2026年6月30日火曜日

山王稲穂神社

山王稲穂神社の幸福守

 小金井市にある山王稲穂神社の幸福守は、ハンカチ王子の斎藤佑樹が甲子園で優勝した時に身に付けていた。
 20年前のことだが、それから有名になり、現在でも幸福守を求めて山王稲穂神社へ参拝する人がいるという。
 私も自転車でたまに立ち寄るが、それは山王稲穂神社が滋賀県にある日吉大社の系列に属するからである。

幸福守の裏側

 日吉大社は、拙著『「びわ湖検定」でよみがえる』で書いたとおり近江の国の二の宮で、東本宮と西本宮がある。
 東本宮の御祭神の大山咋神は山王権現と言われ、日吉大社は全国3800余の日吉・日枝・山王神社の総本宮である。
 有名な赤坂の日枝神社の御祭神も大山咋神である。大山咋神の使いは猿であり、狛犬ではなく狛猿が置かれている。

 日吉大社へは簡単に行けないので、代わりに山王稲穂神社に参拝しているが、おみくじがよく当たっている気がする。

2026年6月29日月曜日

滋賀県観光地図

滋賀県観光地図

 私は自分の部屋の壁に滋賀県観光地図を貼っている。滋賀県に出かける時、行先がどこにあるか確認している。
 17年前に大津駅の観光案内所で無料でもらったものである。A4版で8枚分あるので、広げると結構大きくなる。
 先日行った湖西の新旭駅や湖北の河毛駅もどこかすぐにわかる。まだ行ってないところがたくさんあるなあ。

 地図を見ながら、次はどこへ行こうかと考える。大きな琵琶湖を見るだけでも、滋賀好きには堪えられない。
 ご参考までに、新しいバージョンの滋賀・びわ湖マップを下記に掲げておこう。こちらも良くできている。

滋賀・びわ湖マップ

2026年6月28日日曜日

通り雨

「通り雨」 youtubeより

 「通り雨」を辞書で引くと「さっと降って、すぐ晴れる雨」とある。今朝の散歩は「通り雨」に遭ってしまった。
 フォークデュオ「風」の時の伊勢正三に「通り雨」という曲がある。1976年リリースで、私はベスト盤で聴いた。
 「思い出すなら忘れよう おもいでなんて 指切りがほどけてはいけないはずなのに」という歌詞がironicに響く。

 忘れられるなら思い出さないし、忘れようとするから思い出す。もちろん正やんはそんなことはわかっているが。

2026年6月27日土曜日

琵琶湖周航の歌

「琵琶湖周航の歌」 youtubeより

 先日亡くなった菅原洋一の叙情歌集アルバム『うたたね』の中に収録されている「琵琶湖周航の歌」が好きだった。
 youtubeで探したが見つからないので、代わりに滋賀県を拠点に活動するユニット~Lefa~のバージョンを掲載する。
 「琵琶湖周航の歌」については、拙著『やっぱり滋賀が好き』で紙面を割いたので(注)そちらをご覧いただきたい。
 (注)89~99頁。「1番から3番」と「4番から6番」に分けて詳述しています。

 3番までしか知らない人が多いと思うが6番まであり、5番の終わりの歌詞の「比良も伊吹も夢のごと」が私は好きである。
 因みに、菅原洋一の『うたたね』は3番で終わっているが、~Lefa~は6番まで歌っているので5番を聴くことができる。

ROASTERS★CLUB

「ROASTERS★CLUB」の看板

 「ROASTERS★CLUB」は、私のポタリングのルート上の3番目にあるお店で、家に戻る前に立ち寄っている。
 近所の商店街に珈琲豆焙煎所があるのを偶然見つけたのがきっかけで通い始め、ほぼ週1回は行っている。
 御夫婦の経営で、土日にご主人が副業で珈琲豆を焙煎し、水木金は奥さんが店番で珈琲豆を販売している。

店内の珈琲豆の陳列棚

 水木金に行くと奥さんがおられる。優しい方で、他に客が来ないと30分以上私の話に付き合ってくださる。
 土日はご主人が一心不乱に珈琲豆を焙煎している。いろんな種類があり、焙煎方法も違うので大変である。
 特別な珈琲豆を求めて来店する人もいるし、子供を連れて定期的に訪れる人もいて、商店街に定着している。

 私は、ジャマイカ産のブルーマウンテンに似た風味のドミニカ産のカリビアンクイーンを最近は買っている。
 なお、下記のとおりインスタグラムもあるので、興味のある方はご覧ください。

2026年6月26日金曜日

時代おくれ

「時代おくれ」 youtubeより

 仙台在住の友人から、上記のyoutubeがメールで突然届いた。2月の投稿「Que Sera」(注)に登場した人である。
 (注)知命庵: Que Seraを参照のこと。

 9月に仙台で会う予定だったが、友人が大怪我をして中止になった。仙台のカラオケで歌うつもりだったらしい。
 歌詞の終わりは「人の心を見つめつづける 時代おくれの男になりたい」で、友人も私も時代おくれである。

 2巡目は「好きな誰かを思いつづける 時代おくれの男になりたい」で、正直言うと、私はこちらの方が好きだ。

仏教(岩波新書)

『仏教』(岩波新書、1974年)

 自宅近くの古書店の軒先に1冊50円で売られている木箱の中に、『仏教』(岩波新書、1974年)があった。
 ちょうど仏教ついて知りたかったので購入した。鉛筆で線を引いた箇所があったが、消しながら読んだ。
 著者の渡辺照宏氏は「仏教の本来の形態を歴史的に記述することとし、インド仏教に重点を置き、それ以外は必要ある場合に触れるにとどめる」(19頁)と書いている。

