2025年11月25日火曜日

茜さす

 「茜さす」は日・紫の枕詞である。『万葉集』でこの枕詞が使われた和歌としては、下記の額田王の歌が大海人皇子(後の天武天皇)が返した歌とともに有名である。

額 田 王:あかねさす 紫野行き 標野(しめの)行き 野守は見ずや 君が袖振る
大海人皇子:紫草(むらさき)の にほへる妹を 憎くあらば 人妻故に 我れ恋ひめやも

 額田王と大海人皇子はかつて夫婦で、別れた後で額田王が天智天皇の後宮に入っていた時に詠まれたことから、俗に「不倫の歌」とも言われる。

叶匠寿庵の「標野」(しめの)

 叶匠寿庵の「標野」という菓子はこの額田王の歌から名付けたものであり、同社の包装紙にも額田王と大海人皇子の歌が印刷されている。「茜さす」の言葉どおり「標野」は茜色したゼリー状のお菓子である。
 このことは二冊目の拙著『やっぱり滋賀が好き』で書いた(138~140頁)。もともと一冊目の拙著『「びわ湖検定」でよみがえる』で触れようとしたが、同書は懸賞でありスポンサーのたねやに配慮して書けなかった。
 叶匠寿庵とたねやは滋賀県を代表する和菓子メーカーで競合関係にある。『「びわ湖検定」でよみがえる』では企業名を出さずに触れる(218頁)のが精一杯だった。

たねやの「ラ コリーナ 近江八幡」マップ

 たねやは洋菓子部門のクラブハリエのバームクーヘンが好調で、業容拡大が続いている。2015年にお菓子のテーマパーク「ラ コリーナ 近江八幡」をオープンさせ、売上は過去最高を更新している。
 2025年3月には大津市に新店舗「LAGO(ラーゴ) 大津」が琵琶湖畔にオープンした。私も先日行ってみたが、とても繁盛していた。
 東京や大阪の有名百貨店では目立つ所でたねやのお菓子が販売されており、同社の好調さを物語っている。

叶匠寿庵の「寿長生(すない)の郷」苑内マップ

 一方の叶匠寿庵は、先代社長の芝田清邦氏が1985年に「寿長生の郷」を開苑し、今年で40周年となった。里山の風景を残した施設で、農業やお菓子作りを体験できる。
 私が芝田清邦氏と面談したのは一度だけだった(『やっぱり滋賀が好き』の139~140頁)。残念なことに2015年に68歳で亡くなられたが、まさに一期一会で今でも時々思い出して話がしたくなってしまう。
 一冊目の懸賞のスポンサーのたねやには申し訳ないが、私は叶匠寿庵の茜色の「標野」をこれからも買い続けるだろう。

4 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

京都が観光客で一杯なら、滋賀に来たら良いのに、と思ってしまいますが、もしかしてすでに沢山来ているんでしょうか。

大鯰 さんのコメント...

コメント、ありがとうございます。本投稿で触れたLAGOや比叡山坂本の鶴喜そばに多くの人が来ていると聞きましたが、逢坂の関を越えるのはそんなに容易ではないようです。

匿名 さんのコメント...

野守は見ずや君が袖振るーーーまるで昨日かおととい詠まれたような、とても千五百年前の歌とは思えない。人間て変わらないものなんだ。おそらく3千年後にこの歌をしっても同じ感懐をもつに違いない。そして茜色。この写真の菓子のように日本人だけ?がわかる微妙な色合い。

大鯰 さんのコメント...

コメント、ありがとうございます。そうですね、変わっていないような気もします。茜は素敵な色ですが、日だけでなく紫の枕詞にした万葉人の美的感覚に頭が下がります。