2026年は日本とフィリピンの国交正常化70周年に当たり、日・フィリピン友好年を記念するロゴマークが決定された。
私は現在から30年前の1995年4月から1997年3月までの2年間、マニラにある在フィリピン日本大使館で専門調査員をしていた。
在籍していたのは日本広報文化センター(JICC: Japan Information and Cultural Center)で、国費留学生の選考などを担当した。
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| 日・フィリピン友好年を記念するロゴマーク (在フィリピン日本大使館のホームページより) |
ある時、私が新聞記事を読みながら"corny"(陳腐)と言ったら、"Is it corny or horny?"という声が聞こえた。
フィリピンでは珍しくないゲイのローカルスタッフからだった。hornyには好色という意味がある。
昨日、日本広報文化センターで所長の秘書だった女性と武蔵小杉のモールで待ち合わせて30年ぶりに会った。
ずっと音信不通になっていたが、私がFacebookのアカウントを取得したことがきっかけで連絡を取ることができた。
日本で暮らしている息子夫婦と孫たちにクリスマスで会うため来日していたもので、思いがけない再会を喜び合った。
ゲイのローカルスタッフも、私が日本に帰った後に来日する機会があったらしいが、私は会うことができなかった。
その後は今から20年以上前にマニラで交通事故に遭って亡くなってしまった。気の優しい良い男だった。Rest in peace.
昨年7月に投稿した「コレヒドール島」でも書いたとおり、フィリピンには、元国費留学生を始めとして日本に好意を持ってくれている人たちがたくさんいる。
日・フィリピン友好年のロゴマークは、「未来を共に織りなす:平和、繁栄、可能性」というテーマの下で決定された。両国の友好関係が永遠に続くことを祈る。


2 件のコメント:
読みましたよ。マニラ駐在から30年になりますか。マニラの姿も大きく変わっているのでしょうね。ぼくのKL 生活の現場(35年前)も様変りでした。
コメント、ありがとうございます。あれ以来マニラへ行っていないのでよくわかりませんが、30年ぶりに会ったフィリピン人女性の話では、一番大きかったモールはなくなり、新しいモールがたくさんできているそうです。また、米軍が撤退したので、外国人駐在者も利用できた米国軍人向けの福利厚生施設がなくなってしまったそうです。マルコス元大統領の息子が大統領になって、相変わらずcorruptionがひどいと言っていました。
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