75年前の1951年(昭和26)9月8日、サンフランシスコ講和条約(正式名称:日本国との平和条約)が調印された。
翌年4月28日に条約は発効、6年8カ月の占領が終わり日本は独立したが、アメリカ主導による「単独講和」であった。
講和条約条約締結と同時に、別に日米安全保障条約が締結され、現在に至る日米間の軍事的協力関係が定められた。
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| 『写説 占領と単独講和』(ビジネス社、2006年) |
多くの人に周知のことであるが、私はよく理解できていなかったので、上掲の『写説 占領と単独講和』を購入した。
「吉田茂は売国政治家か、希代の戦略家か」というサブタイトルが、本件への私の問題意識にピタリ一致していた。
本著は、『今から振り返ると、吉田の「早期単独講和」の現実的な選択が正しかったといえるだろう』としている。
一方で、「歴史の偶然、歴史のツキ(幸運)に日本は何度も恵まれた」とし、マッカーサーや朝鮮戦争を上げている。
そして、「現在の日本を知るためには、やはり、アジア太平洋戦争、占領時代の経緯を振り返る必要がある」と結ぶ。
確かに、沖縄の米軍基地や核開発・拉致被害者の北朝鮮などの問題は、戦後の状況の中で生まれてきたものである。
「ああモンテンルパの夜は更けて」 youtubeより
(注)知命庵: 安来市加納美術館を参照(クリックすると飛びます)
渡辺はま子の「ああモンテンルパの夜は更けて」で、この曲のオルゴールがキリノ大統領に献上されたそうだ。
オルゴールのメロディを聴いたキリノ大統領から、戦犯を釈放するというメッセージが届いたと書かれていた。
1952年(昭和27)の歌で曲名しか知らなかったが、フィリピンにいた時にモンテンルパへ行っておけば良かった。

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