2025年12月24日水曜日

歌を捧げて

 当代の日本人女性ボーカリストとして私がまず名前を上げなければいけないと思うのは、山本潤子である。
 「赤い鳥」、「ハイファイセット」のボーカルとして知られ、彼女の高音の美しい歌声を信奉する人は少なくない。
 オフコースの「歌を捧げて」も、小田和正の伴奏で山本潤子が唄っている映像がインスタにある(貼り付けられないので、下記はバンドの伴奏)。

「歌を捧げて」 youtubeより

 荒井由実の名曲「卒業写真」は、1975年2月に発売されたハイ・ファイ・セットのデビューシングルである。
 荒井由実のセルフカバー・バージョンもあるが、山本潤子の声には適わない。荒井由実もわかっていたのだろう。
 「人ごみに流されて 変わっていく私を あなたはときどき 遠くでしかって」というサビで思い浮かべるのは山本潤子の声だ。

「卒業写真」 youtubeより

 大滝詠一、佐野元春とともにナイアガラ・トライアングルのメンバーである杉真理も山本潤子の声のファンである。
 アルバム『GOLDEN☆BEST/ハイ・ファイ・セット』の2枚目のCDは杉真理作品集で、その中に「Boy friend」という曲がある。
 別れた恋人を歌うバラードの名曲で、「背の高いマンションの」という歌詞から始まる高音は山本潤子でないと唄えないと思う。

「Boy friend」 youtubeより

 冒頭の「歌を捧げて」の歌詞には「あなたは少しだけ 疲れただけ」という部分がある。年末年始はゆっくり休むことにしよう。



2025年12月23日火曜日

流星(りゅうせい)

 年末にNHKでMrs. GREEN APPLEを特集していた。彼らの曲はよく知らないが、吉田拓郎の「流星」のカバーを聴いたことがある。
 2017年6月に発売されたトリビュートアルバム「今日までそして明日からも、吉田拓郎」に収録されている。
 若者に人気の3人組ポップロックバンドが吉田拓郎の曲をトリビュートしていることに正直言って驚いた。

Mrs. Green Appleの「流星」 youtubeより

 「流星」という曲の存在に気づいたのは、リコーのCMソングとして手嶌葵が唄っているのを聴いてからだ。
 『吉田拓郎 THE BEST PENNY LANE』の2枚目のCDで2曲目に収録されているのに、気づいていなかった。
 「君の欲しいものは何ですか 君の欲しいものは何ですか」と連呼する最後の歌詞が印象に残った。

手嶌葵の「流星」 youtubeより

 最後は本家本元の吉田拓郎の「流星」である。「たしかな事など何も無く ただひたすらに君が好き」という歌詞がいい。
 冬は空気が澄んで星空がよく見える。今朝の散歩はほぼ新月で空に月はなく、北斗七星がよく見えた。
 残念ながら流星を見ることはできなかったが、北斗七星をベースに北極星を特定することができた。

吉田拓郎の「流星」 youtubeより

 最後は南半球の夜空に輝くポーラースター、チェ・ゲバラ(6/13付け投稿を参照)の言葉で締めくくるとしよう。

 もし我々が空想家のようだと言われるならば
 救いがたい理想主義者だと言われるならば
 できもしないことを考えていると言われるならば
 何千回でも答えよう そのとおりだ、と


2025年12月17日水曜日

Last Christmas

 
"Last Christmas" youtubeより

 Wham!のLast Christmas、クリスマスソングの定番としてリリースから40年以上経つのに今もこの季節になると巷に流れる曲である。
 美しいメロディーラインが受けていると思うが、歌詞を読むと失恋ソングであり、おめでたいクリスマスには似つかわしくない気もする。
 このメロディの作者は作詞・作曲を担当したジョージ・マイケルで、リリースから1年半後にWham!は解散し、ソロ活動を開始した。

"Careless Whisper"  youtubeより

テレサテンが唄う"Careless Whisper"  youtubeより

 Wham!はラップも素晴らしいが、特徴のあるメロディはジョージ・マイケルの得意とするところである。
 上記のCareless Whisperもそんな曲の一つで、Wham!時代にリリースされており、印象的なサックスの前奏で始まる。
 日本でも多くの歌手がカバーしていて、テレサ・テンがコンサートで英語で歌っているのを聴いたこともある。

"One More Try" youtubeより

 ジョージ・マイケルはゲイで、公然わいせつ事件をきっかけにカミングアウトした。そのほぼ20年後、53歳の若さで亡くなった。
 たくさんの良い曲を残したが、ソロになって最初のアルバム"Faith"から"One More Try"を選ぶことにしよう。
 1988年4月のリリースで、私がニューヨークにいた頃にMTVでもよく流れていたと記憶している。

 好きな人に切々と想いを伝えるバラードの名曲で、"Maybe just one more try"という最後の歌詞が心を打つ。


2025年12月15日月曜日

砂漠の薔薇

 砂漠の薔薇という天然石を博物館で見たことがあるが、今回書こうとしているのはビリーバンバンの歌である。
 ビリーバンバンが「さよならをするために」を唄った1972年2月は、まだ中学校の低学年だった。
 兄弟デュオだったが、兄の菅原孝が今年9月に亡くなった。弟の菅原進はソロとしても活躍している。

「砂漠の薔薇」 youtubeより

 麦焼酎・いいちこのCMソングが有名になったが、「砂漠の薔薇」が使用されたのは1999~2001年である
 「暮れなずむ西の空 いにしえに帰る風」で始まる歌詞には、「出遭いも別離も 蜃気楼」という部分がある。
 人との出遭いは楽しいが別離は辛い、全ては蜃気楼だったと思いたくなる気持ちは分からなくはない。

「君と行く明日」 youtubeより

 あまり知られていないと思うが、私が好きな曲を2曲紹介したい。1曲目は「君と行く明日」である。
 2011年11月発売のアルバム『君が幸せでありますように』にヒット曲「また君に恋してる」とともに収録された。
 サビの「それでも僕は決して君をあきらめないから かならず僕はかならず君を守るから」という部分が私は好きだ。

「君が生まれた日」 youtubeより

 「君が生まれた日」は2014年10月発売のアルバム『愛という名の、自由と不自由』に収録された。
 サビに「君が生まれた日 僕が口づけた日 僕がうまれ変わった日 君と手を繋いだ日」という部分がある。
 「最後の恋とわかっていた」で始まるこの曲は、中年になった後の運命的な出逢いを唄っているような気がする。


