池」駅で降りると目の前が池だった。
 勝海舟夫妻の墓所へ向かい右回りに進んでお墓にお参りすると、その先の左手に西郷南洲の留魂詩碑が見えた。

留魂詩碑

 勝海舟が西郷の逆賊の汚名を晴らしたいという思いで建立したもので、西郷の漢詩が故人の書体で刻まれている。
 時間もないし歩き疲れていたので、「洗足池」駅へ引き返すつもりだったが、そのまま池の周囲を一回りした。
  「千束郷の大池」と呼ばれていただけあって大きな池である。日蓮上人が池で足を洗ったのが名前の由来らしい。

 帰りは「洗足池」駅から池上線を五反田へ出た。有名な西島三重子の「池上線」の雰囲気は感じられなかった。
 なお、ご存じない方のために、下記に西島三重子の「池上線」を載せておきます。

「池上線」 youtubeより

2026年6月24日水曜日

古賀政男

 
「影を慕いて」 youtubeより

 古賀政男が作詞・作曲した流行歌「影を慕いて」である。1932(昭和7)年3月発売の藤山一郎版が大ヒットした。
 私が生まれる前だが、ナツメロの番組で聴いたことがある。「まぼろしの 影を慕いて」で始まる歌詞が印象的だ。
 ある日突然この曲が聴きたくなって購入した『永遠不滅の古賀政男 全曲集』というCDに、最初に収録されていた。

「思い出の記」のモノローグ youtubeより

 古賀政男は戦前戦後を通じて活躍し、生涯で制作した楽曲は5000曲ともいわれ、「古賀メロディ」として有名である。
 上記CDに、「人生の並木道」、「誰か故郷を想わざる」、「悲しい酒」などと並んで、最後に「思い出の記」があった。
 波乱の人生を自ら振り返り作詞作曲し、自ら歌った不朽の名作と言われているが、歌の前のモノローグに驚いた。

 上記のユーチューブがそのモノローグである。是非一度聴いてみてください。古賀政男の神髄がわかります。
 最後に「思い出の記」の歌の方も掲げておきます。

「思い出の記」の歌 youtubeより

2026年6月23日火曜日

慰霊の日

『天皇百話 下の巻』(1989年、ちくま文庫)

 テレビのニュースで今日が「慰霊の日」と知った。沖縄戦が終結したとされる日で、戦没者追悼のため沖縄では休日扱いである。
 宮内庁は、「忘れてはならない4つの日」として、沖縄慰霊の日、終戦記念日、広島・長崎の原爆の日、終戦記念日を掲げている(注)。
 (注)宮内庁のホームページ(戦没者慰霊 – 宮内庁)を参照

 一方、『天皇百話 下の巻』には、「天皇の沖縄メッセージ」として、昭和天皇が「米国が沖縄を軍事占領し続けることを希望していた」と書かれている。

 沖縄の問題がそれだけ難しいということだろう。この点について私なりに思うことはあるが、軽々に述べることは差し控える。

2026年6月22日月曜日

愛が生まれた日

「愛が生まれた日」 youtubeより

 今朝、私の好きな歌が一杯詰まったウォークマン聴いていたら、藤谷美和子の「愛が生まれた日」が流れて来た。
 1994年2月のリリースというから30年以上前である。藤谷美和子主演のドラマの主題歌で、デュエット曲だった。
 それにしても、何度聴いても藤谷美和子の声が可愛い。ユーチューブの映像を観ると、見た目も本当に可愛い。

 「恋人よ 今受け止めて あふれる想い あなたの両手で」なんて言われたら、好きにならずにはいられまい。 

金青堂 GOLD BLUE

「金青堂 GOLD BLUE」の店先

 「金青堂 GOLD BLUE」も、6月17日に投稿した駄菓子屋「こまち」と同様に私のポタリングのルート上にある。
 ホームページ(注)によれば昔の店名は「金青堂」で、昭和20年代から続く駄菓子などのお店だったらしい。

 現在は、Tさん御夫婦が小金井市のイメージキャラクター・こきんちゃんのベビーカステラを販売している。

こきんちゃんのベビーカステラの幟
 
 私は店番の奥さんと話をする。物知りな方で5月に投稿した倚鍤碑」の「御門訴事件」も教えていただいた。
 ラムネやソフトクリームも売っているが、一番のお勧めは小松菜肉まんである。ビタミン等が豊富で体にいい。
 小銭を手に子供がソフトクリームを食べに来たり、ベビーカステラを目当てにお客が遠方から来ることもある。

