2026年2月15日日曜日

信楽焼②

信楽焼の狸のおきものの絵葉書

 近くの公園で開催されていた陶器市は今日が最終日だった。早朝散歩の際に確認したが、信楽焼は10日に投稿した花瓶だけだった。
 有名な信楽焼の狸のおきものは、1951年の昭和天皇の信楽行幸で歌に詠まれ知られるようになったもので、実は歴史は新しい。
 飲食店などの入口に置いてあるのをよく見かけるが、どこで買っているのだろう。等身大のものを玄関に置いている家もある。
 因みに、上記の絵葉書は大津から転勤後に支店の女性職員の皆様からいただいたもので、「大津より愛をこめて」と書いてある。

 信楽焼の皿や狸のおきものを買うなら、やはり信楽へ行くのが良い。義民の碑のリベンジと合わせていつか信楽へ行くことにしよう。

あかずの踏切り


 自宅から最寄りの駅は西武新宿線である。西武新宿線の線路が走っているところは丘陵地帯ではなく、踏切りが多い。
 踏切りがあると渋滞するし事故の原因にもなる。しかし、目の前を電車が通過していくのを見ると何故かホットする。
 この曲に出てくる踏切りは実在せず、陽水の心象風景である。さすがに踏切りでキャッチボールはできないだろう。

 あかずの踏切りはいつかは必ずあく。あいた後は通るだけなので、あくのを待っている時の方が楽しいかもしれない。
 

2026年2月14日土曜日

ヘッドライト・テールライト

 
「ヘッドライト・テールライト」 youtubeより

 2月9日に投稿した「なごり雪」で「息子が中学生の時から乗っていた自転車を買い替えた。写真の自転車はもうすぐなくなる」と書いた。
 それを読んだ友人から「息子が乗っていた自転車の、プラスチック製の泥よけだけ、取って残してあります」というメールが届いた。
 優しい方で、息子が子供の頃の思い出がなくなることを悲しんでいる私の気持ちを察してくださったのだ。

 何を残そうかと考えたあげく、サドルはちょっと大き過ぎるので赤いテールライトにすることに決めた。

取り外したテールライト


2026年2月13日金曜日

サウンド・オブ・サイレンス(The Sound of Silence)

「サウンド・オブ・サイレンス」 youtubeより

  2月7日に投稿した「スカボロフェア」に続き、サイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」である。
 ダスティン・ホフマンが主演した「卒業」の挿入歌で、花嫁を奪っていく最後のシーンでも流れている。
 メロディの美しさと幻想的な歌詞が魅力的な曲だが、歌詞をちゃんと聴いてみるとやはり難解である。

 私の頭の中には様々な曲が去来する。それは音を持っておらず、正に「サウンド・オブ・サイレンス」として漂っている。

「卒業」 youtubeより



2026年2月12日木曜日

コパカバーナ(Copacabana)

 原因不詳の腹痛が止まった。おそらく免疫力の低下が原因で、普段であれば罹らないウィルスが体内に入り込んだのだろう。
 先月末、雪が降る中を日帰りで滋賀を訪問した後そのまま深夜まで新年会をして、翌週も会合だったので体力が失われていた。
 元気になったので近所の珈琲豆焙煎所・ロースターズクラブへ出かけて、ボリビアのコパカバーナ農園の珈琲豆を買った。

ロースターズクラブの珈琲豆

 昨年10月に'When October Goes'を投稿したバリー・マニロウに「コパカバーナ」という有名な曲がある。
 キューバ危機以前は米国の保養地だったハバナの北にあったクラブの名前である。そこにローラという踊り子がいた。
 ローラを巡って拳銃沙汰が起き、彼女は恋人を失い気が狂う。今はディスコとなった「コパカバーナ」でローラは独り踊り続ける。

「コパカバーナ」 youtubeより

 この曲の最後は、次の教訓のような歌詞で終わっている。'Don't fall in love.'(恋はしてはならない)。



飛梅

 

「飛梅」 youtube より


 全国で梅が満開を迎えている。大宰府で有名な「飛梅」のことを知ったのは、さだまさしのこの曲だったと思う。
 「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花 あるじなしとて春なわすれそ」の歌で知られる飛梅伝説からこの曲はできている。
 菅原道真を慕った梅が一夜で飛んできたということはあるまいが、梅は株分けや挿し木で増やすこともできる。

 大宰府から遠く離れた武蔵国の小金井神社にも、枝別れされたものの一つであると伝わる「飛梅」がある。

小金井神社の飛梅



2026年2月11日水曜日

世情

 
「世情」youtubeより

 衆議院選挙で自民党が大勝した。政権交代を謳っていた野党勢力は惨敗し、見る影もなくなってしまった。
 何となく「世の中はいつも 変わっているから」という歌詞で始まる中島みゆきの「世情」を思い出した。
 この歌は難解である。「変わらない夢を 流れに求めて」と歌いつつ「変わらない夢を見たがる者たちと 戦うため」とも歌う。

 いずれにしても世の人々の考えは常に変化する。デマゴーグ(扇動政治家)だけには気を付けねばなるまい。

2026年2月10日火曜日

信楽焼

 近くの公園で先週末から大陶器市をやっている。土日は雪で行けなかったので、月曜日に出かけてみた。
 午前10時の開店でまだ11時過ぎだというのに結構な人出である。私は自転車だが、自動車で来ている人もいるのだろう。
 看板に信楽焼の名前も書いてあったので探してみるがなかなか見つからない。やっと見つけたのが写真の花瓶である。

大陶器市の信楽焼の花瓶

 昨年10月に投稿した「紫香楽宮跡」でも引用したが、『やきもの鑑定入門』(芸術新潮編集部、1983年)の中で、土門拳が「わが信楽」として「信楽の壺にみられるそれらの魅力のすべては、天工になるものである」と言うとおり、信楽の魅力は土そのものの魅力である。
 しかし、こんな工芸品になってしまってはとても手が届かない。お店も売れるとは思っていないだろう。
 結局、私が買ったのはアウトレットとして300円で売られていた波佐見焼のお椀である。写真ではわかり難いが瑠璃色をしている。