 まだ途中だが、読み易くて面白いので新刊を買い直した。古書はまちライブラリー(注)へ寄贈したい。
 (注)知命庵: まちライブラリーを参照のこと

2026年6月25日木曜日

朝陽の中で微笑んで

「朝陽の中で微笑んで」 youtubeより

 今日は雨だが、晴れた早朝の散歩は心地よい。そんな時、「朝陽の中で微笑んで」という歌が頭にうかぶ。
 1976年のユーミンのアルバム『14番目の月』に入っているが、ハイ・ファイ・セットへ提供された曲である。
 山本潤子の透き通る声がよく似合う。「宇宙の片隅で めぐり逢えた喜びは」という部分には神々しさが漂う。

 朝陽が上り始めるとだんだん蒸し暑くなる。早起きは三文の得。early bird(早起きの人)の役得である。 

洗足池

洗足池


 昨日、かつての勤務先の後輩に会って昼食するため大森へ行った機会に、大田区南千束にある洗足池へ行った。
 大森から京浜東北線で一つ隣駅の蒲田へ行き、池上線に乗り換えて「洗足池」駅で降りると目の前が池だった。
 勝海舟夫妻の墓所へ向かい右回りに進んでお墓にお参りすると、その先の左手に西郷南洲の留魂詩碑が見えた。

留魂詩碑

 勝海舟が西郷の逆賊の汚名を晴らしたいという思いで建立したもので、西郷の漢詩が故人の書体で刻まれている。
 時間もないし歩き疲れていたので、「洗足池」駅へ引き返すつもりだったが、そのまま池の周囲を一回りした。
  「千束郷の大池」と呼ばれていただけあって大きな池である。日蓮上人が池で足を洗ったのが名前の由来らしい。

 帰りは「洗足池」駅から池上線を五反田へ出た。有名な西島三重子の「池上線」の雰囲気は感じられなかった。
 なお、ご存じない方のために、下記に西島三重子の「池上線」を載せておきます。

「池上線」 youtubeより

2026年6月24日水曜日

古賀政男

 
「影を慕いて」 youtubeより

 古賀政男が作詞・作曲した流行歌「影を慕いて」である。1932(昭和7)年3月発売の藤山一郎版が大ヒットした。
 私が生まれる前だが、ナツメロの番組で聴いたことがある。「まぼろしの 影を慕いて」で始まる歌詞が印象的だ。
 ある日突然この曲が聴きたくなって購入した『永遠不滅の古賀政男 全曲集』というCDに、最初に収録されていた。

「思い出の記」のモノローグ youtubeより

 古賀政男は戦前戦後を通じて活躍し、生涯で制作した楽曲は5000曲ともいわれ、「古賀メロディ」として有名である。
 上記CDに、「人生の並木道」、「誰か故郷を想わざる」、「悲しい酒」などと並んで、最後に「思い出の記」があった。
 波乱の人生を自ら振り返り作詞作曲し、自ら歌った不朽の名作と言われているが、歌の前のモノローグに驚いた。

 上記のユーチューブがそのモノローグである。是非一度聴いてみてください。古賀政男の神髄がわかります。
 最後に「思い出の記」の歌の方も掲げておきます。

「思い出の記」の歌 youtubeより

2026年6月23日火曜日

慰霊の日

『天皇百話 下の巻』(1989年、ちくま文庫)

 テレビのニュースで今日が「慰霊の日」と知った。沖縄戦が終結したとされる日で、戦没者追悼のため沖縄では休日扱いである。
 宮内庁は、「忘れてはならない4つの日」として、沖縄慰霊の日、終戦記念日、広島・長崎の原爆の日、終戦記念日を掲げている(注)。
 (注)宮内庁のホームページ(戦没者慰霊 – 宮内庁)を参照

 一方、『天皇百話 下の巻』には、「天皇の沖縄メッセージ」として、昭和天皇が「米国が沖縄を軍事占領し続けることを希望していた」と書かれている。

 沖縄の問題がそれだけ難しいということだろう。この点について私なりに思うことはあるが、軽々に述べることは差し控える。

2026年6月22日月曜日

愛が生まれた日

「愛が生まれた日」 youtubeより

 今朝、私の好きな歌が一杯詰まったウォークマン聴いていたら、藤谷美和子の「愛が生まれた日」が流れて来た。
 1994年2月のリリースというから30年以上前である。藤谷美和子主演のドラマの主題歌で、デュエット曲だった。
 それにしても、何度聴いても藤谷美和子の声が可愛い。ユーチューブの映像を観ると、見た目も本当に可愛い。

 「恋人よ 今受け止めて あふれる想い あなたの両手で」なんて言われたら、好きにならずにはいられまい。 

金青堂 GOLD BLUE

「金青堂 GOLD BLUE」の店先

 「金青堂 GOLD BLUE」も、6月17日に投稿した駄菓子屋「こまち」と同様に私のポタリングのルート上にある。
 ホームページ(注)によれば昔の店名は「金青堂」で、昭和20年代から続く駄菓子などのお店だったらしい。

 現在は、Tさん御夫婦が小金井市のイメージキャラクター・こきんちゃんのベビーカステラを販売している。

こきんちゃんのベビーカステラの幟
 
 私は店番の奥さんと話をする。物知りな方で5月に投稿した倚鍤碑」の「御門訴事件」も教えていただいた。
 ラムネやソフトクリームも売っているが、一番のお勧めは小松菜肉まんである。ビタミン等が豊富で体にいい。
 小銭を手に子供がソフトクリームを食べに来たり、ベビーカステラを目当てにお客が遠方から来ることもある。

 私は、その日の気分でベビーカステラ、ソフトクリーム、ラムネのいずれか一つ、たまに小松菜肉まんを買う。
 なお、下記のとおりインスタグラムもあるので、興味のある方はご覧ください。

