近くの公園で先週末から大陶器市をやっている。土日は雪で行けなかったので、月曜日に出かけてみた。
午前10時の開店でまだ11時過ぎだというのに結構な人出である。私は自転車だが、自動車で来ている人もいるのだろう。
看板に信楽焼の名前も書いてあったので探してみるがなかなか見つからない。やっと見つけたのが写真の花瓶である。
昨年10月に投稿した「紫香楽宮跡」でも引用したが、『やきもの鑑定入門』(芸術新潮編集部、1983年)の中で、土門拳が「わが信楽」として「信楽の壺にみられるそれらの魅力のすべては、天工になるものである」と言うとおり、信楽の魅力は土そのものの魅力である。
しかし、こんな工芸品になってしまってはとても手が届かない。お店も売れるとは思っていないだろう。
結局、私が買ったのはアウトレットとして300円で売られていた波佐見焼のお椀である。写真ではわかり難いが瑠璃色をしている。
2 件のコメント:
信楽焼の思い出は、公庫時代港区に本社工場を構える印刷会社が墨田区に移転せざるを得なくなり、その一部をお手伝いしました。その竣工の記念品が信楽焼の大きな皿でした。何故信楽焼だったかを想像すると、父の会長の出身が滋賀県であること、社長本人が焼き物好きであったことです。社長は、この後会社を売って、山梨県で陶磁器工房を始めたと聞きました。なかなか立派な会社でしたが。。。。。皿は我が家の押入れで眠っています。
コメント、ありがとうございます。信楽焼で、狸の置物が有名になったのは明治になってからであり、本来は日常で使用される大物の壺や皿を得意としていました。その皿も何かに使ってあげるといいですが、大き過ぎますかな。
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