 私は、その日の気分でベビーカステラ、ソフトクリーム、ラムネのいずれか一つ、たまに小松菜肉まんを買う。
 なお、下記のとおりインスタグラムもあるので、興味のある方はご覧ください。

2026年6月21日日曜日

永遠

「永遠」 youtubeより

 1月に投稿した「Paradise」が収録されたアルバム『REUNITED』から、もう1曲「永遠」という曲を投稿したい。
 やわらかなメロディに乗せて「一番好きなひとの一番そばにいたい みつけたそんな永遠を」という歌詞がある。
 歌詞の感じからして、自分のことを歌っているというより、例えば結婚する娘に歌っているような感じの曲である。

 確かに、「永遠」とはそんなものかも知れない。今この瞬間を永遠に感じられるような、そんな時間を過ごしたい。

2026年6月19日金曜日

井上靖記念室

 6月14日の投稿で、滋賀県の長浜市を訪れてK社を訪問した後、友人と高月にある渡岸寺の十一面観音を観たことを書いた。
 K社から高月駅までは社長の車に乗せてもらった。友人との待ち合わせまで時間があったので「井上靖記念室」へ行った。
 高月駅の東口を北へ行くと、左手に踏切りがある道を越えたところに長浜市立高月図書館があり、その2階に記念室はある。

『星と祭』のブックカバー

 入口が施錠されており受付の人に開けてもらった。左に進むと広間があり、井上靖氏ゆかりの品や著書が展示されていた。
 上記の写真は、その時に入手した『星と祭』のブックカバー(単行本用)である。窓際にさり気なく重ねて置いてあった。
 ブックカバーの井上靖氏の略歴には、朝日新聞連載の『星と祭』が縁となって、湖北地域を度々訪れたと記載されている。

井上靖氏の略歴

 17年前に仕事で大津にいた私は、渡岸寺の十一面観音を観に行った時、地元の人の説明で『星と祭』という本を知った。
 『星と祭』の主人公の足跡を辿り、古橋にある石道寺、己高閣・世代閣へ行き、峠を越えて大見にある医王寺まで出かけた(注)。
 (注)拙著『「びわ湖検定」でよみがえる』の234~245頁に詳しく書いています。

 今回、久しぶりに石道寺と鶏足寺(己高閣に収蔵)の十一面観音を観たが、医王寺の十一面観音は現在は公開されていない。

 『星と祭』という本を知らなければ、これらの観音を観ることはなかった。すべては偶然であるが、不思議な縁を感じている。

たとえきみがどこにいこうと~別れの街

「たとえきみがどこにいこうと」 youtubeより

 「ラブソングの帝王」鈴木雅之が1991年に発表した11作目のシングル「たとえきみがどこにいこうと」である。
 小田和正が作詞・作曲した「別れの街」が聴きたくて買ったベスト・アルバム『MARTINI』に収録されていた。
 「たとえ君がどこにいようとも忘れたくない これ以上君にどう言えばいい?」というサビの部分が切ない。

 片想いもこれぐらい一途ならそれで良いのではないかと思う。昨今のストーカーのようなものはダメだが。
 最後に「別れの街」も掲示しよう。鈴木雅之が上手く歌っているが、どうしても小田和正の曲の感じが漂う。

「別れの街」 youtubeより

2026年6月17日水曜日

駄菓子屋「こまち」

「こまち」の入口

 駄菓子屋「こまち」は、私が自宅近くをポタリング(目的を定めないサイクリング)するルート上にある。
 秋田出身の年配のNさんが経営しておられて、いぶりがっこを買ったのがお店に行き始めたきっかけだった。
 苦労人のNさんはいろんなことを教えてくださるので、Nさんの話を聴きにお店にわざわざ来る人もいる。

「こまち」の店内

 駄菓子屋なので、主なお客は小学校や中学校の生徒であるが、幼児を連れた母親や近所の人もやって来る。
 今年になって週に数日、妙齢の女性が店番をするようになった。気立ての良い美人で、話をすると楽しい。
 私はついつい長居をしてしまうので、他のお客の邪魔にならないようにしなくてはいけないと思っている。

 雑誌やテレビの取材も時々あるので、そのうち有名になるかもしれないが、現在の佇まいが続いて欲しい。
 なお、下記のとおりインスタグラムもあるので、興味のある方はご覧ください。

2026年6月15日月曜日

Against All Odds

 
'Against All Odds' youtubeより

 フィル・コリンズが1984年に発表した大ヒットナンバー、'Against All Odds'。同名の映画の主題歌だった。
 私は、ジョセフ・ウィリアムズが2007年に出したオムニバス・アルバム'Tears'でカバーしていたのを聴いた。
 'odds'は「勝ち目」で、'against all odds'は「勝ち目が全くない」ことであり、見込みがないことを意味する。