2026年6月21日日曜日

永遠

「永遠」 youtubeより

 1月に投稿した「Paradise」が収録されたアルバム『REUNITED』から、もう1曲「永遠」という曲を投稿したい。
 やわらかなメロディに乗せて「一番好きなひとの一番そばにいたい みつけたそんな永遠を」という歌詞がある。
 歌詞の感じからして、自分のことを歌っているというより、例えば結婚する娘に歌っているような感じの曲である。

 確かに、「永遠」とはそんなものかも知れない。今この瞬間を永遠に感じられるような、そんな時間を過ごしたい。

2026年6月19日金曜日

井上靖記念室

 6月14日の投稿で、滋賀県の長浜市を訪れてK社を訪問した後、友人と高月にある渡岸寺の十一面観音を観たことを書いた。
 K社から高月駅までは社長の車に乗せてもらった。友人との待ち合わせまで時間があったので「井上靖記念室」へ行った。
 高月駅の東口を北へ行くと、左手に踏切りがある道を越えたところに長浜市立高月図書館があり、その2階に記念室はある。

『星と祭』のブックカバー

 入口が施錠されており受付の人に開けてもらった。左に進むと広間があり、井上靖氏ゆかりの品や著書が展示されていた。
 上記の写真は、その時に入手した『星と祭』のブックカバー(単行本用)である。窓際にさり気なく重ねて置いてあった。
 ブックカバーの井上靖氏の略歴には、朝日新聞連載の『星と祭』が縁となって、湖北地域を度々訪れたと記載されている。

井上靖氏の略歴

 17年前に仕事で大津にいた私は、渡岸寺の十一面観音を観に行った時、地元の人の説明で『星と祭』という本を知った。
 『星と祭』の主人公の足跡を辿り、古橋にある石道寺、己高閣・世代閣へ行き、峠を越えて大見にある医王寺まで出かけた(注)。
 (注)拙著『「びわ湖検定」でよみがえる』の234~245頁に詳しく書いています。

 今回、久しぶりに石道寺と鶏足寺(己高閣に収蔵)の十一面観音を観たが、医王寺の十一面観音は現在は公開されていない。

 『星と祭』という本を知らなければ、これらの観音を観ることはなかった。すべては偶然であるが、不思議な縁を感じている。

たとえきみがどこにいこうと~別れの街

「たとえきみがどこにいこうと」 youtubeより

 「ラブソングの帝王」鈴木雅之が1991年に発表した11作目のシングル「たとえきみがどこにいこうと」である。
 小田和正が作詞・作曲した「別れの街」が聴きたくて買ったベスト・アルバム『MARTINI』に収録されていた。
 「たとえ君がどこにいようとも忘れたくない これ以上君にどう言えばいい?」というサビの部分が切ない。

 片想いもこれぐらい一途ならそれで良いのではないかと思う。昨今のストーカーのようなものはダメだが。
 最後に「別れの街」も掲示しよう。鈴木雅之が上手く歌っているが、どうしても小田和正の曲の感じが漂う。

「別れの街」 youtubeより

2026年6月17日水曜日

駄菓子屋「こまち」

「こまち」の入口

 駄菓子屋「こまち」は、私が自宅近くをポタリング(目的を定めないサイクリング)するルート上にある。
 秋田出身の年配のNさんが経営しておられて、いぶりがっこを買ったのがお店に行き始めたきっかけだった。
 苦労人のNさんはいろんなことを教えてくださるので、Nさんの話を聴きにお店にわざわざ来る人もいる。

「こまち」の店内

 駄菓子屋なので、主なお客は小学校や中学校の生徒であるが、幼児を連れた母親や近所の人もやって来る。
 今年になって週に数日、妙齢の女性が店番をするようになった。気立ての良い美人で、話をすると楽しい。
 私はついつい長居をしてしまうので、他のお客の邪魔にならないようにしなくてはいけないと思っている。

 雑誌やテレビの取材も時々あるので、そのうち有名になるかもしれないが、現在の佇まいが続いて欲しい。
 なお、下記のとおりインスタグラムもあるので、興味のある方はご覧ください。

2026年6月15日月曜日

Against All Odds

 
'Against All Odds' youtubeより

 フィル・コリンズが1984年に発表した大ヒットナンバー、'Against All Odds'。同名の映画の主題歌だった。
 私は、ジョセフ・ウィリアムズが2007年に出したオムニバス・アルバム'Tears'でカバーしていたのを聴いた。
 'odds'は「勝ち目」で、'against all odds'は「勝ち目が全くない」ことであり、見込みがないことを意味する。

 立ち去る恋人に'Take a look at me now'と呼びかける、未練がましい歌だが、気持ちはわからないでもない。

2026年6月14日日曜日

長浜

早朝の長浜港


 一昨日、昨日と一泊二日で滋賀県の湖北地方へ出かけた。早朝に品川から新幹線に乗り、米原で琵琶湖線に乗り換えた。
 長浜の二つ北の河毛で降りて、徒歩で午前10時にK社を訪問した。帰りは、高月まで社長が車で送ってくださった。
 高月で友人のH君と合流し、渡岸寺の十一面観音を観た。それから長浜へ行って、港の近くのホテルにチェックインした。

ヨット・ハーバー

 開店の5時から閉店の9時まで「長濱浪漫ビール」で飲み、ホテルに戻って暫くはベッドで死んだように眠っていた。
 10時すぎに目が覚めて、11時までの大浴場へ行くことができた。翌朝は午前3時に起きて、内風呂に入り髭を剃った。
 琵琶湖を一周するサイクリングロードに沿って、港からヨット・ハーバーを経由し長浜城歴史博物館まで散歩した。

