中国思想研究の第一人者である金谷治の『死と運命』の中に、『「知命」について(ー人間存在の自覚ー)』という項があり、次のとおり書かれている。
「知命」とはいうまでもなく『論語』の中の「五十にして天命を知る」ということばで知られる、あの「知命」であります。(中略)
「吾れ十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず」と来て、「五十にして天命を知り」とつづき、そのあと「六十にして耳順(したが)い」と受けて、「七十にして心の欲(ほっ)するところに従って矩(のり)を踰(こ)えず。」という道徳的に最高の境地を示すとされる境涯に達したことを物語る、孔子自身の晩年の述懐として大変有名なことばの一節であります。そこで、まずこのことばの一般的な解釈からお話ししていきたいと思います(後略)(136頁)
最も権威を持っているのは、朱子の『論語集注』に基づく使命論的な解釈であり、それは次のとおりである。このブログのタイトルの説明も、その解釈に従っている。
「天命を知る」というのは、人間としての正しい本来のあり方に自分を近づけなければならないという一種崇高な使命感、それを自覚する、ないしは内在的な天職、おのずからに自分に備わる天分について自覚する、自分は人生において何をなすべきか、そういう根本的な大問題を、偉大な天とのかかわりにおいて、それを自分自身で自覚する。(138頁)
しかし、『論語』には古い時代の皇侃(おうがん)の『論語義疏』という注釈があり、それによれば次のような運命論的な意味になるという。
人間というものは、五十歳になるまでは勝手のしほうだいで何でもするが、五十歳になると漸く気力も衰えて来るので、自分の分際を弁(わきま)えるようになるものだ。(中略)「天命を知る」というのは、私たちが普通に言うところの「運命をわきまえる」ということなのであります。(140,141頁)
二つの解釈を踏まえて、金谷先生は、「知命」について最後に次のとおり説明されている。
要するに、人間というものは、大きなものにかこまれた、その中の小さな存在であります。そして、そのことの自覚をさっき言いましたような必然と偶然の接点のようなところで受け止めていくということであります。人間は人間として生まれたかぎりは、人間らしく生きていくよりしかたがない。人間らしくというのは、自分なりに考えられる、枠づけられ、あらしめられている人間としてのことです。そうした人間として努力していくだけのことです。そして、その努力の結果がどういうことになろうと、それはそれでやむをえない。ちっぽけな存在だからしかたがない。それを、人間どうしの小さい背比べで人を羨んだり、世間を恨んだりするのは、愚かなことです。(165頁)
金谷先生自身、60歳を過ぎても孔子の「知命」に達したとは言えそうにもなく、そういうふうになりたいと思って努力していると書かれている。まして、凡人の私に「知命」に達することなどできるはずもない。

0 件のコメント:
コメントを投稿