2025年12月13日土曜日

丸紅ギャラリー

  今日、丸の内オアゾで友人との昼飲みがあったので、その前に竹橋にある丸紅ギャラリーへ行ってみた。
 地下鉄東西線の竹橋駅で降りて3aの出口直通で丸紅本社に入り、エレベーターで3階へ上るとギャラリーがあった。
 「着こなしの変遷」と題した企画展が催されていて、知人からもらったチケットで入場することができた。

以上3点とも丸紅ギャラリーのホームページより

 江戸時代後期から明治時代に至る着物が展示され、上記の写真のとおりいずれも色彩や艶が素晴らしかった。
 このような着物は果たして現在の技術で再現することが可能なのだろうか、と思わせる程見事なものだった。
 こういう品を見ると、世の中は進歩しているのか、進歩は人間の幸福に繋がっているのか疑問さえ感じてしまう。

丸紅ギャラリーの入口の説明

 丸紅ギャラリーの入口には、上記のとおり「丸紅の歴史と美術コレクション」という年表がある。
 「丸紅誕生への道程」に「一人の近江商人の“持ち下り商い”の旅に端を発する丸紅の歴史」と記載されている。
 丸紅と伊藤忠商事は近江商人の伊藤忠兵衛が創業したものであるが、残念ながら受付嬢は知らないようだった。

 歴史学者のE.H.カーは『歴史とは何か』(岩波新書、1962年)で「歴史とは現在と過去との対話である」と述べている。

2025年12月12日金曜日

ダスティン・ホフマンになれなかったよ

 先日、朝の散歩中に大塚博堂の曲を思い出してしまった。1981年5月に37歳という若さで亡くなったシンガーソングライターである。
 東洋音楽大学(現:東京音楽大学)声楽科中退という経歴を持ち、情熱的に歌い上げる声に特徴がある。
 1978年9月発売の『めぐり逢い紡いで』は、1978年12月に布施明がNHK紅白歌合戦で唄って話題になった。

『めぐり逢い紡いで』

 1979年10月に発売された『青春は最後のおとぎ話』は学生時代の恋が終わりを告げることを歌ったものである。
 大原麗子が主演した日本テレビのドラマ『聖女房』の主題歌に採用されたとのことであるが、残念ながら見ていない。
 サビの「自由という名の魔法が消えたら とたんに大人になるだけ」という歌詞はドラマの内容と合っていたのだろうか。 

『青春は最後のおとぎ話』

 最後は代表作の『ダスティン・ホフマンになれなかったよ』である。デビューシングルとして1976年6月に発売された。
 ダスティン・ホフマンが映画『卒業』のラストシーンで結婚式が行われている教会から花嫁を奪って逃げたことが題材である。
 歌の方では、結婚して二人の子供ができた後で再会した恋人に「ダスティン・ホフマンになれなかった」と嘆いている。

『ダスティン・ホフマンになれなかったよ』

 結婚して子供が生まれたかつての恋人と会うシーンを唄った曲は結構ある。やはり男性の方が未練がましいのだろうか。






2025年12月9日火曜日

めぐり逢い

 アンドレ・ギャニオンの曲を初めて聞いたのは、確かリザクゼーションスペースRaffineでリフレクソロジーの施術を受けていた時だった。
 イージーリスニングと昔から言われる分野であるが、Raffineのリフレクソロジーとともに心地よく感じられて記憶に残った。
 セラピストの女性に流れている曲の作者を尋ねて、アンドレ・ギャニオンというカナダ人ピアニストの名前を知った。

『愛につつまれて』 youtubeより

 いい曲が多くて選ぶのに迷うが、私が好きな曲を三つ取り上げてみる。最初は、上記の『愛につつまれて』である。
 幼い頃に母親にだっこしてもらった記憶を思い出すような、そんな気持ちになる。思わずうたたねしたくなってしまう。
 続いて二つ目は、下記の『かすかな予感』である。静かに始まるが、終わりは船が大海原へ出ていくような感じになる。

『かすかな予感』 youtubeより

 最後は、アンドレ・ギャニオンの代表作『めぐり逢い』である。たぶん多くの人がどこかで聴いたことがあるのではないだろうか。
 「いいちこ」のCMで有名なビリー・バンバンの歌詞付きバージョンもいいが、自由にイメージできるInstrumentalの方がいい。
 それにしてもRaffineの出店ペースはすごい。最寄りのJRの駅にも新しくできた。それだけ癒しが必要とされているということだろうか。

『めぐり逢い』 youtubeより





2025年12月8日月曜日

功成り名遂げて

 「 功成り名遂げて身退くは天の道なり」は老子の言葉である。81章にわかれている『老子』の9章に書かれている。
 私は、日本公庫大津支店に勤務していた時、この言葉をある中小企業経営者の弔辞の一部に使用したことがある(『やっぱり滋賀が好き』152頁を参照)。
 このたび改めて言葉の意味を知りたくなり、当時読んだ書籍が見つからないので、文庫本を3冊購入した。


 まず、Amazonで評価の高かった『老子・荘子の言葉100選』(知的生きかた文庫、2008年)をネットで購入した。
 「春は春の仕事を終えると夏に地位をゆずる」とあり、ポストオフ後に定年まで勤めた友人の苦労が説明してあった。
 説明があっさりしていて少し物足りなかった。老子と荘子の言葉を50ずつ取り上げるとすれば簡単にならざるを得ないのだろう。


 そこで近所の本屋へ行き、店員に教えてもらって『老子 無知無欲のすすめ』(講談社学術文庫、1997年)を新刊で購入した。
 「持してこれを盈たすは(身の引きどき)」とあり、「いつまでも器をいっぱいにして満たしつづけようとするのは、やめたほうがよい。」と書いてある。
 因みに、使用した底本のまま「功遂げて身の退くは」となっており、「名遂げて」の部分は別の原典によるものであると説明している。


 最後に、ブックオフで『老子』(岩波文庫、2008年)を購入した。先日の書店にもあったのだが、新刊で2冊買うのを躊躇っていた。
 説明は似たようなもので、「盈ちたりた状態を失わぬように保ち続けるのは、やめておいた方がよい。」と書いてある。
 この本でも「功遂げて身退くは、天の道なり。」となっており、「『成』、『名』は後世の挿入であろう。」と注釈が付いている。