私が買った波佐見焼のお椀

 家族に見せても「また要らないものを買った」と言われるのがオチである。しばらく本棚に飾っておこう。

2026年2月9日月曜日

なごり雪

 

「なごり雪」 youtubeより

 昨日の雪がいろいろな場所に残っている。道端にも公園にも自宅の駐車場にも。晴れているので午前中になくなるだろう。
 久しぶりに「なごり雪」を聴いた。イルカのバージョンが有名だが、伊勢正三の作詞作曲でかぐや姫が歌っていた。
 伊勢正三の曲はサビがわかりやすい。「今 春が来て 君はきれいになった」という部分が、この曲のサビである。

 子供はいつの間にか成長する。昨日、息子が中学生の時から乗っていた自転車を買い替えた。写真の自転車はもうすぐなくなる。

雪が残った息子の自転車


雪が降る日に

 

「雪が降る日に」 youtubeより

 昨日は朝起きると雪が降っていて、昼過ぎまで降り続いた。9時に雪の中を息子の自転車を買いに近くの自転車屋に出かけた。
 昨夜から原因不詳の腹痛に悩まされ、バナナとヨーグルトしか口にできず、夕飯にやっと僅かなご飯とみそ汁を食べた。
 NHKの選挙速報で下馬評どおり自民党が大勝するのを見て、早々に布団にもぐりこんだ。

 今日も日陰には雪が残っているだろう。体調が悪いと気弱になるが、先日の深大寺のおみくじ「生死十に八、九は生たり悪人は死すべし」を支えに頑張ることとする。


2026年2月7日土曜日

スカボロフェア(Scarborough Fair)

  前日に投稿したブレッド&バターの曲は、歌詞の中に「サイモン&ガーファンクル」という言葉が出てくる。
 それだからと言う訳ではないが、今回はサイモン&ガーファンクルの「スカボロフェア」を取り上げる。
 最初に聴いた時この曲のどこがいいのかわからなかったが、この頃その良さがやっとわかるようになってきた。

「スカボロフェア」 youtubeより

 'Parsely, sage, rosemary & thyme'とスカボロフェアで売っているハーブが続いた後、唐突に'a true love of mine'が出てくる。
 つまり亡くなった昔の恋人を思い出して偲んでいるのである。'my true love'でもいいが、韻を踏むためにひっくり返している。
 イングランドの民謡をサイモン&ガーファンクルが取り上げて有名になったそうだが、静かなメロディが哀しさを引き立てる。

 さすがはアメリカが生んだ史上最高の男性デュオと言われるだけのことはある。他の名曲もいつか取り上げることになるだろう。
 


2026年2月6日金曜日

あの頃のまま

 ブレッド&バターの「あの頃のまま」を取り上げる。兄弟のフォークデュオである彼らの代名詞とでも言うべき曲である。
 1979年7月の発売というから今から50年近く前であるが、今でもラジオ番組などで時々耳にすることがある。
 作詞作曲は呉田軽穂であるが、何のことはないユーミンの別名である。そう思って聴くとユーミンらしい気がする。

「あの頃のまま」 youtubeより

 学生時代が終わって社会人になっていく仲間を横目で見ながら、変わらない自分のことを歌った曲である。
 サビの部分の「人は自分を 生きていくのだから」という歌詞は、何度聴いてもその通りだと思う。
 定年後もパートで働いていようが、年金暮らしをしていようが、自分の人生であることに違いはない。

 だからもう仕事はしないと開き直るつもりはない。責任を持って自分の人生を生きていると言えるかどうかが重要だと思う。




 

2026年2月5日木曜日

虹と雪のバラード

 明日(2月6日)から冬季オリンピックが始まる。22日までイタリア北部のミラノとコルティナ・ダンペッツォで開催される。
 私にとって記憶に残る冬季オリンピックは、1972年2月3日から2月13日まで北海道札幌市で開催されたものである。
 中学1年だった私はオランダのスピードスケート選手で3つの金メダルを獲得したアルト・シェンクの真似をして、校舎の廊下をスリッパで滑っていた。

「虹と雪のバラード」 youtubeより

 上記の「虹と雪のバラード」は札幌オリンピックのテーマソングだった。ジャケットにも"札幌オリンピックの歌"と書いてある。
 今聴いても、歌全体に冬晴れの日の明るい清涼感が感じられる。高度経済成長期の末期で社会全体が希望に満ちていた。
 第二次世界大戦が終わって四半世紀が経ち、ユートピアニズムの下、もう二度と世界戦争が起こることはないと誰もが思っていた。

 あれから50年以上が経過し世界は再び分断されつつある。オリンピックを契機に世界が平和へ向かうことを願う。
 


Que Sera

 ホセ・フェリシアーノの'Que Sera'である。先日のスペイン語とイタリア語の歌の投稿を見た友人が教えてくれた。
 プエルトリコ出身のホセはスペイン語が母国語であるがイタリア語でも歌う。1971年のサンレモ音楽祭で第2位に入賞した。
 スペイン語版、イタリア語版に加えて、下記のとおり日本語に訳されたバージョンもあったので並べてみた。

'Que Sera'(スペイン語版) youtubeより

'Che Sara'(イタリア語版) youtubeより

「ケ・サラ」(日本語版)

 日本語版を聴くとわかるが、「ケ・サラ」とは「これからどうなるんだろう」というような意味である。
 この歌を教えてくれた友人は1971年のサンレモ音楽祭の時は15歳で、何故か涙が出て止まらなかったそうだ。
 とてもいい人で私は大変お世話になった。一緒に仕事をしたのは1年8ヵ月だったが、昔から知っていたような気がする。

