2026年9月8日火曜日

占領と単独講和

 75年前の1951年(昭和26)9月8日、サンフランシスコ講和条約(正式名称:日本国との平和条約)が調印された。
 翌年4月28日に条約は発効、6年8カ月の占領が終わり日本は独立したが、アメリカ主導による「単独講和」であった。
 講和条約条約締結と同時に、別に日米安全保障条約が締結され、現在に至る日米間の軍事的協力関係が定められた。

『写説 占領と単独講和』(ビジネス社、2006年)

 多くの人に周知のことであるが、私はよく理解できていなかったので、上掲の『写説 占領と単独講和』を購入した。
 「吉田茂は売国政治家か、希代の戦略家か」というサブタイトルが、本件への私の問題意識にピタリ一致していた。
 本著は、『今から振り返ると、吉田の「早期単独講和」の現実的な選択が正しかったといえるだろう』としている。

 一方で、「歴史の偶然、歴史のツキ(幸運)に日本は何度も恵まれた」とし、マッカーサーや朝鮮戦争を上げている。
 そして、「現在の日本を知るためには、やはり、アジア太平洋戦争、占領時代の経緯を振り返る必要がある」と結ぶ。
 確かに、沖縄の米軍基地や核開発・拉致被害者の北朝鮮などの問題は、戦後の状況の中で生まれてきたものである。

「ああモンテンルパの夜は更けて」 youtubeより

 また、7月投稿の安来市加納美術館(注)で触れた日本人戦犯の釈放が当時の流行歌と関係していたことを知った。
(注)知命庵: 安来市加納美術館を参照(クリックすると飛びます)

 渡辺はま子の「ああモンテンルパの夜は更けて」で、この曲のオルゴールがキリノ大統領に献上されたそうだ。
 オルゴールのメロディを聴いたキリノ大統領から、戦犯を釈放するというメッセージが届いたと書かれていた。

 1952年(昭和27)の歌で曲名しか知らなかったが、フィリピンにいた時にモンテンルパへ行っておけば良かった。

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