2026年7月31日金曜日

スラムダンク

「スラムダンク」 youtubeより

 子供達が中学生の頃に読んでいた「スラムダンク」の漫画本を先日メルカリで処分した。簡単に売れたので、今も人気があるのだろう。

 私は中学生の時、バスケ部に入っていた。同じ小学校から進学した1つ上の先輩がバスケ部のエースで、憧れて入ったが全くダメだった。

 昨日、同級生でバスケ部だったI君の伝手で、その先輩と50年ぶりに会うことができた。先輩も歳を取ったが、相変わらず元気だった。

 先輩は天才である。高校生の時、広島選抜で国体に出場し、能代工業を相手に4点得点している。まさに、リアル・スラムダンクだった。 

2026年7月24日金曜日

しまなみ海道サイクリングロード③

  昨日、かねてからの計画どおり、「しまなみ海道サイクリングロード」の多々羅大橋を自転車で渡りに出かけた。
 早朝に最寄り駅から自転車とともに電車に乗り三原駅で降りた。三原港から瀬戸田行きの船には20分しかなかった。
 輪行袋を畳むと時間がかかるので、そのままリュックに入れたのが良かった。乗船して席に座ると船は動いていた。

多々羅大橋の入口

 30分ほどの乗船中に、輪行袋を畳み日焼け止めを塗った。後方からの日差しを遮るインナーキャップも被った。
 多々羅大橋までは思ったより短く感じた。他にサイクリストはおらず、橋の入口で自転車を降りて写真を撮った。
 橋の中間で県境を越えて愛媛県に入った。自動車道と並走しているが、因島大橋ほど高くはなく恐くなかった。

大山祇神社の総門

 橋を下りてから大山祇神社までの方が長く感じた。しばらく海岸線を走った後、宮浦へ峠を越える道が続いた。
 誰もいないサイクリングロードをひたすら走り、海の近くに神社はあった。観光客を尻目に簡単に参拝をした。
 自転車置き場の休憩所で、持参したおにぎりを食べた。自販機で水を買って補給し、すぐに帰路へスタートした。

横から見た多々羅大橋

 帰り道は短く感じる。峠を越えると海岸線まで緩やかな下りが続いた。多々羅大橋の手前の道の駅で休憩をした。
 橋を渡り横から見た橋の写真を撮った。瀬戸田から三原港行きの船の出発時刻が近づいていたので、道を急いだ。
 なんとか間に合って船に乗った時はさすがにほっとした。多々羅大橋を自転車で渡り、大山祇神社まで往復できた。

安芸灘とびしま海道

 次は、「瀬戸内しまなみ海道」ではなく、「安芸灘とびしま海道」(上記地図を参照)で大崎下島まで行きたい。
 途中の下蒲刈島は朝鮮通信使の停泊地だった。朝鮮通信使には、近江出身の儒学者・雨森芳洲が関係している(注)。
 (注)拙著『やっぱり滋賀が好き』の「朝鮮通信使」(196、197頁)を参照。

 広島へ帰省してから近江関連の投稿がなかったが、やや強引とはいえ、やっと近江に関連付けることができた。

2026年7月21日火曜日

夏まつり

 
「夏まつり」 youtubeより

 梅雨が明けて、暑い日が毎日続いている。こんな時に思わず、井上陽水の「夏まつり」という曲を思い出す。
 「十年はひと昔 暑い夏」ではじまるこの曲は、1972年発売の『陽水Ⅱ センチメンタル』に収録されている。
 「ふるさとはふた昔 夏まつり」という終わりの歌詞には、当時24歳だった陽水の故郷への郷愁が感じられる。