 いい歌は一度聴いたら忘れられない。「ケ・サラ」の旋律を聴けば、その友人のことを思い出すに違いない。

2026年2月4日水曜日

石原和昌氏を偲ぶ

  私には師と言うべき人が数名おられるが、石原和昌氏はその一人である。石原さんが亡くなって1年半近くが経過した。
 石原さんにはとても良くしていただいた。ご自宅に伺って執筆に関する話を聞いてもらったり、書籍も何冊かくださった。
 しかし、亡くなられる少し前から私の方が体調を崩してお会いすることができず、残念ながら訃報も後から知った。

『企業存立の条件』(日本経済評論社、1987年)

 石原さんは中小企業金融公庫(現在の日本政策金融公庫中小企業事業)の先輩で、3冊の著書を出版されている。1冊目は『企業存立の条件』である。
 新潟支店長をされていた時に書かれたもので、生物学及び生態学と産業論、企業論とのアナロジーに着目した名著といえる。
 第1章の「結び」に書かれた「永遠に生き続けることを願うならば、全ての執着を捨て、常にシステムの革新を怠ってはならないのである。」という一節は永遠の真理であろう。

『良知の人 河井継之助』(日本経済評論社、1993年)

 勤め先の先輩とはいえ仕事上の接点はなく、私の入社時に新人研修の懇親会で人事部次長だった石原さんと挨拶を交わしただけだった。
 石原さんが執筆された河井継之助が陽明学派であり、拙著『「びわ湖検定」でよみがえる』で触れた中江藤樹が我が国の陽明学の始祖というのが接点になった。
 拙著を贈呈したところ、石原さんから著書3冊と長文の手紙が届いた。それ以来、石原さんとの付き合いが始まった。

『経営の突破口は儒学にあり』(東洋経済新報社、2000年)

 石原さんの最後の著書は『経営の突破口は儒学にあり』である。著名な創業者について、朱子学と陽明学の観点から記述している。
 儒学に造詣の深い石原さんならではの著作と言える。巻末に「あなたは朱子型か陽明型か」という判定チェック・リストもあって面白い。
 河井継之助が好きなことでわかるとおり石原さんは陽明型だったが、朱子型の良さも持ち合わせたバランスの良い方だった。

 私の記憶の中の石原さんは今でも生きている。師から教わったことを大切にして自らの道を歩んで行きたい。

2026年2月3日火曜日

天保の義民

  1月30日の金曜日、雪が降る中、所用のため日帰りで滋賀へ出かけた。訪問したのは草津線沿線にある中小企業である。
 草津線は滋賀県草津市の草津から三重県伊賀市の柘植に至る路線で、途中の貴生川で信楽高原鐡道と近江鉄道に接続している。
 草津から貴生川の一つ手前に三雲という駅があり「天保義民の碑」があるので、この機会に立ち寄ろうと予定を立てた。

『天保の義民』(岩波新書、1962年)

 早朝に家を出て品川から「ひかり」に乗ったが、その時から雪の影響による遅れの見込みが車内で放送されていた。
 実際には新幹線への影響はそれほどでもなく、米原駅に着いた時は1分遅れだった。問題は琵琶湖線の方だった。
 乗換の電車は始発なので座ることができ、10分ほどの遅れで米原駅を出発した。近江八幡あたりから異常に混んできた。

『天保の義民』に掲載された地図

 車内が満員になって駅に着くとホームに多くの乗客が待っている。乗り切れない人もいて、私も草津での下車は一苦労だった。
 後からわかったが、北陸まで直通する「新快速」の運行をJRが中止していた。「普通」しか走っていないので混んでいたのだ。
 草津線は1時間に1本で、予定の電車に乗り換えることができず、「天保義民の碑」へ行くのはお預けになった。

 上記の『天保の義民』は天保13年(1842年)10月に起きた大一揆の顛末記である。碑にはいつか行く機会があるだろう。




2026年2月2日月曜日

伝えたいことがあるんだ

 私は二度の海外勤務の経験があり英語をそれなりに話すことができる。しかし、英検1級ではなく準1級しか持っていない。
 それでも英語が苦手な人から英語の上達法を尋ねられると、小田和正の「伝えたいことがあるんだ」という曲のことを話す。
 つまり、英語は伝達手段であり「伝えたいことがある」ことが重要である。それがないと英語が話せても意味はない。

「伝えたいことがあるんだ」 youtubeより

 伝達手段として重要なのは基本的な文法と語彙である。文法がわかっていないと、文章を作ることはできない。
 語彙は多いのに越したことはない。しかし、ネイティブでない場合、細かいニュアンスや使い分けは理解できていない。
 日常会話レベルの英語は日々の暮らしで慣れる。しかし、自分の気持ちを伝えるには基本を学んでおく必要がある。

 さて、あなたには誰かに「伝えたいことがありますか」?それがなければ、英語どころか言葉にさして意味はない。
 
 





2026年1月31日土曜日

Dare to Live (Vivere)

 イタリア出身の歌手で、盲目のハンディキャップを抱えたテノールとして知られているアンドレア・ボチェッリである。
 私が彼の動画を観たのは、サラ・ブライトマンとデュエットした'Time to Say Goodbye'が最初だったと思う。
 盲目でありながら力強い声で切々と歌い上げる姿が印象的だった。他の曲が聴きたくてCDをすぐに購入した。

'Dare to Live (Vivere)' youtubeより

 そのCDに収録された曲の中で一番好きな曲が上記の'Dare to Live (Vivere)'である。日本語に訳せば「生きる」とでも言うのだろうか。
 同じイタリア出身のラウラ・パウジーニとのデュエットで、ラウラが英語、アンドレアがイタリア語で唄っている。
 何かを訴えているようなアンドレア・ボチェッリの歌唱が素晴らしく、何度聴いても涙が出そうになる。

'Time to Say Goodbye' youtubeより

 彼を知るきっかけとなった上記の'Time to Say Goodbye'も無論素晴らしい。どちらの曲もラウラやサラが姉のようにアンドレアに寄り添っている。
 ご存じのとおり'Time to Say Goodbye'は別れの曲ではない。イタリア語のタイトル'Con Te Partiro'は「君とともに旅立つ」という意味である。
 私は幼い頃歌手になりたいと少し思ったことを思い出したが、フォトジェニックではないので儚い夢で終わって良かったと思う。