 立ち去る恋人に'Take a look at me now'と呼びかける、未練がましい歌だが、気持ちはわからないでもない。

2026年6月14日日曜日

長浜

早朝の長浜港


 一昨日、昨日と一泊二日で滋賀県の湖北地方へ出かけた。早朝に品川から新幹線に乗り、米原で琵琶湖線に乗り換えた。
 長浜の二つ北の河毛で降りて、徒歩で午前10時にK社を訪問した。帰りは、高月まで社長が車で送ってくださった。
 高月で友人のH君と合流し、渡岸寺の十一面観音を観た。それから長浜へ行って、港の近くのホテルにチェックインした。

ヨット・ハーバー

 開店の5時から閉店の9時まで「長濱浪漫ビール」で飲み、ホテルに戻って暫くはベッドで死んだように眠っていた。
 10時すぎに目が覚めて、11時までの大浴場へ行くことができた。翌朝は午前3時に起きて、内風呂に入り髭を剃った。
 琵琶湖を一周するサイクリングロードに沿って、港からヨット・ハーバーを経由し長浜城歴史博物館まで散歩した。

長浜城歴史博物館

 早朝の冷たい風が心地よかった。ホテルに戻って6時から大浴場に入り、7時からホテルの1階で朝食を食べた。
 8時過ぎのJRで木ノ本へ行きバスで古橋へ行った。石道寺まで歩いて十一面観音を観た後、己高閣・世代閣へ行った。
 己高閣・世代閣の仏像を観た後、木ノ本へ戻るバスまで1時間以上あったので受付の建物で休憩させていただいた。

 長浜には自然、歴史、経済、文化の全てがあって素晴らしい。いつかまた訪れて、琵琶湖の風に吹かれてみたい。

2026年6月11日木曜日

メランコリー

「メランコリー」 youtubeより

 「緑のインクで 手紙を書けば それは さよならの 合図になると」で始まる、梓みちよの「メランコリー」という曲がある。
 1976年9月のリリースで、作曲が吉田拓郎というのはかなり後になって知った。そう言われてみれば、拓郎っぽい気がする。
 私は万年筆が好きで、Wordで書いた手紙の最後に万年筆で署名する。そのインクはモンブランのロイヤルブルーのことが多い。

 実は、LAMYという万年筆も使っていて、緑のインクも持っているが、そのインクは、別れたくない人には使わないようにしている。

2026年6月10日水曜日

清沢洌

『清沢 洌』(中公新書、1987年)

 皇位継承に関する北岡伸一氏の発言に興味を持ち、その著書を調べていて、清沢洌という人物の存在を知った。
 戦前期における最も優れた自由主義言論人であるが、私は清沢洌もその著書『暗黒日記』も全く知らなかった。
 昭和20年2月15日の日記、「教育の失敗だ。理想と、教養なく、ただ『技術』だけを習得した結果だ」が紹介されている。

 今更ながら自らの不勉強を恥じるとともに、まさに「日暮れて途遠し」であるが、知識の吸収に努めたいと思う。
 なお、読売新聞に掲載された、皇位継承に関する北岡伸一氏の発言を、ご参考までに下記に転載させていただく。

2026年6月7日日曜日

自反

「自反」 滋賀県立琵琶湖文化館のホームページより

 中江藤樹の「自反」という言葉を思い出した。自反慎独(じはんしんどく)ともいい、自己反省を意味する。
 孟子が示したもので、「すべての事について自分自身に深く反(かえり)みて、独善を慎む」という考えである。
 藤樹は、「自反」の習慣が身に付けば「悪意の人に対しても、心が逆立つ気持ちは自ずと無くなる」と説く。

 不都合なことがあると、その原因を自分以外に求めてしまうことがあるが、「自反」の精神に立ち返りたい。

2026年6月6日土曜日

Kokomo

'Kokomo' youtubeより

 The Beach Boysの'Kokomo'という曲がある。私はトム・クルーズ主演の映画『カクテル』のサントラ盤で聴いた。
 ゆったりしたメロディに乗せて、カリブ海とその周辺の島や都市の名前が歌詞に心地よく並べられている。

 Aruba(アルバ), Jamaica(ジャマイカ) ooo I wanna take you
 Bermuda(バミューダ), Bahama(バハマ) come on pretty mama  Key largo(キー・ラーゴ), Montego(モンテゴ) baby why don't we go  Jamaica
「カリブ海」 Wikipediaより