 ふた昔どころか、50年ぶりに故郷で暮らしている。やはり「ふるさとは遠きにありて想うもの」だろうか。

2026年7月18日土曜日

しまなみ海道サイクリングロード②

しまなみ海道サイクリングロード

  4月投稿の「しまなみ海道サイクリングロード」(注)のとおり、あの時は尾道から因島大橋を渡るのが精一杯だった。

 今回は、尾道より手前の三原から瀬戸田(生口島)へ船で行き(注)、多々羅大橋を渡って大三島まで行く計画である。

 折りたたみ自転車では長距離が辛いので東京で新しい自転車を購入し、中央線と新幹線を輪行して広島へ持って来た。

新しく購入した自転車

 電車は輪行袋に入れないと乗れない。前輪を外しハンドルをフレームと平行にし輪行袋に入れ電車に乗る練習をした。
 防犯登録をした自転車屋で後ろからの日差しを遮るものが必要と言われ、帽子の下に被るインナーキャップを購入した。
 熱中症対策に水分補給は欠かせないので、ボトルケージを自転車に装着した。L.L.Beanのおまけのボトルが使えた。

輪行袋に入れた自転車

 最寄り駅から始発に乗れば、瀬戸田には8時前に着く。多々羅大橋を渡って大山祇神社まで1時間余りとわかった。
 多々羅大橋を渡るので精一杯と思っていたが、伊予国一宮の大山祇神社に参拝することも不可能ではなさそうだ。
 参拝後は持参のおにぎりを食べて、再び多々羅大橋を渡る。瀬戸田から船に乗って、三原から輪行する予定である。

装着したボトルケージ

 準備は万端整った。来週は本番である。無理をしないように気をつけるが、ここまできたらやるしかあるまい。

2026年7月11日土曜日

安来市加納美術館

 先日、安来市加納美術館を訪れた。加納莞蕾の絵画の収蔵のため創設されたが、寄贈されて安来市加納美術館となっている。
 加納莞蕾は、フィリピンのキリノ元大統領に日本人戦犯の助命を嘆願した人物であると、ある中小企業経営者から教わった。
 キリノ元大統領は、日本軍とのマニラ市街戦で妻と3人の子供を亡くしたにもかかわらず、日本人戦犯105人に特赦を与えた。

「加納莞蕾の願い」の碑

 その経緯について知るため、広島へ帰省した際に美術館を訪問すると決めていて、松江駅へ行く高速バスに乗った。
 松江駅から美術館までは車で約40分かかるが、鳥取市に在住する35年来の友人が松江駅まで車で迎えに来てくれた。
 入口の左側に「加納莞蕾の願い」の碑があった。「赦し難きを赦す」と書いてあり、キリノ元大統領の次の言葉が刻んである。

 'I do not want my children and my people to inherit from me hate for people who might yet be our friends for the permanent interest of the country.' 

加納莞蕾の絵

 名誉館長の加納佳世子氏と少し話をすることができた。近隣の小学校などで加納莞蕾の話をされているそうだ。
 私は、戦争の悲惨さを継承することよりも、平和の有難さを継承することの方が大切ではないかと思っている。
 戦争の悲惨さは、現在のウクライナや中東を見れば一目瞭然だし、もし戦争になれば嫌でも感じることになる。

 加納莞蕾やキリノ元大統領のように、将来の平和を創ることに努めた人達の話こそ後世に伝えるべきだと思う。

2026年7月8日水曜日

出航 SASURAI

 
「出航 SASURAI」 youtubeより

 昨日から、頭の中に寺尾聰の「出航 SASURAI」が去来している。今朝の早暁、東京を発って広島へ帰省する。
 1980年のリリースで、「ルビーの指環」、「SHADOW CITY」とともに、ベストテンに3曲同時にランクインした。
 「あの雲にまかせて 遙かに彷徨い歩く 生きてゆく道連れは 夜明けの風さ」という歌詞がしっくりくる。

 「琵琶湖周航の歌」の出だしもそうだが(注)「さすらい」という言葉にはロマンを感じる。さあ出かけよう。
 (注)拙著『やっぱり滋賀が好き』の94頁を参照

2026年7月7日火曜日

天文台

「天文台」 youtubeより

 今日は七夕である。星にまつわる歌がないかと考えて、南佳孝の「天文台」という曲を取り上げることにした。
 「丘の上の天文台へ 星を探しに行こう」で始まる曲を聴くと、天文台がある瀬戸内海の島へ行ったのを思い出す。
 本当は二人きりで天文台へ行きたかったけれど、グループで来ていたので、とてもそんなことはできなかった。