 それでもやはり歌うのは好きなので、歩いている時や自転車に乗っている時に鼻歌で歌っている。イタリア語も勉強しておくべきだった。

2026年1月30日金曜日

キホーテ(Quijote)

 「世界の恋人」と称されるスペイン人ポピュラー音楽歌手、フリオ・イグレシアスの「キホーテ」(Quijote)を取り上げる。
 邦題は「さすらい」で、「琵琶湖周航の歌」の歌詞に「さすらい」という言葉があるため、拙著『やっぱり滋賀が好き』で「キホーテ」に触れている。

「キホーテ」 youtubeより

 残念ながら歌詞の意味がわからないが、とても男らしくて気持ちをかき立てられるようなメロディが私は好きである。
 散歩をしている時に時々鼻歌で口ずさんでみるが上手くいかない。第二外国語はスペイン語にしておくべきだった。

2026年1月28日水曜日

縁切寺

 昨日、「今日 鎌倉へ行ってきました」という歌詞で始まるグレープの曲が有名な縁切寺(東慶寺)へ行ってきた。
 付き合ってくれたのは元の勤務先で同期だったT君と彼の高校の同級生で偶然フィリピンで知り合ったE君である。
 E君が鎌倉住まいなので、神社仏閣巡りをしてお昼を一緒に食べようということになって、北鎌倉駅で待ち合わせた。

「縁切寺」 youtubeより

 東慶寺から浄智寺、明月院と続いてお参りし、北鎌倉駅に戻って電車で鎌倉駅まで行って鶴岡八幡宮にお参りした。
 若宮大通を少し入ったところにあるイタリアンでお昼を食べて、用事ができたE君と別れて江ノ電で長谷寺へ行った。
 図書館で借りたガイドブックに「藤原鎌足の孫により開創されたと伝えられる」と書いてあったのに興味があった。

長谷寺のリーフレット

 しかし、長谷寺のリーフレットにはその記載がない。ネットで調べてわかったが、鎌倉の地名が藤原鎌足に由来するという伝説があるようだ。


2026年1月25日日曜日

YOKOHAMA

 昨日、元町・中華街の萬珍楼點心舗で中華料理を食べた。ランチのコースで私だけワインを飲んだが、とても美味しかった。
 付き合ってくださったのは、かつての勤め先の上司、先輩と後輩の女性の3名である。久しぶりだったが、話もはずんで楽しかった。
 ということで思い出した曲が増田俊郎の「YOKOHAMA」である。たぶんニッポン放送の「コッキーポップ」で流れていたと思う。

「YOKOHAMA」 youtubeより

 増田俊郎は1976年の第13回YAMAHA POPULAR SONG CONTEST(ポプコン)で最優秀曲賞を受賞し、1979年に「YOKOHAMA」をリリースした。
 サビの部分の"Yokohama with too much memories"という歌詞が記憶に残っていたが、誰が唄ったのか忘れてしまっていた。
 しかし、今はインターネットで歌詞を入力して検索すれば、誰の曲かわかることがある。この曲もそれで見つけることができた。

 記憶は大切であるが、忘れてしまったこともある。しかし、何かきっかけがあれば、記憶を取り戻すこともできる。
 




 

2026年1月24日土曜日

断崖 -親愛なる者へ-

 冬の寒い朝に冷たい風が吹いていると決まって思い出す歌がある。中島みゆきの「断崖-親愛なる者へ-」である。
 1979年3月に発売された中島みゆきの5作目のアルバム『親愛なる者へ』に最後の曲として収録されている。
 「だけど死ぬまで春の服を着るよ そうさ寒いとみんな逃げてしまうものね」という歌詞が印象的である。

「断崖-親愛なる者へ-」 youtubeより

 ドラマを見ないので知らなかったが、1992年に放送されたテレビドラマの関係でリメイク曲が収録されていた。
 リメイク曲も聴いてみたが、よりロック調になっていて、オリジナルに慣れた私には馴染めなかった。
 オリジナルを中嶋みゆき本人が唄ったものは、上記のyoutubeの曲の一部を唄うものしか見つからなかった。

 曲の全体の感じは伝わらないと思うが、今日も冷たい風が吹いていると思うので、自分への応援歌として投稿する。
 


 


2026年1月23日金曜日

ゲリラ雪

 昨日、滋賀県の彦根が大雪になっているというニュースを聞いて、「ゲリラ雪」という言葉を思い出した。
 「ゲリラ雪」については、下記のとおり『びわ湖検定公式問題解説集』の「びわ湖と気候」に受検参考用問題として掲載されている。

『びわ湖検定公式問題解説集』(サンライズ出版、2008年)より

 問10の「滋賀県の米原付近から岐阜県関ヶ原付近にかけては、地形的要因もあり、突発的に大雪が降り(中略)この大雪は、俗に何と呼ばれているか。」の解答が、(ウ)「ゲリラ雪」である。
 『びわ湖検定公式問題解説集』の解説欄には「ゲリラ吹雪に注意」の看板の写真まで載っているが、私は見たことがない。


 問10に「東海道新幹線や名神高速道路などの交通の大動脈が大きな影響を受けることがある」とあるとおり、冬季には新幹線がよく遅れる。
 実は、来週に今年最初の滋賀訪問を予定しており、交通機関への影響が長引かないことを祈るばかりである。 

2026年1月22日木曜日

コアユ

 近所の商店会連合会で5店舗のスタンプを集めて応募すると商品券が当たるスタンプラリー をやっている。
 スタンプ集めに行った店が全国のおいしい食を取り扱う卸がやっている小売で、コアユの佃煮を扱っていた。
 コアユではなくゴリの佃煮を買ったが、皆さんは琵琶湖のコアユをどのくらい理解しておられるだろうか。