 講談社学術文庫の解説には、「『無知無欲』であれ、『無為』であれと、老子は主張する。」と書かれている。私は身退いたが、無欲にはなれそうもない。




2025年12月7日日曜日

20歳のめぐり逢い

 落ち葉に風が吹いているのを見て「風に震えるオレンジ色の 枯葉の舞いちる停車場で」という歌詞を思い出した。シグナルの「20歳のめぐり逢い」である。
 いわゆる一発屋で、1975年9月にリリースされたデビュー・シングルがこの曲である。この曲以外にシグナルの曲を私は知らない。
 ウィキペディアによれば、オリコンチャートの最高順位は週間14位ということであるが、結構長くヒットしていたと思う。

「20歳のめぐり逢い」 youtubeより

 一発屋の曲を取り上げればきりがないが、知らない人が多いと思うので、まがじんの「愛の伝説」を一曲だけ取り上げる。
 1973年10月から1974年3月まで、日本テレビ系列で放送されたテレビドラマ『さよなら・今日は』のオープニングに採用された。
 ドラマは見なかったが、歌詞の「ほほえみを忘れたさなかたちの群れが 地下鉄の入口ながれていくよ」という部分が記憶に残っている。

「愛の伝説」 youtubeより

 その光景は現在も全く変わっていない。たとえ一発屋で終わっても、いい曲が一曲あればそれでいいと思う。


2025年12月6日土曜日

看板犬・リク

 お茶の水の眼科へ行くついでに千代田区神田小川町にある大喜靴店へ立ち寄った。看板犬のリク君に会うためである。
 以前に勤めていた会社が近くにあって、靴を買いに大喜靴店へ行ってリク君の存在を知ってから7、8年経っている。
 最初に見た時は店内に寝そべっていて、そばに「またいでください」と書いてあった。それくらい大人しい犬である。

リク君

 リク君のファンは多い。近所の小学生たちがリク君に会いにお店にやって来る。リク君は適当に相手をしている。
 保護犬だったものを店主の北城さんが引き取ったと聞いている。こんなに可愛い犬を虐待する人の気が知れない。
 リク君には人の心がわかるのだろう。純粋な小学生たちは何もしないことがわかっているから身を任せている。

横向きのリク君

 私はペットフードでリク君の気を引こうとするが、なかなか相手をしてもらえない。魂胆を見透かされているのだ。
 それでも私はたまにリク君に会いたくなる。見るだけで気持ちが落ち着くのは、どうしてなんだろう。
 残念ながら今回は会えなかった。写真は過去のものである。リク君のおかげで、私の靴は大喜靴店だらけになってしまった。


2025年12月5日金曜日

近江牛(ふるさと納税・返礼品)

  近江牛は、松坂牛、神戸牛と並んで日本三大和牛の一つとされる。高級品でなかなか買えないので「ふるさと納税」の寄附金の返礼品にしたことがある。
 それ以来、年末近くになると近江八幡市から「ふるさと納税」の案内が郵送で届くようになった。返礼品として最初に掲載されているのは近江牛である。
 いろいろ業者があるが、私は『「びわ湖検定」でよみがえる』に登場する上田氏(169頁)が社長だった千成亭(社名は出していない)を選んだ。

近江牛のステーキ(近江八幡市のカタログ)

 このブログでも取り上げた、たねやの洋菓子部門クラブハリエのバームクーヘンも「近江八幡自慢の品」として掲載されている。
 8個入で13,000円だから、結構いいお値段である。18個入りになると31,000円で、近江牛にも引けを取らない価格である。
 「市内の観光名所ともなっている『ラ コリーナ近江八幡』から、本物の味をお届けします」と書かれており、力の入れようがわかる。

バームクーヘン(近江八幡市のカタログ)

 変わったところでは、このブログでも取り上げたヴォーリズが設計したウォーターハウス記念館の宿泊券が掲載されている。
 国登録有形文化財に1泊できるもので、定員7名の素泊まりで440,000円である。1名当たり約60,000円と安くはないが良い記念になるだろう。
 近江兄弟社のメンターム(11月14日付けのヴォーリズの投稿を参照)ではさすがに単価が低すぎるのか、返礼品にはなっていない。

ウォーターハウス記念館(近江八幡市のカタログ)

 他にも西川の寝具やイワタニのガスボンベなど近江八幡市の返礼品はバラエティーに富んでいるが、今年は寄附を見送ることにした。




2025年12月4日木曜日

氷の世界

  今朝は今年一番の寒さで、散歩しながら井上陽水の「氷の世界」を思い出した。吉田拓郎と並ぶニューミュージックの二大巨頭である。
 陽水の実家が歯科医で本人も歯科大学を目指していたが、受験に失敗してシンガーソングライターの道へ進んだことはよく知られている。
 流れるようなメロディと歌詞が特徴で、拓郎のようなメッセージ・ソングではなく、やや斜に構えた感じが好きだった。

「氷の世界」 youtubeより

 アルバム『氷の世界』は1973年12月のリリースで、ウィキペディアによれば日本レコード史上初の100万枚販売突破だそうである。
 収録されている曲はいずれも秀作であるが、その中から1曲を取り上げるとすればシングルカットされた「心もよう」だろう。
 サビの部分で「さみしさだけを手紙につめて ふるさともすむあなたに送る」から流れるように続く歌詞がいかにも陽水らしい。

「心もよう」 youtubeより

 最後は、「心もよう」のシングルカットより早く、1973年3月にシングルでリリースされた「夢の中へ」である。
 斉藤由貴が1989年4月にカバーしたのでそちらの方が有名かもしれないが、歌詞のなげやりな感じは陽水ならではだと思う。
 「探しものは何ですか?」で始まる歌詞は「夢の中へ 行ってみたいと思いませんか?」で終わるが、あなたの探しものは何ですか?