長浜城歴史博物館

 早朝の冷たい風が心地よかった。ホテルに戻って6時から大浴場に入り、7時からホテルの1階で朝食を食べた。
 8時過ぎのJRで木ノ本へ行きバスで古橋へ行った。石道寺まで歩いて十一面観音を観た後、己高閣・世代閣へ行った。
 己高閣・世代閣の仏像を観た後、木ノ本へ戻るバスまで1時間以上あったので受付の建物で休憩させていただいた。

 長浜には自然、歴史、経済、文化の全てがあって素晴らしい。いつかまた訪れて、琵琶湖の風に吹かれてみたい。

2026年6月11日木曜日

メランコリー

「メランコリー」 youtubeより

 「緑のインクで 手紙を書けば それは さよならの 合図になると」で始まる、梓みちよの「メランコリー」という曲がある。
 1976年9月のリリースで、作曲が吉田拓郎というのはかなり後になって知った。そう言われてみれば、拓郎っぽい気がする。
 私は万年筆が好きで、Wordで書いた手紙の最後に万年筆で署名する。そのインクはモンブランのロイヤルブルーのことが多い。

 実は、LAMYという万年筆も使っていて、緑のインクも持っているが、そのインクは、別れたくない人には使わないようにしている。

2026年6月10日水曜日

清沢洌

『清沢 洌』(中公新書、1987年)

 皇位継承に関する北岡伸一氏の発言に興味を持ち、その著書を調べていて、清沢洌という人物の存在を知った。
 戦前期における最も優れた自由主義言論人であるが、私は清沢洌もその著書『暗黒日記』も全く知らなかった。
 昭和20年2月15日の日記、「教育の失敗だ。理想と、教養なく、ただ『技術』だけを習得した結果だ」が紹介されている。

 今更ながら自らの不勉強を恥じるとともに、まさに「日暮れて途遠し」であるが、知識の吸収に努めたいと思う。
 なお、読売新聞に掲載された、皇位継承に関する北岡伸一氏の発言を、ご参考までに下記に転載させていただく。

2026年6月7日日曜日

自反

「自反」 滋賀県立琵琶湖文化館のホームページより

 中江藤樹の「自反」という言葉を思い出した。自反慎独(じはんしんどく)ともいい、自己反省を意味する。
 孟子が示したもので、「すべての事について自分自身に深く反(かえり)みて、独善を慎む」という考えである。
 藤樹は、「自反」の習慣が身に付けば「悪意の人に対しても、心が逆立つ気持ちは自ずと無くなる」と説く。

 不都合なことがあると、その原因を自分以外に求めてしまうことがあるが、「自反」の精神に立ち返りたい。

2026年6月6日土曜日

Kokomo

'Kokomo' youtubeより

 The Beach Boysの'Kokomo'という曲がある。私はトム・クルーズ主演の映画『カクテル』のサントラ盤で聴いた。
 ゆったりしたメロディに乗せて、カリブ海とその周辺の島や都市の名前が歌詞に心地よく並べられている。

 Aruba(アルバ), Jamaica(ジャマイカ) ooo I wanna take you
 Bermuda(バミューダ), Bahama(バハマ) come on pretty mama  Key largo(キー・ラーゴ), Montego(モンテゴ) baby why don't we go  Jamaica
「カリブ海」 Wikipediaより

 バミューダは北大西洋にある諸島で上記の地図のさらに北にあり、バミューダトライアングルで有名である。
 キー・ラーゴは、フロリダ半島南端部からキー・ウェストまで続く列島・フロリダキーズの最初の島である。
 モンテゴ(モンテゴ・ベイ)はジャマイカ島西部の北にある都市の名前で、ジャマイカ最大の観光地らしい。

 今日も暑くなりそうだ。モンテゴのビーチで小麦色の肌をした美女を眺めながら、一杯やりたい気分である。

2026年6月3日水曜日

Reyn Spooner

 先日、Brooks Brothersで店員に勧められて、Reyn Spoonerとコラボしたアロハシャツを買ってしまった
 ハワイのアパレル・ブランドで日本でも人気があるらしいが、ハワイへ行ったことがない私は知らなかった。
 確かに面白いデザインで試着した感じも良かったが、年金暮らしの私にとって高い買い物には違いなかった。

Reyn Spoonerのアロハシャツ

 衣類は半耐久財で、数年前に亘って消費される。高価な衣類は大切に扱うこともあって、長い間着ることになる。
 その間、気に入って買った衣類は着る時に満足感を抱くが、逆にそうでない場合は、着る時に後悔がつきまとう。
 まるで、前者は預貯金で利息が付くのに対して、後者は借入金で利子を払うようなものだと思ったことがある。

 今回のアロハシャツが前者に該当するのは間違いない。ジメジメした梅雨を快適に過ごすことができそうだ。

2026年6月1日月曜日

マラドーナ

マラドーナの伝説の「5人抜き」
 
 まもなくFIFAワールドカップが始まる。日本代表に注目が集まるが、私にとってワールドカップはマラドーナである。
 1986年のFIFAワールドカップ準々決勝アルゼンチン対イングランドでの伝説の「5人抜き」は、何度見ても衝撃的だ。
 センターライン付近でパスをもらったマラドーナはドリブルで5人をかわし、キーパーもかわしてそのままゴールした。

 偶然生まれたスーパープレイにより、マラドーナはサッカーの「神の子」となり、永遠に記憶に残る存在となった。
 拙著『やっぱり滋賀が好き』でも引用したミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』から、次の一節を送る。
 「偶然にはこのような魔力があるが、必然にはない。ひとつの愛が忘れがたいものになるには、(中略)最初の瞬間から、いろんな偶然が連れだってやってこなければならないのである」