『琵琶湖の魚』(偕成社、2001年)より

 上に掲げたのは、今森洋輔氏の色彩画である。そこに書かれている説明を、そのまま下記に引用させていただく。

「琵琶湖には、一生のほとんどを湖内でおくるアユが生息している。一生を通じて動物プランクトンを食物とし、大きくならないまま成魚になることからコアユとよばれる。全長は7~10cm。このコアユは日本各地の河川に放流されているが、河川に放流されたものは藻類を食べて大きく育つ。」

「琵琶湖では、琵琶湖を海のかわりにして生活するアユがいる。幼魚は湖内で冬を越し、春から初夏に流入河川に遡上して成長する。栄養状態がよければ全長20cm以上に育つので、オオアユの別称もある。」

 昨夏に安曇川の上流にある「比良山荘」で「鮎満ぷく膳」を食べた。15cm近くはあったのでオオアユだったと今頃気づいた。
 



2026年1月21日水曜日

Paradise

 今朝起きて一番にこの曲を聴いた。杉山清貴と林哲司がコラボした2011年にリリースしたアルバム『REUNITED』の最初に収録されている。
 歌詞の最後にある「もう迷いはしない 何処へも行かない 楽園は君だから」という部分が私は気に入っている。
 林哲司については、杉山清貴のオフィシャル・ウェブサイト「island afternoon」から下記のとおり引用させていただく。 

「Paradise」 youtubeより

「林哲司、年間シングル楽曲セールスのナンバー・ワンの記録を持つ一流の作曲家である。特に洋楽的なポップ・センスをベースにした曲を書かせたら右に出る者はいない、いわば<Jポップ>のパイオニア的存在だ。」

 是非一度聴いてみてください。外は寒いですが、楽園にいるような気分になれること請け合いです。


2026年1月18日日曜日

オペラ座の怪人

 私は35年前の1990年4月から1991年4月までの1年間、中小企業金融公庫(現在の日本公庫)からJETRO New Yorkへ派遣されていた。
 ニューヨーク・タイムズやウォールストリート・ジャーナルの米国予算に関連する記事を読んで、通商弘報の記事を書いていた。
 当時のニューヨーク観光の目玉といえばブロードウェイ・ミュージカルで、その中でも『オペラ座の怪人』が有名だった。

『オペラ座の怪人』 youtubeより

 派遣元の同期の女性2名がアメリカ旅行のついでにニューヨークに立ち寄ってくれた時、『オペラ座の怪人』を一緒に見た。
 筋書きも知らないまま席に座っていたが、この音楽だけは印象に残った。唄っていたのはサラ・ブライトマンではなかったと思う。
 『オペラ座の怪人』は1988年にブロードウェイで開幕し、2012年に公演1万回を達成して、2023年に終演となっている。

『オペラ座の怪人』の終演 youtubeより

 翌日、同期の女性達とマンハッタンのトランプ・タワーへ行った時、片方の女性のバッグが置き引きに遭ってしまった。
 ニューヨーク警察署まで探しに行ったが、結局見つけることができなかった。現地に住んでいた私の失態だった。
 バッグの中にはパスポート等も入っていたと思うが、女性達がなんとか無事帰国することができただけ幸いだった。

 当時のことを振り返ると、ミュージカルを見たブロードウェイの劇場よりバックを探しに行った警察署の方が記憶に残っている。
 

2026年1月15日木曜日

Purpose

 ジャスティン・ビーバーが2015年にリリースした"Purpose"である。彼の名前はニュースで知っていたが、曲は全く知らなかった。
 教えてくれたのは一回り以上若い女性である。彼女と音楽の好みは違っているが、センスの良さだけは認めざるを得ない。
 静かに語りかけるようなバラードであるが、一度聴いただけで今回も彼女のセンスは素晴らしいと思った。

"Purpose" youtubeより

 曲の最後に'You give me purpose everyday You give me purpose in every way'という歌詞の部分がある。
 彼女はそこが好きだと言った。それに続くモノローグもいい。素直な気持ちが真っすぐに伝わってくる。
 彼女は若いが子供もいて仕事もできる。美人だし性格も悪くはない。生まれつき恵まれていて羨ましい。

 'You give me purpose everyday You give me purpose in every way'と彼女が言ってこないかと思うが、そうは問屋が卸さないだろう。



2026年1月13日火曜日

Unchained Melody

 "Unchained Melody"は映画『ゴースト』の主題歌だった。'Oh, oh my love, my darling."で始まる特徴的な曲である。
 『ゴースト』は1990年のアメリカ映画で、当時ニューヨークに住んでいた私は現地で映画館に並んで見たことを思い出した。
 映画の英語は聞き取れなかったが、ストーリーは何となくわかった。とにかく主演女優のデミ・ムーアがとても可愛かった。

"Unchained Melody" youtubeより

 "Unchained Melody"は1955年の楽曲で、刑務所映画『アンチェインド』の主題歌として作曲されたと今回知った。
 100以上バージョンがあるそうで、『ゴースト』の主題歌は1965年6月のRighteous Brothersのバージョンである。
 1990年にリバイバルされシングルチャート1位となったもので、道理で映画で流れた時に聴いたことがあると思った。

 まさにlovers only(恋人限定)といった感じの曲だが、sappy(感傷的すぎる)と思う人もいるかもしれない。

Part-Time Lover

 盲目の天才シンガーソングライター、スティービー・ワンダーが1985年に発表し、ヒットした曲"Part-Time Lover"である。 
 軽快なリズムに乗せてアップテンポなメロディーが続く。スティービー・ワンダーが頭を振りながら唄うのが目に浮かぶ。
 タイトルの"Part-Time Lover"でわかるとおり浮気相手のことを唄っているが、不倫もこれくらいあっけらかんとした方がいい。