 あの時、歌詞のように「光の帯の中で 君を抱きしめる」ことができていたら、願い事が叶っていただろうか。

2026年7月6日月曜日

プーチンの世界

『プーチンの世界』(新潮社、2016年)


 知人が「プーチンの国を守ろうとする姿勢が好き」と言うのを聞いて、『プーチンの世界』を購入して読んでみた。
 私は、KGB出身というだけでプーチンを信用できないと決めつけていて、彼に関する本を読んだことがなかった。
 本書は、「国家主義者」「歴史家」「サバイバリスト」「アウトサイダー」「自由経済主義者」「ケース・オフィサー(工作員)」の6つのペルソナで、プーチンを論じている。

 確かに、プーチンの行動に理解できるところはある。しかし、工作員の手法を用いているところが気になった。

2026年7月5日日曜日

魔女の1ダース

『魔女の1ダース』(新潮文庫、2000年)

 5月の投稿で『不実な美女か貞淑な醜女か』(注)を紹介した米原万里に、『魔女の1ダース』という本がある。

 プロローグは、米原万里がモスクワで「魔女使い」の集会への出席を誘われるところから始まっている。
 そこで「魔女使い」からプレゼントされたという『悪魔と魔女の辞典』が面白いので、下記に引用する。
  • 愛:相手から無料で利益を引き出すのに、相手が対価以上のものをこちらから獲得したと錯覚し、トクしたと思わせるための呪文の一種。ただし、呪文を唱える当人のほうが錯覚し、自分のほうが損をしていると思いこむ場合も多い。「無償の愛」などとわざわざ定語をつけたりすることがあるように、本来は有償なものと考えられている。
  • 希望:絶望を味わうための必需品
  • 思いやり:弱者に対しては示さず、強者に対して示す恭順の印
  • 謙遜:自慢したいことを他人に言わせるための一種の方法
 中学生の頃に読んだことのあるA・ビアスの『悪魔の辞典』(1911年)を、思わず思い出してしまった。

 辞書で、「ダース」は「13個1組をさす」と説明されているらしい。魔女の世界では1ダースは13本なのだ。
 ロシア語同時通訳として世界各地で活躍した米原万里ならではの、洒落の効いたエッセイが詰まっている。
 エピローグに書かれた恩師の「異文化の交差する瞬間にこそ意味は生まれる」という言葉が全てを物語る。

 こんな面白い本はいろんな人に読んで欲しい。この本もまちライブラリー(注)に寄贈することにしよう。

2026年7月4日土曜日

和気清麻呂

和気清麻呂の立像

 昨日、所用で地下鉄東西線の竹橋駅に行った際、皇居からお堀を隔てたところにある和気清麻呂の立像を見た。
 大手町駅方面の改札を出て、平川門側と書かれた出口を上るとすぐにあった。後ろのビルは丸紅の本社である。
 和気清麻呂は、宇佐八幡の「道鏡を皇位に就かせたならば国は安泰である」というご神託を確認した人である。
 
『八幡神社』(勉誠出版、2003年)

 和気清麻呂は宇佐八幡へ行き、ご神託が偽りであることを確認し、皇室を守護した人物として像が建立された。
 宇佐八幡は4万社以上ある八幡神社の総本宮で、御祭神は応神天皇である。全国の八幡神社も応神天皇を祭る。
 八幡神社について知りたくて買った『八幡神社』(勉誠出版、2003年)には、全国八幡神社一覧が載っている。

八幡祭の由来

 滋賀県にも多くの八幡神社があり、その中の近江八幡市の日牟礼八幡に八幡祭があることは昨年11月に投稿した(注)
 (注)知命庵: 八幡まつりを参照

 上記の「八幡祭の由来」は日牟礼八幡のホームページに掲載されており、応神天皇の近江行幸が原型としている。
 しかし、『八幡神社』では「近畿地方の八幡信仰」で「左義長祭(注)と八幡祭の二大火祭が有名である」とだけ書いてある。