2026年5月31日日曜日

男は明日はくためだけの靴を磨く

「男は明日はくためだけの靴を磨く」 youtubeより

 伊勢正三には何故作ったのだろうと思う曲がいくつかある。「男は明日はくためだけの靴を磨く」もその一つだ。
 1975年発売の『風ファーストアルバム』に収録されており、私はベスト・アルバムを聴いてからこの曲を知った。
 一人暮らしの男が一輪ざしの花が咲いて枯れるのを見て「そんなちいさな生きざまを見つけたい」とつぶやく。

 花ほどではないが人生は短い。一度しかない人生を自分の思うように生きることは、思っているよりも難しい。

2026年5月30日土曜日

腕時計「OMI」

腕時計「OMI」


 私の趣味の一つは腕時計である。曜日ごとに違う腕時計をしていて、上記の写真は土曜日用の「OMI」である。
 ブランドではなく、買った時の記憶や機能性に興味がある。7つの時計のうち2つは35年前にN.Y.で買ったものだ(今年3月投稿の「知命庵: ストラップ・ハンガー」を参照)。
 一番のお気に入りは、1冊目の拙著が懸賞を受賞した時に賞金で買ったMaurice Lacroixのムーン・フェイスである。

Maurice Lacroix

 デジタル時計は1つだけで、ひげそりで有名なBRAUN製である。スマートウォッチに見えるが普通の時計である。
 この他、時、分、秒の3針が別々のregulator、分針や秒針がなく1針のみで時刻を表示するMeisterSingerも持っている。
 この度、滋賀県大津市石山のJIOS(Japan, Ishiyama Otsu Shiga)の腕時計「OMI」を購入して、7つの時計が揃った。

 今日は土曜日なので、この腕時計をしている。琵琶湖カラーでとてもいい。今日も良い日になりそうな気がする。 

China

「China」 youtubeより

 昨日は一日暑かった。こんな日の夕暮れに聴くのにピッタリの曲、ボビー・コードウェルの「China」を投稿する。
 日本では「ミスターAOR」と呼ばれるほど人気があった。代表的なアルバム『Heart of Mine』の最後の曲である。
 'Ten thousand miles can't keep us apart. I swear I will come back to you. China, I do.' という歌詞が胸を打つ。

 mellowなメロディに乗せて、Chinaに残した恋人に必ず帰って来ると歌っている。是非、聴いてみてください。 

2026年5月29日金曜日

義民ロード

義民ロード案内図

 先日の晴れた日、細君に付き合って、京成電鉄の宗吾参道駅から麻賀多神社まで「義民ロード」を歩いた。
 途中の宗吾廟堂には、約360年前の承応年間に佐倉藩の悪政に立ち上がって処刑された名主が祀られている。
 死後100年経って藩主から「宗吾」の法号を贈られたいわゆる義民であり、「義民ロード」はそれに由来する。

宗吾廟堂

 宗吾廟堂までは10分程で道もよく整備されていたが、そこから麻賀多神社へは歩道が少なく車道の端を歩いた。
 麻賀多神社由緒には「日本武尊御東征の折」と書いてあったが、東日本一と言われる大杉が信仰の源だろう。
 大本教の岡本天明が『日月神示』を記したことに由来する「天日津神社」もあって、平日でも参拝者がいた。

麻賀多神社の大杉

 徐々に気温が上がり復路はしんどかった。お昼に宗吾廟堂前の蕎麦屋で食べたざるそばが美味しかった。

片想い

「片想い」 youtubeより

 浜田省吾が同郷の広島県出身なのは知っていた。私より年上の1952年生まれで、呉三津田という名門高校卒である。
 演歌みたいな歌詞のポップス「片想い」は、1981年発売の7thアルバム『愛の世代の前に』に収録されている。
 「あの人のことなど もう忘れたいよ」で始まり、「愛を求めた片想い」で終わる、悲しい片想いの歌である。

 片想いにも良い点はある。恋は永遠に続かないが、片想いに終わりはない。モテない男の強がりと思いつつ。

2026年5月28日木曜日

蒲団

『蒲団』

 上記の文庫本が古書店の軒先に50円で並んでいた。田山花袋の『蒲団』(新潮文庫、1952年)を読もうと購入した。
 『蒲団』のことは高校の教科書に「私小説の始まり」と書いてあったと記憶しているが、読んだことはなかった。
 明治40(1907)年の執筆で現在とは時代背景が異なるが、主人公の中年男が若い女の弟子に抱く感情は同じ気がした。

 田山花袋の文章は読み易かった。「同衾」という言葉をこの小説で知った気がしていたが、本には出てこなかった。

Suck it up!

 久しぶりにニューヨークの思い出を投稿したくなった。35年前、私はJETRO N.Y. 事務所で働いていた。
 先日、実家を整理していて当時の写真を見つけた。右がミシェル、左がクリスティーンで、真ん中が私である。
 ミシェルは昨年10月に投稿した「知命庵: Grandpa Kuma」(クリックすると飛びます)に登場している。

35年前のJETRO N.Y. 事務所で

 実はもう一人、仲が良かったのがクリスティーンで、写真を見てのとおり、二人ともとても可愛かった。
 昨年11月投稿の「知命庵: Disgusting」(クリックすると飛びます)に登場した佐藤さんも一緒に飲んだ。
 彼らが話す英語に付いていけない私に、クリスティーンが'Suck it up!'「飲め!」と言ったのを憶えている。 

寄せ書きの表紙

 JETRO N.Y. 事務所にいたのは約1年だったが、帰国の際に特大(縦43cm、横55cm)の寄せ書きをもらった。
 'Is there some way you can leave without going away?' とあって、多くの同僚のメッセージが書いてある。
 因みに、ミシェルとクリスティーンのメッセージは次のとおりで、クリスティーンの真面目な性格が出ている。
  ミシェル:So long and suck it up.
  クリスティーン:Judging by the number of people who signed this card, it's obvious everyone at JETRO enjoyed working with you - me included! I wish you the very best - See you again soon.
  