 バミューダは北大西洋にある諸島で上記の地図のさらに北にあり、バミューダトライアングルで有名である。
 キー・ラーゴは、フロリダ半島南端部からキー・ウェストまで続く列島・フロリダキーズの最初の島である。
 モンテゴ(モンテゴ・ベイ)はジャマイカ島西部の北にある都市の名前で、ジャマイカ最大の観光地らしい。

 今日も暑くなりそうだ。モンテゴのビーチで小麦色の肌をした美女を眺めながら、一杯やりたい気分である。

2026年6月3日水曜日

Reyn Spooner

 先日、Brooks Brothersで店員に勧められて、Reyn Spoonerとコラボしたアロハシャツを買ってしまった
 ハワイのアパレル・ブランドで日本でも人気があるらしいが、ハワイへ行ったことがない私は知らなかった。
 確かに面白いデザインで試着した感じも良かったが、年金暮らしの私にとって高い買い物には違いなかった。

Reyn Spoonerのアロハシャツ

 衣類は半耐久財で、数年前に亘って消費される。高価な衣類は大切に扱うこともあって、長い間着ることになる。
 その間、気に入って買った衣類は着る時に満足感を抱くが、逆にそうでない場合は、着る時に後悔がつきまとう。
 まるで、前者は預貯金で利息が付くのに対して、後者は借入金で利子を払うようなものだと思ったことがある。

 今回のアロハシャツが前者に該当するのは間違いない。ジメジメした梅雨を快適に過ごすことができそうだ。

2026年6月1日月曜日

マラドーナ

マラドーナの伝説の「5人抜き」
 
 まもなくFIFAワールドカップが始まる。日本代表に注目が集まるが、私にとってワールドカップはマラドーナである。
 1986年のFIFAワールドカップ準々決勝アルゼンチン対イングランドでの伝説の「5人抜き」は、何度見ても衝撃的だ。
 センターライン付近でパスをもらったマラドーナはドリブルで5人をかわし、キーパーもかわしてそのままゴールした。

 偶然生まれたスーパープレイにより、マラドーナはサッカーの「神の子」となり、永遠に記憶に残る存在となった。
 拙著『やっぱり滋賀が好き』でも引用したミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』から、次の一節を送る。
 「偶然にはこのような魔力があるが、必然にはない。ひとつの愛が忘れがたいものになるには、(中略)最初の瞬間から、いろんな偶然が連れだってやってこなければならないのである」

2026年5月31日日曜日

男は明日はくためだけの靴を磨く

「男は明日はくためだけの靴を磨く」 youtubeより

 伊勢正三には何故作ったのだろうと思う曲がいくつかある。「男は明日はくためだけの靴を磨く」もその一つだ。
 1975年発売の『風ファーストアルバム』に収録されており、私はベスト・アルバムを聴いてからこの曲を知った。
 一人暮らしの男が一輪ざしの花が咲いて枯れるのを見て「そんなちいさな生きざまを見つけたい」とつぶやく。

 花ほどではないが人生は短い。一度しかない人生を自分の思うように生きることは、思っているよりも難しい。

2026年5月30日土曜日

腕時計「OMI」

腕時計「OMI」


 私の趣味の一つは腕時計である。曜日ごとに違う腕時計をしていて、上記の写真は土曜日用の「OMI」である。
 ブランドではなく、買った時の記憶や機能性に興味がある。7つの時計のうち2つは35年前にN.Y.で買ったものだ(今年3月投稿の「知命庵: ストラップ・ハンガー」を参照)。
 一番のお気に入りは、1冊目の拙著が懸賞を受賞した時に賞金で買ったMaurice Lacroixのムーン・フェイスである。

Maurice Lacroix

 デジタル時計は1つだけで、ひげそりで有名なBRAUN製である。スマートウォッチに見えるが普通の時計である。
 この他、時、分、秒の3針が別々のregulator、分針や秒針がなく1針のみで時刻を表示するMeisterSingerも持っている。
 この度、滋賀県大津市石山のJIOS(Japan, Ishiyama Otsu Shiga)の腕時計「OMI」を購入して、7つの時計が揃った。

 今日は土曜日なので、この腕時計をしている。琵琶湖カラーでとてもいい。今日も良い日になりそうな気がする。 

China

「China」 youtubeより

 昨日は一日暑かった。こんな日の夕暮れに聴くのにピッタリの曲、ボビー・コードウェルの「China」を投稿する。
 日本では「ミスターAOR」と呼ばれるほど人気があった。代表的なアルバム『Heart of Mine』の最後の曲である。
 'Ten thousand miles can't keep us apart. I swear I will come back to you. China, I do.' という歌詞が胸を打つ。

 mellowなメロディに乗せて、Chinaに残した恋人に必ず帰って来ると歌っている。是非、聴いてみてください。 

2026年5月29日金曜日

義民ロード

義民ロード案内図

 先日の晴れた日、細君に付き合って、京成電鉄の宗吾参道駅から麻賀多神社まで「義民ロード」を歩いた。
 途中の宗吾廟堂には、約360年前の承応年間に佐倉藩の悪政に立ち上がって処刑された名主が祀られている。
 死後100年経って藩主から「宗吾」の法号を贈られたいわゆる義民であり、「義民ロード」はそれに由来する。