「夢の中へ」 youtubeより


2025年12月2日火曜日

サイレント・イヴ

  そろそろ巷にクリスマスソングが流れる頃になってきた。クリスマスソングは山ほどあるので、興味本位に取り上げてみる。

『サイレント・イヴ』 youtubeより

 まずは、辛島美登里の『サイレント・イヴ』。出だしの「真白な粉雪」という歌詞が印象的で、女性ボーカルにぴったり合う。

『最後のHoly Night』 youtubeより

 続いて、杉山清貴の『最後のHoly Night』。オメガトライブ解散後にソロデビューした2ndシングルで、JALのCMソングだった。

『クリスマス・イブ』 youtubeより

 最後は、山下達郎の『クリスマス・イブ』。JR東海のCMソングとして使用され、深津絵里の映像とともに記憶に残っている。

 こうして並べてみるといずれも失恋の曲ばかりである。ハッピーエンドとはなかなか行かないようだ。





2025年11月30日日曜日

晩夏

  久しぶりに書籍の紹介を投稿したい。シュティフターの『晩夏』である。プロフィールの「お気に入りの本」の一番目に書いている。
 この本のことを知ったのは、私が好きな辻邦生のエッセイか何かで、影響を受けた作品の一つとして書かれていたのを読んだ時だった。
 アマゾンで調べてみると文庫本に破格の値段が付いていた。上巻を本屋で購入し、下巻もかなり経ってから偶然見つけて定価で購入することができた。 

『晩夏』(集英社版・世界文学全集31)

 文庫本は友人に貸し出したので、現在持っているのは集英社版・世界文学全集31の単行本である。1979年10月の発行となっている。
 巻末の解説で訳者の藤村宏氏は次のとおり書いている。

 『晩夏』という小説は、読まれることがすくないのに、かなり有名な作品である。
 その理由は、この小説の評価がほとんど極端と言っていいほど、プロとコントラ(賛否)
 に分かれているからである。

 続いて解説では、「ニーチェは、繰返して読むに値する僅かな作品の一つとして、『ドイツ文学の宝』と推賞した」と書かれているが、皆さんはどうだろうか。

2025年11月28日金曜日

冬が来る前に

  暦の上ではもう冬になったが、今は秋から冬に向かっている感じだろう。朝晩冷えるようになったものの、寒さの本番はこれからである。
 そんな季節には「紙ふうせん」の『冬が来る前に』を思い出す。解散したフォークグループ「赤い鳥」のメンバー2名による夫婦デュオである。
 1977年のリリースというから50年近く前になるが、ボーカル担当の女性の「冬が来る前に もう一度あの人と めぐり逢いたい」という声が耳に残っている。

『冬が来る前に』 youtubeより

 秋から冬に移るのを歌ったものとして『秋冬』という曲がある。マイナーな曲だから知らない人も多いだろう。
 数名の歌手が歌っているが、私は三ツ木清隆バージョンで聴いた。1983年12月にシングルが発売されている。
 サビの部分の「季節の変わりめを あなたの心で 知るなんて」という歌詞が寒い季節に心に沁みる。 

『秋冬』 youtubeより

 最後に、冬になった後の曲として、北海道出身のフォークデュオ「ふきのとう」の『白い冬』を取り上げる。
 「あなたに逢えた秋はもう遠く 迎えつつあるは悲しい白い冬」という歌詞でわかるとおり、失恋の歌である。
 サビの部分は「もう忘れた 全てあなたの事は 秋の枯れ葉の中に捨てた」となるが、冬は別れの季節である。

『白い冬』 youtubeより



2025年11月25日火曜日

茜さす

 「茜さす」は日・紫の枕詞である。『万葉集』でこの枕詞が使われた和歌としては、下記の額田王の歌が大海人皇子(後の天武天皇)が返した歌とともに有名である。

額 田 王:あかねさす 紫野行き 標野(しめの)行き 野守は見ずや 君が袖振る
大海人皇子:紫草(むらさき)の にほへる妹を 憎くあらば 人妻故に 我れ恋ひめやも

 額田王と大海人皇子はかつて夫婦で、別れた後で額田王が天智天皇の後宮に入っていた時に詠まれたことから、俗に「不倫の歌」とも言われる。

叶匠寿庵の「標野」(しめの)

 叶匠寿庵の「標野」という菓子はこの額田王の歌から名付けたものであり、同社の包装紙にも額田王と大海人皇子の歌が印刷されている。「茜さす」の言葉どおり「標野」は茜色したゼリー状のお菓子である。
 このことは二冊目の拙著『やっぱり滋賀が好き』で書いた(138~140頁)。もともと一冊目の拙著『「びわ湖検定」でよみがえる』で触れようとしたが、同書は懸賞でありスポンサーのたねやに配慮して書けなかった。
 叶匠寿庵とたねやは滋賀県を代表する和菓子メーカーで競合関係にある。『「びわ湖検定」でよみがえる』では企業名を出さずに触れる(218頁)のが精一杯だった。

たねやの「ラ コリーナ 近江八幡」マップ

 たねやは洋菓子部門のクラブハリエのバームクーヘンが好調で、業容拡大が続いている。2015年にお菓子のテーマパーク「ラ コリーナ 近江八幡」をオープンさせ、売上は過去最高を更新している。
 2025年3月には大津市に新店舗「LAGO(ラーゴ) 大津」が琵琶湖畔にオープンした。私も先日行ってみたが、とても繁盛していた。
 東京や大阪の有名百貨店では目立つ所でたねやのお菓子が販売されており、同社の好調さを物語っている。

叶匠寿庵の「寿長生(すない)の郷」苑内マップ

 一方の叶匠寿庵は、先代社長の芝田清邦氏が1985年に「寿長生の郷」を開苑し、今年で40周年となった。里山の風景を残した施設で、農業やお菓子作りを体験できる。
 私が芝田清邦氏と面談したのは一度だけだった(『やっぱり滋賀が好き』の139~140頁)。残念なことに2015年に68歳で亡くなられたが、まさに一期一会で今でも時々思い出して話がしたくなってしまう。
 一冊目の懸賞のスポンサーのたねやには申し訳ないが、私は叶匠寿庵の茜色の「標野」をこれからも買い続けるだろう。

2025年11月24日月曜日

Raleigh(ラレー)

  Raleigh(ラレー)はイギリスの老舗自転車メーカーである。同社のホームページによれば1887年にノッティンガム・ラレーストリートで立ち上げられた。
 日本では新家工業が完成自転車の輸入・販売を長年行っていたが、本投稿のため調べていて、2025年12月末を目途に撤退すると先日発表したと知った。
 ホームページに「約130年の歴史、自転車の歴史はラレーの歴史といっても過言ではない」と書かれているが、その名車の販売がなくなるのだろうか。