 クリスティーンはその後日本語教師をしていたが、音信不通になった。いつか連絡が付くことを願っている。

Killing Me Softly with His Song(やさしく歌って)

 
'Killing Me Softly with His Song' youtubeより

 この曲はネスカフェのCMで初めて聴いた。ロバータ・フラックの'Killing Me Softly with His Song'である。

 'Strumming my pain with his fingers.'から(Strum:つま弾く)
 'Singing my life with his word.'と続いて、
 'Killing me softly with his song.'となる。(Kill:悩殺する)

 CMが流れている時は言葉の意味など調べずに、なんとなく珈琲のイメージに合っているとだけ思っていた。

 今回、この曲が何を歌っているのかやっとわかってきた気がする。歌詞を理解することはやはり大切である。

 なお、「Fugees versionが好き」というブログの読者のコメントがあったので、下記を追加することにしたい。

'Fugees version'

2026年5月27日水曜日

甲賀びわます ささゆり

 「琵琶湖の魚で一番美味しいのはビワマスだと聞いた」と拙著『「びわ湖検定」でよみがえる』(100頁)で書いている。
 大津に住んでいた時は残念ながら食べる機会がなかったが、その後、東京や滋賀で何度か口にする機会があった。
 刺身はサーモンピンク色で臭みがなく、とても美味しかった。「ビワサーモン」と呼ばれているのがわかる気がする。

「甲賀びわます ささゆり」

 先日、滋賀県草津市に本社がある(株)アクアステージの代表取締役、大谷洋士氏と東京で会う機会があった。
 大谷氏とは私が大津に住んでいた時からの付き合いで、拙著『やっぱり滋賀が好き』にも登場している(105頁)。
 無換水で排水の出ない水質浄化装置を独自に開発し、様々な魚やエビの「完全閉鎖型陸上養殖」に取り組んいる。

「甲賀びわます ささゆり」の希少性

 ビワマスもその一つで、滋賀県甲賀市の廃校で養殖し、「甲賀びわます ささゆり」と命名して販売している。
 「お刺身サイズ」以外に「塩焼きサイズ」や「天ぷらサイズ」もあり、「コアユ」(注)に飽きた人に好評だと言う。
  (注)「コアユ」については、今年1月の投稿「知命庵: コアユ」を参照のこと
     (クリックすると飛びます)

 「コアユ」の佃煮や塩焼きも美味しいが、「ビワマス」の天ぷらと聞いて、思わず食べたくなってしまった。

「甲賀びわます ささゆり」 お刺身サイズ

 水質浄化装置は、有機汚泥を減少させ本来の景観を取り戻すもので、既に宇治平等院の池で実績を上げている。
 また、「完全閉鎖型陸上養殖」は、廃校や空いている団地の活用により地域活性化への貢献が期待されている。
 昨年7月に投稿した「知命庵: 鯖街道③」(クリックすると飛びます)でも触れたが、非常にユニークな事業だと思う。

 将来の夢を語る大谷氏と会って話をするのはいつも楽しい。その事業が益々発展することを心から願ってやまない。

2026年5月26日火曜日

倚鍤(いそう)碑

 「御門訴(ごもんそ)事件」をご存じだろうか。明治3(1870)1月に多摩地域で起こった農民たちによる民衆運動である。
 明治新政府による過酷な貯穀供出の命令に対して武蔵野新田12か村が反対し、当時の品川県の担当者は一旦認めた。
 しかし、県知事がそれを覆し、12か村の村役人は捕らえられ、取り調べの拷問により獄死するなど、犠牲者が出た。

御門訴事件記念碑(倚鍤碑)の看板

 私は、地元の物知りな人から「御門訴事件」を知り、ネットで調べていて「倚鍤(いそう)碑」の存在を知った。
 最終的に農民の要求が通り、この事件を記念して犠牲者を慰霊するため、明治27(1894)に「倚鍤碑」が建立された。
 漢和辞典では、「倚」は「たのむ」、「鍤」は「すき」(農具の一種)であり、農具を頼りに抵抗した農民のことだろうか。

「倚鍤碑」

 「倚鍤碑」は武蔵野市八幡町の五日市街道沿いに立っている。私は何度も自転車で通り過ぎながら今まで知らなかった。
 人間が暮らす地域には必ず歴史がある。知らないまま過ごしていることが多いが、それに気づくと景色も変わってくる。

2026年5月24日日曜日

拙著のご購入について(参考情報)

 先日、拙著2冊をAmazonで購入された方に『やっぱり滋賀が好き』の方は中古品しか買えなかった」と言われた。
 確かにAmazonで見ると『「びわ湖検定」でよみがえる』は新品があるが、『やっぱり滋賀が好き』は中古品しかない(新品やコレクター商品もあるが値段が異常に高い)
 ちょうど手持ちの在庫がなくなり出版社から新品を購入したところだったので、出版社へ問い合わせてみた。

 出版社からの回答は、概ね次のとおり。
・倉庫には新品在庫はまだあるが、Amazon売上予測システム自社内のデータしか見ないため、一般書店やリアルな場でなどの売れ行きが反映されない。
Amazonの倉庫も限りあるスペースという環境下にあることから、AIが一時的に発注を取りやめてしまっているのが原因と思われる。

・現在、Amazon上で「中古品」として表示されているものは、Amazonと契約を結んでいる外部の古書店や出品業者が、独自の在庫(古本など)マーケットプレイスという仕組みを通じて出品しているもの。