"Part-Time Lover" youtubeより

 スティービー・ワンダーの曲はシンプルなものが多い。普通の会話がたちまち素敵な曲になってしまう。
 下記に掲げた"I Just Called to Say I Love You"などはその典型である。1984年のリリースで世界各国でチャート1位となった。
 直訳すると「君が好きだと言いたいだけで電話をかけた」となるが、これだけ正直に言われると断りようがない。 

"I Just Called to Say I Love You" youtubeより

 もう1曲、1995年にリリースされた"For Your Love"を紹介する。グラミー賞の最優秀R&B楽曲賞と歌唱賞を受賞している。
 歌詞の'For your love I would do anything Just to see the smile upon your face'という部分が本当に素晴らしい。
 こんな事を正面切って言われたら、嫌な気はしないだろう。まさにスティービー・ワンダーらしい曲だと思う。

"For Your Love" youtubeより

 不倫は良くないことであるが、人を好きになるのは仕方がないだろう。下手な言い訳や嘘はない方がいい。


2026年1月12日月曜日

Just the Two of Us

 昨年9月投稿の"If You Don't Know me by Now"でSimply Redのアルバムをニューヨークで購入したと書いている。
 実はもう1枚、Grover Washington Jr.の『ワインライト』というアルバムをニューヨークで購入している。
 Grover Washington Jr.はサックス奏者で、スムースジャズの父として知られていることを今回知った。

"Just the Two of Us" youtubeより

 "Just the Two of Us"は『ワインライト』の最後の一つ前の曲で、Grover Washington Jr.はサックスだけでなくボーカルを披露している。
 『ワインライト』は1982年の発表なので、私が購入した時は既に10年ほど経過していたが、全く色褪せていなかった。
 なかでも"Just the Two of Us"は秀逸である。大ヒットしてグラミー賞ベストR&Bソング賞を受賞している。

"Make Me a Memory" youtubeより

 『ワインライト』から、もう2曲紹介する。1曲目はアルバムの最後に収録された"Make Me a Memory"である。
 "Sad Samba"というサブタイトルのとおり、サンバ風の暗いメロディーが延々と続く別れの曲である。
 "Make Me a Memory"は直訳すると、「私を思い出にして」ということだろうか、いずれにしても哀しい曲である。

"Winelight" youtubeより

 2曲目はアルバムのタイトルで、最初の曲として収録された"Winelight"である。ジャケットにもワイングラスの写真が載っている。
 調べてみたが、winelightは英英辞典にもなく造語である。レストランでワインのグラスを傾ける時の鈍い灯りのイメージだろうか。
 私には夜の曲にしか聴こえないが、朝の感じがするという人もいた。インスツルメンタルはそんなものかもしれない。

 今回、邦題は「クリスタルの恋人たち」だと知ったが、"Just the Two of Us"のままの方がいいのは言うまでもあるまい。




2026年1月9日金曜日

J's LOVE SONG (ORIGINAL VERSION)

 私はフォークや歌謡曲が好きで鼻歌でよく口ずさむことがあるが、楽器はギターのFコードがいまだにできない。
 したがって、ギターのアルペジオ(和音を構成する音を一音ずつ弾いていく演奏方法)を知らなかった。
 アルペジオという言葉を教えてくれたのが、下記に掲げた稲垣潤一の「J's LOVE SONG」という曲である。 

「J's LOVE SONG」 youtubeより

 最後の盛り上がりの前のところで、「いつしか雨も アルペジオのように 聞こえて来た」という部分がある。
 「J's LOVE SONG」は1998年9月の稲垣潤一の37枚目のシングルで、ORIGINAL VERSIONはベストアルバムにしか収録されていない。
 友達が恋人に変わる瞬間を唄った曲で、「何をためらうのか?君が愛しすぎて」という歌詞が私は好きだ。

「ドラマティック・レイン」 youtubeより

 稲垣潤一には雨をモチーフにした曲がいくつかあり、上記の「ドラマティック・レイン」もその一つである。
 1982年10月発売の3作目のシングルで、チャート最高8位、半年にわたりチャートインするヒット曲となった。
 秋元康の作詞で、単なる雨降りを「ドラマティック・レイン」と名付けて詩にしてしまうところは流石である。

「1969の片思い」 youtubeより

 J's LOVE SONG (ORIGINAL VERSION)を収録したベストアルバム『稲垣潤一 SUPER BEST Single Hits Collection』からもう1曲紹介する。
 上記の「1969の片思い」である。1989年10月にリリースされた17枚目のシングルで、JTのCMソングだった。
 1969年に高校生で片思いだった彼女に20年後に再会するという内容だが、彼女は30歳代の後半になっている。

 いずれの曲の作詞も秋元康で、曲のイメージ作りがとても美味い。体験に基づいておられるのだろうか。

2026年1月8日木曜日

マルグリット・デュラス

 年末から年始にかけて『マルグリット・デュラス その愛の行方』(佐藤浩子、新評論、2025年)という本を読んだ。
 新評論は2冊の拙著の出版社で、新刊案内に記載されていた『「書くこと」だけがしたい』と言うキャッチに釣られて購入した。
 マルグリット・デュラスは、43ヵ国語に翻訳され全世界で200万部のベストセラーとなった『愛人(ラマン)』の著者である。

『マルグリット・デュラス その愛の行方』

 以前に友人のH君から面白いと教えてもらって、『愛人(ラマン)』(河出文庫、1992年)は既に本棚にあった。
 帯に「18歳でわたしは年老いた! 自らの性愛体験を赤裸々に描いた衝撃作。」と書かれており、映画化されている。

『愛人(ラマン)』

 新評論の本の「はじめに」で、『モデラート・カンタービレ』と『ロル・V・シュタインの歓喜』はデュラスの作品の中でも傑作と書いてあった。
 ブックオフのアプリで検索したら、『モデラート・カンタービレ』(河出文庫、1985年)が見つかったので早速購入した。

『モデラート・カンタービレ』

 『ロル・V・シュタインの歓喜』(河出書房新社、1997年)は、インターネットで検索しても安い中古の本が見つからなかった。
 たぶん流通している在庫があまりないのだろう。メルカリが一番安かったので購入したが、定価の2266円を上回る価格だった。