Raleighのクロスバイク①

 私は5年程前にラレーのクロスバイクを購入した。BD-1を広島へ送った後、クロスバイク風の自転車に乗っていたが、本格的なものが欲しくなった。
 たまたま近所の自転車屋がラレーの取扱販売店で、以前からいい自転車だと思っていた。コロナ禍で市から購入補助があり定価より安く購入できた。
 ラレーの特徴はクロモリフレームである。クロムとモリブデンを含み普通鋼より約3倍の強度を有する合金のクロモリ鋼を素材として使用している。

Raleighのクロスバイク②

 最近はアルミフレームの自転車が多くなったが、高鋼性過ぎるため、クロモリフレームの方が「しなやか」といわれる(ラレー社のホームページを参照)。
 実際に乗ってみると長時間の走行でも疲れ難い。軽いので坂道も楽だし、必死で漕がなくてもそれなりのスピードが出ている。
 スタートダッシュではアシスト付きのママチャリに負けるが、しばらくすると追い付く。ポタリングにはぴったりの自転車だと思う。



  冬になって風を感じるようになった。風を題材にした歌はたくさんある。はしだのりひことシューベルツの1969年のヒット曲『風』もその一つである。
 「人は誰もただ一人旅に出て 人は誰もふるさとを振りかえる」で始まる歌詞は「ちょっぴりさみしくて振りかえっても そこにはただ風が吹いているだけ」と続く。
 はしだのりひこは、シューベルツ『風』の他に、クライマックスで1971年に『花嫁』、エンドレスで1973年に『嫁ぐ日』とそれぞれヒット曲を出している。

『風』 youtubeより

 風というグループもあった。かぐや姫が解散した後、伊勢正三(正やん)が大久保一久と1975年に結成したフォークデュオである。
 正やんは私が最も好きなシンガーソングライターの一人で、優れた曲がたくさんあるが、1976年の『3号線を左に折れ』を取り上げる。
 「3号線を左に折れ 海へと向う道に吹く風 今はもう冷たく右腕をなでる」という歌詞の国道3号線は福岡から熊本を経て鹿児島へ至る国道である。

『3号線を左に折れ』 youtubeより

 最後は、ユーミンこと松任谷由美の名曲『埠頭を渡る風』である。出だしのメロディから埠頭を渡って風が吹いている。
 サビの部分で「もうそれ以上 もうそれ以上 優しくしなくていいのよ」という歌詞には何度聴いても涙が出そうになる。
 どうして風が吹くのか、その構造を理解していないが、風は街や道や埠頭だけでなく人の心の中にも吹くものらしい。
 
『埠頭を渡る風』 youtubeより
 




2025年11月23日日曜日

タイガーマスク

  『心の友』を投稿した時に、アニメ『さすらいの太陽』の挿入歌である『心のうた』に触れたが、アニメソングとして忘れられない曲がもう一つある。
 それは『タイガーマスク』のエンディングテーマである。題名がわからなかったのでネットで調べたところ『みなしごのバラード』だった。
 アニメの放送は1969年10月~1971年9月だったから50年以上前のことになるが、哀しい歌詞が現在でも記憶に残っている。

『みなしごのバラード』 youtubeより

 「あたたかい人のなさけも 胸をうつあつい涙も 知らないでそだったぼくは みなしごさ」で始まる歌詞が子供向け番組に不似合いだと感じた。
 アニメ自体が、悪役レスラー養成機関の「虎の穴」を卒業したタイガーマスクが裏切り者として「虎の穴」からの刺客と戦うという複雑なものだった。
 もうすぐクリスマスで毎年のようにタイガーマスクと称した人物からのプレゼントが話題になるが、この歌のことが忘れられない。
 
 

2025年11月21日金曜日

西教寺

 大津市坂本にある西教寺は元三大師が建てた草庵に始まると言われ、明智光秀一族の墓が立っていて、私が好きな寺の一つである。

 今回で西教寺へ行ったのは3回目になる。1回目は、2009年12月に元三大師の1025回忌で特別公開された角大師像を見に行った(『「びわ湖検定」でよみがえる』の226頁を参照)。
 2回目は2018年1月に初詣に出かけてそのまま日吉大社にもお参りし、さらに新羅善神堂と新羅三郎義光の墓へ行った(6月6日付け投稿の『アーネスト・F・フェノロサ①』を参照)。
 今回は2025年11月であり、計算している訳ではないが、ほぼ8年ごとに訪問していることになる。なお、2回目と今回はおごと温泉から歩いている。

西教寺の総門

 おごと温泉から距離にして3キロ、徒歩で45分以上かかる。その上、比叡山の麓に向かっていくので、長い坂を上っていくことになる。
 2回目の時は道に迷って余計に時間がかかったが、今回は道を間違えなかったもののかなり距離があり、やっとのことで総門に辿り着いた。
 しかし、今回は2,3年前から拝観料が必要となっており、拝観時間の9時前なので境内の中には入れず、おごと温泉にそのまま引き返した。

 8年も経つといろいろなことが変わってくる。総門の近くで話をしたお寺の人は「お守りをするのも大変」と話しておられた。

2025年11月19日水曜日

In My Life

 たくさんあるビートルズの曲の中では地味な曲だが、私は“In My Life”が好きである。淡々と過去を振り返って、思い出の場所や人を懐かしむ感じで曲は始まる。しかし、今の君と比べられるものはないというラブソングになるのは流石である。

“In My Life”   Youtubeより

 ビリー・ジョエルにも“My Life”という曲があるが、内容はかなり異なる。ウェストコーストへ行って成功した友人がいろいろと心配してくる。しかし、最後は友人に“Leave me alone”(ほっといてくれ)と言い放つ。

“My Life ”  YouTube より

 まだ経験したことがないが、美女に囲まれて言ってみたい、“Leave me alone”

2025年11月17日月曜日

BD-1

 BD-1とはドイツのr&m社の折りたたみ自転車のことである。2015年からBirdy へ名称変更されている。
 私は雑誌で紹介されていたのを見て気に入り、2000年に購入した。近所の自転車屋にはなかったので新宿まで出かけた。
 最大の特徴は前後輪にサスペンションがついていることである。折りたたみ自転車では他にないのでないだろうか。

BD-1の2000年モデル

 東京で乗っていたが、毎回折りたたむのが面倒で広島へ送った。帰省時に乗っていたが、調子はイマイチだった。
 もうダメかと思っていたが、自転車屋で大丈夫と言われた。それ以来空気を入れて乗っているが実に乗り心地がいい。
 ネットで調べると初代モデルらしい。帰省先で折りたたまないで玄関に置いており、モールや駅へ行くのに重宝している。