 私は、個人で数冊の在庫を常時保有し注文があれば郵送ないし手渡ししており、その際、簡単なペーパーを添付しています。
 そのペーパーには、それぞれの拙著について簡単な説明を書いており、お読みいただく上での参考としてお渡ししています。
 拙著のご購入を希望される方に私からの直接購入をお勧めしているのは、そのペーパーをお渡ししたいという理由もあります。

 拙著のご購入を希望される方は、私のメールアドレスskodama0601@gmail.com)宛送付先の住所を記載してご連絡ください。ご希望の住所へゆうメール等でお送りします。
 送料と消費税はおまけしており、代金(1冊目:2000円、2冊目:1800円)は所定の口座(書籍を郵送する際にお知らせします)に振り込んでいただきます。
 因みに、2冊とも私に著作権はなく、仮に売れたとしても私に儲けはありませんが、自分が書いたものを読んでいただきたいという気持ちはあります。

 最後に、昨年10月に投稿した「拙著の紹介」を添付させていただきます。
  知命庵: 拙著の紹介(クリックすると飛びます)

Friend

「Friend」 youtubeより

 日本を代表する男性ボーカリストの一人、玉置浩二がソロになる前の「安全地帯」で歌った「Friend」という曲がある。
 1986年に13枚目のシングルとしてリリースされたが、私はベストアルバムの中で聴いたのがこの曲との出会いだった。
 恋人との死別の歌と解釈する向きもあるが、恋人が友達に変わることを嘆いているという方が正解ではないだろうか。

 友達から恋人になった関係が再び友達に戻る。別れられればいいのだが、それができないのは悲しいことに違いない。 

2026年5月22日金曜日

万葉集

『私の万葉集 一』(講談社現在新書、1993年)

 大学時代のサークルの同級生M君と久しぶりに会ってランチをした。M君は「万葉集」の歌を一首ずつ読んでいると言う。
 M君が読んでいる本が『私の万葉集』(講談社文芸文庫、2013年)(注)とわかって、私も買ってみることにした。
 (注)私が買ったのは、当初の講談社現代新書のバージョン

 私は2冊の拙著のいろいろな箇所で万葉集について触れているが、実は万葉集の歌をそんなに知っている訳ではない。

『ビギナーズ・クラシックス 万葉集』

 1冊目の『「びわ湖検定」でよみがえる』を執筆した時は、『ビギナーズ・クラシックス 万葉集』(角川文庫、2001年)を参考にした。
 滋賀の枕詞が「さざなみ」であることは、この本で教えられた。「琵琶湖周航の歌」の歌詞の意味に気づいていなかった。
 有名な額田王と大海人皇子の歌も、この本から引用した。全体として素人向けに書かれているので、抵抗なく読めた。

『萬葉集 新 日本古典文学大系』

 2冊目の『やっぱり滋賀が好き』を執筆した時、『萬葉集 新 日本古典文学大系』(岩波書店、1999年)を古書店で購入した。
 万葉仮名で書かれた原文を読んだ方が良いと思ったからだが、いくつかの歌を詠んだ後は本棚でそのままになっていた。
 今回、本ブログへのコメントに柿本人麻呂の歌が書かれていて、この本の存在を思い出したというのが正直なところである。

『古代史再検証 『万葉集』とは何か』

 『古代史再検証 『万葉集』とは何か』(2016年、別冊宝島)も購入しているが、歌そのものをじっくりと読んではいなかった。
 『私の万葉集 一』の中で、著者の大岡信は、額田王と大海人皇子の歌について、次のとおり天智天皇との三角関係を否定している。
「万葉集巻一の編纂に当たった人々は、(中略)、伝説的に語り伝えられた絶唱として、額田王と大海人皇子の贈答だけを記録にとどめたのです」

 ただ、明らかに恋歌であり、「秘密の恋に対するロマンティックな空想の楽しみを否定されたとがっがりする必要もない」とも書いている。

老人のつぶやき

「老人のつぶやき」
 
 オフコースの曲は結構知っていると思っていたが、「老人のつぶやき」という曲を割と最近になってから知った。
 1975年のアルバム『ワインの匂い』のラストにひっそりと入っている。作詞・作曲の小田和正は当時27歳だった。
 「ただあのひとに 私の愛が伝えらえなかった それがこころ残りです」という歌詞の部分で思わず肯いてしまう。

 最後に思うのはそんなことかもしれない。悔いを残さないためには、伝えたい人には自分の気持ちを伝えよう。

2026年5月20日水曜日

T君を偲ぶ

 故人を追悼する記事を今年の1月と2月に2回投稿した。今回のT君で3回目となるが、これで最後にしたい。 
 投稿するのがいいか迷ったが、やはり投稿しようと思う。彼は私の「命の恩人」と言うべき存在である。
 彼が亡くなってから、あと4カ月余りで5年が経つ。会社の後輩で50歳になるかならないかだったと思う。

 ある支店の支店長になっていて、近くへ行く機会に会おうと連絡を取った際、彼が病気になったと知った。
 まだ若かったし、快活なスポーツマンだった。そんな彼が病気になるなんて、私にはとても信じられなかった。
 心から回復を祈っていたが、あっという間に逝ってしまった。最後にもう一度会うことはできなかった。

 本当に素晴らしい人物だった。彼のことを悪く言うのは聞いたことがない。周囲の誰からも好かれていた。
 将来は出世すると誰しもが思っていた。その実力は間違いなくあった。本当に惜しい人を失ったと思う。
 まさに運命のいたずらである。彼がもっと偉くなって活躍する姿を見られなかったのが、残念でならない。

 お葬式には行けずお線香を郵送した。三回忌にも手紙とお線香を郵送した。奥様から丁重なお返事をいただいた。
 現在でも、たまに彼のことを思い出すと悲しくなる。長く生きればいいものでもないが、彼の場合は早過ぎた。
 「善人は早死にする」という諺があるが、「早く亡くなった善人は強く記憶に残る」ということではないだろうか。