 私には、上記のことが不思議でならない。日牟礼八幡には何か秘密が隠されているのではないかと妄想している。

2026年7月3日金曜日

いくつもの星の下で

 「いくつもの星の下で」 youtubeより

 オフコースといえば小田和正という印象が強いが、初期のデュオの頃には相方の鈴木康博が作った曲もある。
 1980年発売のアルバム『We are』のA面の最後に収録されている「いくつもの星の下で」もその一つである。
 「いつもひとり くやし涙 流してきた男のことを あなたに聞かせたい 僕のすべて教えたい そばに来て」という歌詞が切ない。

 『男はつらいよ』の寅さんではないけれど、生きていればつらいことはある。誰かに聞いて欲しいこともある。

2026年7月2日木曜日

古典落語

『古典落語』続(々)々(講談社文庫、1973年)

 私は大学生の時に落研に入っていた。学園祭で落語をしたこともあるが熱心ではなく、今は全くやっていない。
 もともと中学生の時に教室で古典落語の「やかん」をやったのが思いのほか受けて、落語の面白さにはまった。 
 ネタ本は興津要編の『古典落語』だった。(上)、(下)、(続)、(続々)、(続(々)々)があり、「やかん」は(下)に載っている(注)。

(注)「やかん」に出てくる「ウナギの名前の由来」については、拙著『やっぱり滋賀が好き』の「ちょっといっぷく 琵琶湖のウナギ」(103~104頁)を参照。

 ウナギの話ばかりで申し訳ないが、上記の『古典落語』続(々)々には、最初に「うなぎ屋」という話が載っている。
 ウナギを持ったうなぎ屋の主人が「どこへいくんだか、前へまわって、うなぎに聞いてください」というオチが面白い。
 名人の5代目古今亭志ん正が演じたバージョンがyoutube(音声のみ)で見つかったので、下記に掲げておきます。

「うなぎ屋」 youtubeより

 人前で落語をやりたいとはもう思わない。私は、人を笑わせたいというより、人の笑う顔が好きなのだと思う。

2026年6月30日火曜日

山王稲穂神社

山王稲穂神社の幸福守

 小金井市にある山王稲穂神社の幸福守は、ハンカチ王子の斎藤佑樹が甲子園で優勝した時に身に付けていた。
 20年前のことだが、それから有名になり、現在でも幸福守を求めて山王稲穂神社へ参拝する人がいるという。
 私も自転車でたまに立ち寄るが、それは山王稲穂神社が滋賀県にある日吉大社の系列に属するからである。

幸福守の裏側

 日吉大社は、拙著『「びわ湖検定」でよみがえる』で書いたとおり近江の国の二の宮で、東本宮と西本宮がある。
 東本宮の御祭神の大山咋神は山王権現と言われ、日吉大社は全国3800余の日吉・日枝・山王神社の総本宮である。
 有名な赤坂の日枝神社の御祭神も大山咋神である。大山咋神の使いは猿であり、狛犬ではなく狛猿が置かれている。

 日吉大社へは簡単に行けないので、代わりに山王稲穂神社に参拝しているが、おみくじがよく当たっている気がする。

2026年6月29日月曜日

滋賀県観光地図

滋賀県観光地図

 私は自分の部屋の壁に滋賀県観光地図を貼っている。滋賀県に出かける時、行先がどこにあるか確認している。
 17年前に大津駅の観光案内所で無料でもらったものである。A4版で8枚分あるので、広げると結構大きくなる。
 先日行った湖西の新旭駅や湖北の河毛駅もどこかすぐにわかる。まだ行ってないところがたくさんあるなあ。

 地図を見ながら、次はどこへ行こうかと考える。大きな琵琶湖を見るだけでも、滋賀好きには堪えられない。
 ご参考までに、新しいバージョンの滋賀・びわ湖マップを下記に掲げておこう。こちらも良くできている。

滋賀・びわ湖マップ

2026年6月28日日曜日

通り雨

「通り雨」 youtubeより

 「通り雨」を辞書で引くと「さっと降って、すぐ晴れる雨」とある。今朝の散歩は「通り雨」に遭ってしまった。
 フォークデュオ「風」の時の伊勢正三に「通り雨」という曲がある。1976年リリースで、私はベスト盤で聴いた。
 「思い出すなら忘れよう おもいでなんて 指切りがほどけてはいけないはずなのに」という歌詞がironicに響く。