『ロル・V・シュタインの歓喜』

 帯には「あなたを愛していないの それでもあなたを愛しているの……」と矛盾した表現のキャッチが記載されている。
 「デュラスの自他ともに認める幻の最高傑作が、待望の新訳で、今、よみがえる!」とも書いてあり、購読意欲をそそられる。
 
映画『愛人(ラマン)』を紹介する動画 Youtubeより

 『愛人(ラマン)』は映画も面白いと友人のH君が言っていたので、Amazonでレンタル落ちのDVDを見つけて購入した。
 確かに衝撃的な映像が満載された素晴らしい作品だったが、「書くこと」が好きな私としては本の方が官能的だった。

 『モデラート・カンタービレ』と『ロル・V・シュタインの歓喜』を読むのは今からだが、きっと面白いだろう。
 『マルグリット・デュラス その愛の行方』には、作品の背景や執筆時のデュラスの状況がこと細かく書いてある。
 いずれも自伝的小説であるが、デュラスは『「書くこと」だけがしたい』というより書かずにはいられなかったのだろう。







2026年1月7日水曜日

日・フィリピン友好年

 2026年は日本とフィリピンの国交正常化70周年に当たり、日・フィリピン友好年を記念するロゴマークが決定された。
 私は現在から30年前の1995年4月から1997年3月までの2年間、マニラにある在フィリピン日本大使館で専門調査員をしていた。
 在籍していたのは日本広報文化センター(JICC: Japan Information and Cultural Center)で、国費留学生の選考などを担当した。

日・フィリピン友好年を記念するロゴマーク
(在フィリピン日本大使館のホームページより)

 当時の日本大使館は、メトロマニラのブエンディア・アヴェニュー(旧Sen. Gil J. Puyat Ave.)の近くにあった。
 ある時、私が新聞記事を読みながら"corny"(陳腐)と言ったら、"Is it corny or horny?"という声が聞こえた。
 フィリピンでは珍しくないゲイのローカルスタッフからだった。hornyには好色という意味がある。

メトロマニラの地図(Primerマップより)

 昨日、日本広報文化センターで所長の秘書だった女性と武蔵小杉のモールで待ち合わせて30年ぶりに会った。
 ずっと音信不通になっていたが、私がFacebookのアカウントを取得したことがきっかけで連絡を取ることができた。
 日本で暮らしている息子夫婦と孫たちにクリスマスで会うため来日していたもので、思いがけない再会を喜び合った。

所長の秘書だった女性と会った武蔵小杉のモールの入口

 ゲイのローカルスタッフも、私が日本に帰った後に来日する機会があったらしいが、私は会うことができなかった。
 その後は今から20年以上前にマニラで交通事故に遭って亡くなってしまった。気の優しい良い男だった。Rest in peace.
 昨年7月に投稿した「コレヒドール島」でも書いたとおり、フィリピンには、元国費留学生を始めとして日本に好意を持ってくれている人たちがたくさんいる。

 日・フィリピン友好年のロゴマークは、「未来を共に織りなす:平和、繁栄、可能性」というテーマの下で決定された。両国の友好関係が永遠に続くことを祈る。

 

2026年1月5日月曜日

JFK

 年明けに近くの百貨店内にあるブルックス・ブラザーズがセールをしていたので、カットソーの長袖のTシャツを買った。
 定価の2割引きにポイントも使用して、ほぼ半値で買うことができた。普段は高いので買わないが、ワイシャツだけは買っている。
 私は腕が短くそのまま着れるサイズのワイシャツが少ないが、ブルックス・ブラザーズ のワイシャツは袖詰めが要らない。

フィッツジェラルド(Mercariより)

 ブルックス・ブラザーズのスーツには、米国のケネディ元大統領が着たとされるフィッツジェラルドという型が以前あった。
 フィッツジェラルドはケネディ元大統領の氏名がJFK(ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ)であるところから来ている。
 JFKは1961年1月に43歳の若さで第35代大統領に就任したが、1963年11月にテキサス州ダラスでパレード中に暗殺された。

ケネディ大統領 就任演説 youtubeより

 上記の動画はJFKの大統領就任演説である。歴史的名演説と言われるが、聴いてみると確かにそうだと思う。
 演説の最後の部分でJFKは聴衆に次のとおり呼びかける。

 And so, my fellow Americans:
 Ask not what your country can do for you,
 ask what you can do for your country.

 My fellow citizens of the world:
 Ask not what America will do for you,
 but what together we can do for the freedom of man.

 平易かつ簡潔な言葉で、米国民及び世界に対して団結して人類の自由のため立ち上がろうと呼びかける。
 カリスマとして絶大な人気を誇ったがゆえに、結果的に敵対勢力から命を狙われることになってしまった。

 現在、世界はユートピアニズムからリアリズムへ再び向かいつつある。JFKの理想に戻る道はもう残されていないのだろうか。






2026年1月4日日曜日

for you...

  年末の紅白歌合戦に高橋真梨子が出て、紅組の最年長記録を更新したということがネットで話題になっていた。
 そんなことはどうでもいいが、日本人女性ボーカリストとして山本潤子と双璧といえるのは高橋真梨子をおいて他にいないだろう。
 透明感では山本潤子に敵わないが、高橋真梨子の声には独特の艶っぽさがある。ラブソングを唄わせたら当代随一だと思う。

「for you...」 youtubeより

 1982年3月発売の「for you...」は高橋真梨子の8枚目のシングルで、東京音楽祭の金賞を受賞している。
 代表的なラブソングで、紅白歌合戦では2013年の紅組トリに始まり、2017年、2024年の計3回歌っている。
 サビの歌詞で「あなたが欲しい あなたが欲しい もっと奪って 心を」と唄うところが私は好きだ。