 私が仕事で一番大変だった時、彼がそばにいた。部下というよりも同僚といった感じで、助けてもらった。
 難しい仕事だった。私はストレスで鬱になり「もうダメだ」と弱音を吐いた。それでも彼は支えてくれた。
 それが「命の恩人」と思う理由である。彼は頭脳明晰で実行力があり、どんな仕事もやり遂げることができた。

 彼がいなければ、現在の私はなかったのではないかと思う。今更御礼のしようもないが、ご冥福を祈りたい。 

2026年5月18日月曜日

黒猫(Chat Noir)

「黒猫(Chat Noir)」 youtubeより
 
 南佳孝をどこで知ったかは憶えていない。『Seventh Avenue South』というアルバムをいつの間にか聴いていた。
 都会的な曲と少しなげやりな感じのボーカルが特徴であるが、そのオリジナリティは高く評価されてもいいと思う。
 アルバムの最後の曲が「黒猫(Chat Noir)」である。「幸福という名の傷跡だけが残っただけ」という歌詞が印象的だ。

 黒猫のような恋人が突然消えていなくなったことを歌っている。それにしても、猫と女性は似通っている気がする。

2026年5月17日日曜日

延命寺

延命寺の本堂
 
 延命寺という名前の寺はいろいろな所にあるが、真夏日が予想される中、武蔵野市の延命寺へ自転車で出かけた。
 第二次世界大戦中、中島飛行機工場の真南約200mに位置していたため、境内に爆弾が落ちるなどの被害を受けた。
 檀家に犠牲者が多く、三十三回忌を機に、住職の呼びかけで浄財を集め、1978年に本堂前に平和観音菩薩像が建立された。

平和観音菩薩像(左下は砲弾の破片)

 また、佐竹仙寿丸(秋田藩第5代藩主佐竹義峯の幼名)の銘が入った護摩炉があり、佐竹氏と関係があったと見られている。
 佐竹氏の祖は源頼義の三男の源義光である。義光は、滋賀の三井寺にある新羅善神堂で元服したので新羅三郎と呼ばれる。
 今回は滋賀と関係ないだろうと思っていたが、佐竹氏に由来するものがあると知って、近江とまた繋がってしまった。

護摩炉の説明板

 日本全国各地に滋賀と関係するものはある。それに思いがけず気づいては喜んでいる。近江にはこんな楽しみ方もある。

フレディもしくは三教街

「フレディもしくは三教街」 youtubeより

 さだまさしが51作目のアルバムを発売したとニュースで聴いた。私がさだまさしを聴くようになったのは姉の影響である。
 「精霊流し」で始まる『三年坂』というアルバムを姉が持っていて、その中に「フレディもしくは三教街」も入っていた。
 ライブ・アルバムで、さだまさしは「今までで一番長い曲」と言っていた。上記のyoutubeも、8分21秒かかっている。

 歌の舞台になっている漢口(ハンカオ)には、かつてイギリス、ロシア、フランス、ドイツ、日本の租界があった。
 国際都市・漢口での平和な生活を描いた歌と思って聴いていると、途中からそうではなく反戦の歌だとわかる。
 「あなたさえも奪ったのは 燃えがあがる紅い炎の中を飛び交う戦闘機」という歌詞を聴くと涙ぐんでしまう。

 目的が何であれ、解決手段として戦争をしてはいけない。それは皆わかっているが、始めは別の顔で忍び寄る。 

2026年5月14日木曜日

青葉城恋唄

「青葉城恋唄」 youtubeより

 仙台市在住のI氏とメールのやり取りをしていて、1978年にさとう宗幸が歌った「青葉城恋唄」を思い出した。
 10年ぐらい前にI氏と仙台市の歓楽街・国分町にあったカラオケ・スナックへ行った時、私も歌った記憶がある。
 「時はめぐりまた夏が来て あの日と同じ流れの岸」という歌詞を口ずさむと、また暑い夏がやってきたと思う。

 あと何回、夏を迎えることができるのだろう。季節はめぐり、そのたびに思い出が螺旋階段のようによみがえる。

2026年5月13日水曜日

不実な美女か貞淑な醜女か

『不実な美女か貞淑な醜女か』

 米原万里は「才女」という言葉が相応しい女性だと思う。しかもなかなかの美人である。生前は結構もてたのではないか。
 ロシア語の専門家で、サハロフ博士やゴルバチョフなどが来日した時に通訳を務め、その道の達人として知られている。
 ウィットに富んだ文章を書くのが上手い。上記の本の帯に「井上ひさし氏絶賛」とあるのもわかるような気がする。

 『不実な美女か貞淑な醜女か』(徳間書店、1994年)を古書店で見つけた時、なんてベタなタイトルだろうと思った。
 結論は決まっていると思って手に取ったが、女性ではなく通訳の話だった。「いい訳とは何か」について述べている。
 訳文が整っている場合は美女、ぎこちない訳文である場合は醜女にたとえて、どんな通訳が望ましいか整理している。

 結論は「時と場合によるというの正確な答えだろう」である。図書館への寄贈を考えていたが、再読したくなってきた。

2026年5月12日火曜日

Sacrifice

「Sacrifice」 youtubeより

 久しぶりに英語の歌を投稿することにしたい。エルトン・ジョンが1989年にリリースした「Sacrifice」である。
 当初は全英55位だったが、ラジオで話題になり1990年に再リリースされ、彼のソロとして初の全英1位となった。
 私は、長野に出張した際に中古ショップで『Love Songs』というCDをたまたま購入して、この曲の存在を知った。

 美しいメロディとともに「no sacrifice」が繰り返される。失恋の歌だと思うが、犠牲ではなかったということか。