家庭ゴミの直接持込

 家事の中で一番大変なのはゴミ捨てではないだろうか。今回、単身帰省してゴミ捨ての大変さがよくわかった。
 住民登録せず町内会にも入らないのでゴミ捨て場が使えず、環境センターへ家庭ゴミを直接持ち込むことになる。
 環境センターは帰省先の家と道路を隔てた丘の上にある。小学校の頃は現在はなくなった煙突が見えたのを思い出した。

帰省先の近くの環境センター

 キャリーカートにゴミ袋を乗せて運んでいると車が追い越して行く。家庭ゴミの直接持込は結構多いがほとんど車である。
 受付で事情を説明し、公共料金の支払がわかる書類と運転免許証を見せると了解してもらえた。違反防止のチェックは厳しい。
 その後は分別済のゴミを引き取ってもらうだけである。順調だったが、伐採した植木が太さ制限に引っかかってしまった。

Amazonで購入したナタ

 観葉植物のユッカを鉢植えのまま屋外に出していたら、鉢を壊して根が伸びて大きくなり過ぎてしまった。
 なんとか引っこ抜いて幹を横切りしたが、太さ制限以上なので引き取れないと言われた。幹より根はもっと太い。
 Amazonでナタを購入し苦労して制限内の太さに割った。本日、植木のゴミを全て環境センターに引き取ってもらった。

 環境センターの皆さん、お世話になりました。




2025年11月16日日曜日

心の友

 『永遠の嘘をついてくれ』を投稿した際、昭和を代表する三人目の女性シンガーソングライターのことに触れた。
 私の頭の中にあるのは五輪真弓である。中学生の時、通学途中に『少女』をジュークボックスで聴いた記憶がある。
 和洋どちらとも言い難いメロディだと思った。ルッキズムの被害にあったが、『恋人よ』以外にもいい曲がたくさんある。

『少女』YouTube より

 東南アジアで流行っている曲として『心の友』の存在を知った。優しい歌詞で穏やかなメロディ
であり、どこでも受けるだろう。
 「愛はいつもララバイ 旅に疲れた時 ただ心の友と 私を呼んで」という歌詞は、傷ついた人の心を癒してくれるに違いない。
 こんなにシンプルでいい曲を作ることができる人は天才である。オリジナリティはもっと評価されてもいいと思う。

『心の友』YouTube より

 『心』が曲名に入ったものとして、五輪真弓ではないが『心のうた』を取り上げたい。アニメの『さすらいの太陽』の挿入歌である。
「歌は私の友達だから 苦しい時も私の味方」という出だしの歌詞に何度か助けられた。現在でも辛い時に口ずさみたくなる。
 私は歌が好きなので、何かの拍子に忘れていた曲がよみがえることがある。そんな時は頭の中でその曲を歌っている。



落陽

 私はいわゆるニューミュージック世代で、井上陽水、吉田拓郎、小椋佳といったシンガーソングライターの曲が好きである。
 なかでも吉田拓郎は同じ広島出身ということもあり、字余りの歌詞をメロディに乗せるのが実に上手いと思う。
 『吉田拓郎 THE BEST PENNY LANE』に収録された曲はどれも好きだが、一曲だけ選ぶとすれば『落陽』になるだろう。

『落陽』YouTube より

 『PENNY LANE』では『落陽』の前の曲が『襟裳岬』である。襟裳岬から苫小牧へ行きフェリーに乗ったのではないか。
 この曲は森進一が歌って有名になったが、拓郎バージョンを聴くと本来の感じがわかる。やはり作った人にはかなわない。
 歌詞の中に「身構えながら話すなんて ああ 臆病なんだよね」という部分があり、全くその通りだと思う。

『襟裳岬』YouTube より

 『落陽』の後の曲は『唇をかみしめて』である。ドラマの主題歌に採用され、広島弁で歌われている。
 二巡目の「理屈で愛など手にできるもんならば この身をかけても すべてを捨てても 幸福になってやる」という歌詞がせつない。
 ただ、広島弁の歌ならば、フジカラーのCMの「色っぽいということはええことなんよ〜」の方が個人的には好きである。

『唇をかみしめて』YouTube より

2025年11月14日金曜日

ウィリアム・メレル・ヴォーリズ

 先日、広島へ帰省する途中で近江八幡のホテルに一泊した翌日、早朝に日牟禮八幡宮へお参りに出かけた。
 普段の朝の散歩と同じように5時頃にホテルを出て八幡山へ向かって歩く。日の出は6時20分頃なので、通りはまだ暗い。
 40分くらいかかって何とか鳥居に辿り着いた。拝殿の入り口まで行ったが、怖くて境内には入れなかった。

一柳(ひとつやなぎ)記念館
かつてのヴォーリズ夫妻宅

アンドリュース記念館
ヴォーリズ設計第一号

旧八幡郵便局

 参拝は諦めてヴォーリズ関連の建物を見て回ることにした。市内にはヴォーリズが設計した建物が点在している。
 ウィリアム・メレル・ヴォーリズは宣教師として来日し、近江八幡にあった滋賀県立商業高校の英語教師となった。
 メンソレタームで有名な近江兄弟社(同社はメンタームで販売)を創業、ヴォーリズ学園を設立し、子爵令嬢と結婚して日本国籍を取得した。

日牟禮八幡宮の鳥居

鳥居のそばの八幡堀

近江兄弟社のメンターム

 暗い街を道に迷いながら歩き回っているうちに夜が明けてきた。気を取り直して鳥居へもう一度行き、参拝を済ませた。
 ホテルへ帰る途中で近江兄弟社の本社前を通り過ぎる時、ヴォーリズの近江八幡への情熱はどこから来たのだろうと思った。
 結局、2時間近い朝の散歩になってしまった。朝風呂に入りバイキング形式の朝食でほぼ全品を食べて、やっと一息ついた。

2025年11月13日木曜日

Disgusting

 日本語で言うと「鼻持ちならない」と言う感じだろうか。私がこの言葉を耳にしたのは35年前のニューヨークだった。同じ職場にいた佐藤さんの口癖だった。
 翻訳の専門家として勤務していたのが佐藤紘彰氏だった。佐藤さんは英語俳句でも有名で、猪瀬直樹氏の『ペルソナ 三島由紀夫伝』を元に独自に書き加えた作品など、多くの著作がある。
 さすがに英語の達人で、私の英語など佐藤さんから見ると幼児に等しい。もっとも外国人の幼児の英語ですら私には十分に理解できているとは言い難いが。

