2026年2月3日火曜日

天保の義民

  1月30日の金曜日、雪が降る中、所用のため日帰りで滋賀へ出かけた。訪問したのは草津線沿線にある中小企業である。
 草津線は滋賀県草津市の草津から三重県伊賀市の柘植に至る路線で、途中の貴生川で信楽高原鐡道と近江鉄道に接続している。
 草津から貴生川の一つ手前に三雲という駅があり「天保義民の碑」があるので、この機会に立ち寄ろうと予定を立てた。

『天保の義民』(岩波新書、1962年)

 早朝に家を出て品川から「ひかり」に乗ったが、その時から雪の影響による遅れの見込みが車内で放送されていた。
 実際には新幹線への影響はそれほどでもなく、米原駅に着いた時は1分遅れだった。問題は琵琶湖線の方だった。
 乗換の電車は始発なので座ることができ、10分ほどの遅れで米原駅を出発した。近江八幡あたりから異常に混んできた。

『天保の義民』に掲載された地図

 車内が満員になって駅に着くとホームに多くの乗客が待っている。乗り切れない人もいて、私も草津での下車は一苦労だった。
 後からわかったが、北陸まで直通する「新快速」の運行をJRが中止していた。「普通」しか走っていないので混んでいたのだ。
 草津線は1時間に1本で、予定の電車に乗り換えることができず、「天保義民の碑」へ行くのはお預けになった。

 上記の『天保の義民』は天保13年(1842年)10月に起きた大一揆の顛末記である。碑にはいつか行く機会があるだろう。




2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

一揆とか義民とかには 心騒ぐ何かがある。 連帯=人間はまっことか弱い動物で、一人では生きられない 利他=村人の為に投げ出した命の輝き。大雪でお預けとなった天保義民の碑には いつかまた挑戦されたい。

大鯰 さんのコメント...

コメント、ありがとうございます。『天保の義民』の冒頭の「ことのあらすじ」の最後に次のとおり書かれています。
「庶民のために、一身一家を捧げた犠牲者は、これを讃えて義民という。」