宗吾廟堂

 宗吾廟堂までは10分程で道もよく整備されていたが、そこから麻賀多神社へは歩道が少なく車道の端を歩いた。
 麻賀多神社由緒には「日本武尊御東征の折」と書いてあったが、東日本一と言われる大杉が信仰の源だろう。
 大本教の岡本天明が『日月神示』を記したことに由来する「天日津神社」もあって、平日でも参拝者がいた。

麻賀多神社の大杉

 徐々に気温が上がり復路はしんどかった。お昼に宗吾廟堂前の蕎麦屋で食べたざるそばが美味しかった。

片想い

「片想い」 youtubeより

 浜田省吾が同郷の広島県出身なのは知っていた。私より年上の1952年生まれで、呉三津田という名門高校卒である。
 演歌みたいな歌詞のポップス「片想い」は、1981年発売の7thアルバム『愛の世代の前に』に収録されている。
 「あの人のことなど もう忘れたいよ」で始まり、「愛を求めた片想い」で終わる、悲しい片想いの歌である。

 片想いにも良い点はある。恋は永遠に続かないが、片想いに終わりはない。モテない男の強がりと思いつつ。

2026年5月28日木曜日

蒲団

『蒲団』

 上記の文庫本が古書店の軒先に50円で並んでいた。田山花袋の『蒲団』(新潮文庫、1952年)を読もうと購入した。
 『蒲団』のことは高校の教科書に「私小説の始まり」と書いてあったと記憶しているが、読んだことはなかった。
 明治40(1907)年の執筆で現在とは時代背景が異なるが、主人公の中年男が若い女の弟子に抱く感情は同じ気がした。

 田山花袋の文章は読み易かった。「同衾」という言葉をこの小説で知った気がしていたが、本には出てこなかった。

Suck it up!

 久しぶりにニューヨークの思い出を投稿したくなった。35年前、私はJETRO N.Y. 事務所で働いていた。
 先日、実家を整理していて当時の写真を見つけた。右がミシェル、左がクリスティーンで、真ん中が私である。
 ミシェルは昨年10月に投稿した「知命庵: Grandpa Kuma」(クリックすると飛びます)に登場している。

35年前のJETRO N.Y. 事務所で

 実はもう一人、仲が良かったのがクリスティーンで、写真を見てのとおり、二人ともとても可愛かった。
 昨年11月投稿の「知命庵: Disgusting」(クリックすると飛びます)に登場した佐藤さんも一緒に飲んだ。
 彼らが話す英語に付いていけない私に、クリスティーンが'Suck it up!'「飲め!」と言ったのを憶えている。 

寄せ書きの表紙

 JETRO N.Y. 事務所にいたのは約1年だったが、帰国の際に特大(縦43cm、横55cm)の寄せ書きをもらった。
 'Is there some way you can leave without going away?' とあって、多くの同僚のメッセージが書いてある。
 因みに、ミシェルとクリスティーンのメッセージは次のとおりで、クリスティーンの真面目な性格が出ている。
  ミシェル:So long and suck it up.
  クリスティーン:Judging by the number of people who signed this card, it's obvious everyone at JETRO enjoyed working with you - me included! I wish you the very best - See you again soon.
  
 クリスティーンはその後日本語教師をしていたが、音信不通になった。いつか連絡が付くことを願っている。

Killing Me Softly with His Song(やさしく歌って)

 
'Killing Me Softly with His Song' youtubeより

 この曲はネスカフェのCMで初めて聴いた。ロバータ・フラックの'Killing Me Softly with His Song'である。

 'Strumming my pain with his fingers.'から(Strum:つま弾く)
 'Singing my life with his word.'と続いて、
 'Killing me softly with his song.'となる。(Kill:悩殺する)

 CMが流れている時は言葉の意味など調べずに、なんとなく珈琲のイメージに合っているとだけ思っていた。

 今回、この曲が何を歌っているのかやっとわかってきた気がする。歌詞を理解することはやはり大切である。

 なお、「Fugees versionが好き」というブログの読者のコメントがあったので、下記を追加することにしたい。

'Fugees version'