『マンハッタンかるちゃあスクール』より
(佐藤紘彰、フリープレスサービス、1990年)

 普段の佐藤さんは酒好きの人の好いおじさんである。ニューヨークでは、佐藤さんがウォッカのスミノフ、私がバーボンのジャック・ダニエルのロックをいつも飲んでいた。
 職場の女性を誘って近くのバーで飲む時、佐藤さんからSpeak up(はっきり言って)と言われたが、早口でまくしたてる美人を前にしどろもどろだった。
 不思議な縁で現在もメールのやり取りがあり、拙著『やっぱり滋賀が好き』(31頁)に登場していただいた。その影響は甚大で、嫌なことがあるとこの言葉を口にしてしまう。

 Disgusting!

2025年11月11日火曜日

Just the Way You Are

 言わずと知れたBilly Joelの名曲で、1977年のリリースだが今でも時々耳にする。私がこの曲を初めて聴いたのは高校生の時だったと思う。
 同級生の家へ行った時、アルバム『ザ・ストレインジャー』のレコードをかけてくれた。三番目の曲が "Just the Way You Are"だった。
 一度聴いただけでいい曲だとわかった。あれからBilly Joelの曲をいろいろ聴いたが、やっぱりこの曲が一番いいと思う。


“Just the Way You Are” YouTube より

 メロディもいいが、歌詞が素晴らしい。わかり易い単語で素直な気持ちが伝わってくる。
 サビの部分で“l don’t want clever conversation. l never want to work that hard.”と歌った後に、次の歌詞が続く。
 “l just want someone that l can talk to. I want you just the way you are.” 全くその通りである。
 
 

2025年11月9日日曜日

八幡まつり

 日牟禮八幡宮の火祭りとして有名であるが、やはり大津にいた時には知らなかった。
 本殿の右手の説明の看板には、應神天皇近江行幸に由来すると書いてある。
 千数百年前に遡ることが出来、松明や太鼓も登場する大がかりなお祭りらしい。

本殿の右手の説明の看板

 應神天皇の近江行幸を伝えているというのは本当のように思える。
 そうでなければ、こんな風習がお祭りとして残ることはないだろう。
 八幡宮の総本宮がある宇佐から、やって来たのではないだろうか。





2025年11月7日金曜日

左義長(さぎちょう)祭

 日牟禮八幡宮の奇祭として知られているが、私が大津に以前住んでいた時は知らなかった。
 今回、近江八幡で一泊することになり、日牟禮八幡宮のことを調べていて、その存在を知った。
 全国各地にある旧正月を祝うお祭りの一つと考えられているらしい。

本殿の右手の説明の看板

 日牟禮八幡宮にお参りして、拝殿の左から本殿に向かうと、本殿の右手に説明の看板があった。
 そこには書いてないが、私が気になっているのは、左義長(「さぎちょう」)という祭の名前である。
 長い間忘れていたが、子供の頃は左利きを「ぎっちょ」呼んでいた。何か関係がある気がしてならない。

2025年10月30日木曜日

When October Goes

"When October Goes" youtubeより

 ニューヨークのブルックリン生まれのバリー・マニロウの曲である。私は10月の終わりになるとこの曲を思い出す。
 「10月が往く頃」という曲のタイトルが日本的だと思ったが、アメリカでも季節や年月が往くという感覚は共通なのだろう。
 曲の始まりは次のとおりである(拙訳は筆者)。

 And when October goes     そして10月が往く頃
 The snow begins to fly        雪が舞い始める
 Above the smokey roofs     鉛色の屋根の上を
 I watch the planes go by     飛行機が通り過ぎるのを見る
 The children running home     子供が家路を急ぐ
 Beneath a twilight sky      たそがれの空の下

 Oh, for the fun of them        嗚呼、みんな楽しみだった
 When I was one of them      私もその一人だった頃

 10月という冬の訪れを慈しんでいるように聴こえるが、歌詞の二巡目に入るとそうでないことがわかる。

 And when October goes      そして10月が往く頃
 The same old dream appears   同じ古い夢が現れる
 And you are in my arms        君は私の腕の中にいて
 To share the happy years     幸せな歳月を共に過ごす
 I turn my head away       私は顔をそむけて
 To hide the helpless tears       やるせない涙を隠す

 Oh how I hate to see October go    嗚呼、10月が往くのを見るのはなんて嫌だろう

 10月に別れた恋人を思い出し、幸せだった日々を懐かしんでいる。曲の終わりに向かってその気持ちは高まっていく。

 I should be over it now I know     乗り越えなければとわかっている
 It doesn't matter much      でもあまり変わらない
 How old I grow            どれだけ歳を取っても
 I hate to see October go        10月が往くのを見るのは嫌だ

もうすぐ10月が終わる。

2025年10月29日水曜日

Grandpa Kuma

 今回は、私がニューヨークで仕事をしていたときの同僚、Michelle Maiden(以下、ミシェルという)の絵本を紹介することとしたい。
 私がニューヨークにいたのは1990年の春から1年余りで、早いもので35年が経つ。思えば長い付き合いである。
 現在、ミシェルはイギリス在住で、このブログを読んでいる。日本語ができないので、googleで翻訳しているらしい。
 その割には反応が早く、メールでコメントを送ってくる。ブログを英語に翻訳して読んでいるのはおそらくミシェルだけだろう。

Amazonより

 彼女は以前から絵を描いていて、次のURL(michellemaiden.wixsite.com/illustrations)をクリックすると見ることができる。
 また、インスタグラム(https://www.instagram.com/michellemaiden_illustrations?igsh=MTZ1aHZxbHJyOTkzYQ==)もやっている。
 今回の絵本は2024年4月に発売されたが、それまで相当苦労したらしい。日本の書店で買うことはできないが、Amazonで購入可能である(https://tinyurl.com/3xczd96h)。

 ミシェルとは通路を挟んで隣の席だった。確か彼女からconstipation(便秘)という単語を教わったと思う。
 diarrhea(下痢)という単語しか知らなかった私がopposite of diarrheaと言うと、笑って教えてくれた。
 ミシェルの機嫌が悪い時、"Aren't you a little constipated?"(便秘気味じゃないのか)とからかったら、"You're gross!"(下品)とたしなめられた。