 忘れられるなら思い出さないし、忘れようとするから思い出す。もちろん正やんはそんなことはわかっているが。

2026年6月27日土曜日

琵琶湖周航の歌

「琵琶湖周航の歌」 youtubeより

 先日亡くなった菅原洋一の叙情歌集アルバム『うたたね』の中に収録されている「琵琶湖周航の歌」が好きだった。
 youtubeで探したが見つからないので、代わりに滋賀県を拠点に活動するユニット~Lefa~のバージョンを掲載する。
 「琵琶湖周航の歌」については、拙著『やっぱり滋賀が好き』で紙面を割いたので(注)そちらをご覧いただきたい。
 (注)89~99頁。「1番から3番」と「4番から6番」に分けて詳述しています。

 3番までしか知らない人が多いと思うが6番まであり、5番の終わりの歌詞の「比良も伊吹も夢のごと」が私は好きである。
 因みに、菅原洋一の『うたたね』は3番で終わっているが、~Lefa~は6番まで歌っているので5番を聴くことができる。

ROASTERS★CLUB

「ROASTERS★CLUB」の看板

 「ROASTERS★CLUB」は、私のポタリングのルート上の3番目にあるお店で、家に戻る前に立ち寄っている。
 近所の商店街に珈琲豆焙煎所があるのを偶然見つけたのがきっかけで通い始め、ほぼ週1回は行っている。
 御夫婦の経営で、土日にご主人が副業で珈琲豆を焙煎し、水木金は奥さんが店番で珈琲豆を販売している。

店内の珈琲豆の陳列棚

 水木金に行くと奥さんがおられる。優しい方で、他に客が来ないと30分以上私の話に付き合ってくださる。
 土日はご主人が一心不乱に珈琲豆を焙煎している。いろんな種類があり、焙煎方法も違うので大変である。
 特別な珈琲豆を求めて来店する人もいるし、子供を連れて定期的に訪れる人もいて、商店街に定着している。

 私は、ジャマイカ産のブルーマウンテンに似た風味のドミニカ産のカリビアンクイーンを最近は買っている。
 なお、下記のとおりインスタグラムもあるので、興味のある方はご覧ください。

2026年6月26日金曜日

時代おくれ

「時代おくれ」 youtubeより

 仙台在住の友人から、上記のyoutubeがメールで突然届いた。2月の投稿「Que Sera」(注)に登場した人である。
 (注)知命庵: Que Seraを参照のこと。

 9月に仙台で会う予定だったが、友人が大怪我をして中止になった。仙台のカラオケで歌うつもりだったらしい。
 歌詞の終わりは「人の心を見つめつづける 時代おくれの男になりたい」で、友人も私も時代おくれである。

 2巡目は「好きな誰かを思いつづける 時代おくれの男になりたい」で、正直言うと、私はこちらの方が好きだ。

仏教(岩波新書)

『仏教』(岩波新書、1974年)

 自宅近くの古書店の軒先に1冊50円で売られている木箱の中に、『仏教』(岩波新書、1974年)があった。
 ちょうど仏教ついて知りたかったので購入した。鉛筆で線を引いた箇所があったが、消しながら読んだ。
 著者の渡辺照宏氏は「仏教の本来の形態を歴史的に記述することとし、インド仏教に重点を置き、それ以外は必要ある場合に触れるにとどめる」(19頁)と書いている。

 まだ途中だが、読み易くて面白いので新刊を買い直した。古書はまちライブラリー(注)へ寄贈したい。
 (注)知命庵: まちライブラリーを参照のこと

2026年6月25日木曜日

朝陽の中で微笑んで

「朝陽の中で微笑んで」 youtubeより

 今日は雨だが、晴れた早朝の散歩は心地よい。そんな時、「朝陽の中で微笑んで」という歌が頭にうかぶ。
 1976年のユーミンのアルバム『14番目の月』に入っているが、ハイ・ファイ・セットへ提供された曲である。
 山本潤子の透き通る声がよく似合う。「宇宙の片隅で めぐり逢えた喜びは」という部分には神々しさが漂う。

 朝陽が上り始めるとだんだん蒸し暑くなる。早起きは三文の得。early bird(早起きの人)の役得である。