「貴方が生きたLove Song」 youtubeより

 玉置浩二が作曲、高橋真梨子が作詞した「貴方が生きたLove Song」は1992年11月に発売された。
 TBS系バラエティ番組のエンディングテーマに採用され、完成度の高いデュエットとして評価されている。
 玉置浩二は北海道・旭川市の出身と知っていたが、高橋真梨子が広島県廿日市市の出身と今回初めて知った。

「別れの朝~陽かげりの街」 youtubeより

 最後の曲は、やはり「別れの朝」。1971年10月発売のペドロ&カプリシャスのデビュー・シングルである。
 初代ボーカルの脱退後、1973年に高橋真梨子は2代目ボーカルとして参加し、1978年にソロ・デビューしている。
 同じペドロ&カプリシャス時代の曲で1975年10発売の「陽かげりの街」とセットになったものがyoutubeにあった。

 紅白歌合戦での歌唱は見ていないが、ボーカリストとしての矜持がある以上、歌声はまだ健在だっただろう。

 



2026年1月3日土曜日

ちはやぶる

 1月12日に近江神宮の神前で天智天皇の歌を朗誦し、采女装束を着た4名の取姫がかるたを取り合う「かるた開きの儀」が行われる。
 新年のかるた遊びといえば小倉百人一首であり、その巻頭歌の作者である天智天皇を近江神宮が祀っているためである。
 小倉百人一首には「ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」という有名な在原業平の歌がある。

「かるた開きの儀」 近江神宮のホームページより

 ちはやぶる(千早振る)は神・宇治の枕詞であるが、広瀬すず主演の映画「ちはやふる」では主人公の名前が「千早」である。
 ソニーショップのお店で店長の女性からこの映画のことを教わり(『やっぱり滋賀が好き』128頁を参照)、私は「上の句」と「下の句」をシネコンで見た。
 その女性は7月に開催される「全国高等学校かるた選手権大会」が好きで、近江神宮へ見に行ったと言っていた。

「ちはやふるー上の句ー」ダイジェスト  youtubeより

 「千早振る」という落語もある。2021年10月に亡くなった人間国宝の十代目柳家小三治はさすがに上手い。
 落語では、「千早」も「神代」も吉原の花魁の名前で、「とわ」は「千早」の本名というのがオチになる。
 「ちはやぶる」が枕詞であると知らないことに端を発して、ここまで出鱈目を並べるご隠居も大したものである。

落語「千早振る」 youtubeより(音声のみ)

 ソニーショップの建て替えでお店がなくなり、店長の女性ともそれ以来音信不通になってしまった。
 昨年末に「かるた開きの儀」を見に行こうと突然思い立ち、インターネットで高速バスの予約をした。
 結局、往復の車中泊がしんどいので中止しキャンセル料を支払ったが、近江神宮へ行けば件の女性に会える気がした。




2026年1月2日金曜日

香港

 昨年末のニュースで香港の言論統制が厳しくなっていることが伝えられていた。1国2制度は有名無実化しつつある。
 私はフィリピンのマニラに住んでいた時に、家族旅行で一度だけ香港へ行った。まだ幼児の娘も一緒だった。
 着陸が難しいと言われる香港国際空港に、我々を乗せた飛行機が高層ビルを掠めるように降りていったのを思い出す。

「香港」 youtubeより

 台湾出身で香港でも活躍したテレサテンには「香港」という曲がある。中国の二胡を使用した前奏が私は好きだ。
 「星屑を地上に撒いた この街のどこかに」で始まる歌詞は、飛行機から見える香港の夜景をよく表している。
 「あぁ人はまぼろしの夢を追いかけて 生きているだけならば儚(はかな)すぎる」というサビには思わず頷く。 

「空港」 youtubeより

 テレサテンは1947年7月に発売されたデビュー2作目の「空港」がヒットし、日本レコード大賞の新人賞に選ばれた。
 「つぐない」や「愛人」という曲のヒットにより薄幸なイメージがあるが、実際には快活で可愛い女性だったのだろう。
 艶があって透き通るような歌声は日本人女性歌手には真似ができない。ビデオ映像を見ていて今でもそう思う。

「ジェルソミーナの歩いた道」 youtubeより

 1995年5月、静養のため訪れていたタイ・チェンマイのホテルで発作を起こし42歳の若さで亡くなった。
 「ジェルソミーナの歩いた道」は1981年2月発売のシングルで、ウェディングドレスで唄う映像が残っている。
 ジェルソミーナは1954年に公開された映画『道』の主人公で、知的障害を持ちながら懸命に生きた女性である。

 「佳人薄命」、彼女の肉声を聴くことはもうできないが、健気な姿と美しい声は映像として永遠に残るだろう。

2026年1月1日木曜日

O君を偲ぶ

  今年最初の投稿はお屠蘇を飲みながら書いている。故郷の広島から取り寄せた亀齢万年という縁起のいいお酒である。
 少し酔ってO君のことを思い出した。勤め先で知り合った友人で5年程前に60歳を前にして病気で亡くなった。
 九州肥後の出身で人柄が良く誰からも好かれた。「強い優しさ」を持った典型的な九州男児だった。

「Thanks~さらば、よき友~」 youtubeより

 お酒が好きでよく一緒に飲んだ。酒が弱い方ではなかったが、途中で寝てまた起きて飲むという癖があった。
 上記のすぎもとまさとの歌には「星から降りて来いよ おまえとよく来た居酒屋」という歌詞がある。
 O君がお酒に酔って寝てしまった時のように、もう一度起きてにお屠蘇の相手をしてもらいたくなった。

「時代おくれ」 youtubeより

 長身でハンサムなスポーツマンだったが、お酒を飲んで話をすると人の好さが出てしまう三枚目だった。
 そんなO君にもう1曲、河島英五の「時代おくれ」を送りたい。「人の心を見つめ続ける 時代おくれの男」だった。
 個人的には、二巡目の歌詞の「好きな誰かを思い続ける 時代おくれの男」でありたいと思っている。

 今年の干支が午とはいえ、いたずらに馬齢を重ねるだけではいけないだろう。O君ともう少し酒が飲みたかった。