 最後は、ミシェルが"my favorite"(大好物)と言っていた奈良の伝統的なお菓子で終わることにしよう。
 それは"deer shit"、日本語で言うと「鹿のふん」である。形状が似ていることから付いた名前であるが、れっきとしたお菓子である。
 こんなことを書くと、"You're gross!"とまた言われそうだが、いい絵本なので購入をお勧めしたい。audio book付きで声も聴けます。
 

2025年10月28日火曜日

拙著の紹介

 私は、2012年6月に『「びわ湖検定」でよみがえる』、2017年10月に『やっぱり滋賀が好き』という2冊のエッセイを出版しています。
 2008年8月から2010年3月まで日本公庫大津支店に勤務した時の経験に基づき、2010年9月に第3回近江文庫ふるさと賞の懸賞に応募しました。
 大津支店に勤務している時に書いたのではなく、東京へ転勤する直前に本屋で募集要項を見て東京で6か月間かかって書き上げました。
 募集要項では400字詰め原稿用紙換算で300枚以上となっていたのに、ワープロの設定を間違えて500枚近く書いてしまいました。

第3回近江文庫ふるさと賞

 それまで会社の書類ぐらいしか書いたことがなかったので、多くの枚数が書けるだろうかと思い、細かく分けて書くことにしました。
 試しに、近江の自然、経済、歴史、文化に分けてテーマを考えてみたところ、50ぐらいのテーマを思い付くことができました。
 近江の自然や文物以外に、私が精神的に落ち込んで、「びわ湖検定」の受験などをきっかけに「よみがえった」ことを書いています。
 懸賞の商品として書籍化が決まっていましたが、本の出版により私の人生は大きく変わりました。現在に至る原点であり、ブログもその延長線上にあります。

『「びわ湖検定」でよみがえる』

 2冊目の『やっぱり滋賀が好き』は、1冊目で書けなかったことや書き足りなかったことをまとめて5年後に出版したものです。
 1冊目では懸賞のスポンサーに配慮して書けなかったことがありました。また、懸賞に応募する際、登場人物は仮名でした(出版時に了解を得て実名にしました)。
 2冊目は実名を出すことを前提に執筆し、滋賀のことだけでなく、私がお世話になった中小企業経営者の方々の素晴らしさについて書いています。
 私は日本公庫中小企業事業に34年間勤務し、中小企業経営者の方々に大変お世話になり、本の出版で感謝の気持ちを表すことができました。

『やっぱり滋賀が好き』

 ブログ『知命庵』をお読みになって私の書いたものに興味を持たれた方には、拙著の購入をお勧めします。
 1冊目と2冊目で内容的に繋がっている部分もありますが、どちらからでもお読みいただけるようになっています。
 購入を希望される方は、私のメールアドレス(skodama0601@gmail.com)宛てにご連絡ください。ご指定の住所にゆうメールなどでお送りします。
 価格は1冊目が2000円、2冊目が1800円で、僅かですが消費税と送料はおまけします(新刊の場合はAmazonより少しお得です)。

 因みに、1冊目も2冊目も私に著作権はありません。本が売れても儲かりませんが、書いたものを読んで欲しいという気持ちはあります。

(注)2冊の本について、出版社・新評論のホームページでの紹介ページはブログ『知命庵』からリンクしています。


2025年10月27日月曜日

御上神社

 囲炉裏「あみ定」で食事をした後、大津のビジネスホテルに泊まった。翌日、野洲にある三上山への登山を計画していた。
 しかし、天気が悪く雨となることが確実だと天気予報でわかったので、東京を出る前から御上神社の参拝に変更した。
 御上神社は三上山の山麓にあり、三上山を神体山として祀っている。、本殿は国宝であり、拝殿や楼門も国指定重要文化財である。

御上神社

 大津駅を始発で出発し、野洲駅に6時過ぎに着いた。野洲駅からはバスのつもりだったが、まだ走っていないので御上神社まで歩くことにした。
 駅南口からまっすぐ行った突き当たりを右折し国道8号線を道なりに歩いた。三上の交差点で登山口方面へ左折したため、道を間違えてしまった。
 御上神社は左手の山側だと思っていたが、国道8号線の右手だった。少し行き過ぎて間違いに気づき戻ったので1時間近くかかった。

本殿

 楼門をくぐって境内に入り、拝殿で参拝し本殿へ行こうとしたが、紐が張ってあって正面へ行けなかったので後ろを一回りした。
 楼門のところにあるおみくじを引いてから、休憩所でベンチに座りホテルで淹れたポットのコーヒーを飲んだ。おみくじはとても良かった。
 用事が済んだので、来た時と同じ道を野洲駅まで歩いた。約40分かかったが、毎朝1時間半の散歩をしているので苦にはならなかった。

本殿の説明板

 三上山は主峰が円錐型をしていることから近江富士と呼ばれているが、御上神社のあたりから見ても霧で隠れて頂上は見えなかった。
 地上は霧雨で大したことはなかったが、山の中は霧で大変だっただろう。今回は、やはり登山を中止して正解だった。
 次の機会に上る時には、コンパクトバーナーとキャンピングケットルを持参して、頂上でお湯を沸かしてコーヒーを淹れたい。

霧で頂上が見えない三上山

2025年10月26日日曜日

囲炉裏「あみ定」

  料亭「あみ定」のことは拙著『やっぱり滋賀が好き』の「瀬田川」の項で「あみ定」として触れている(147~149頁)。
 瀬田の唐橋で瀬田川を渡る途中の中州にあり、部屋から瀬田川を見ることができる。ボートを漕いでいる人もいて、のどかな光景である。
 今年4月に囲炉裏「あみ定」としてリニューアルオープンしたと聞いたので、このたび食事に出かけてみた。

瀬田の唐橋から見える囲炉裏「あみ定」の看板

 今回、私の食事に付き合ってくれたのは「近江の四季を楽しむ会」の佐藤さんと久保さんである。同会のことは拙著『「びわ湖検定」でよみがえる』で触れている(214頁)。
 同会を滋賀で開催しようということになり、お二人とも東京在住でまだ仕事をされているので週末のお昼にかけつけてくれた。
 料亭「あみ定」の元の女将さんも同席していただけることになり、華やかな席になった。私は本当に幸せ者である。

囲炉裏で炭焼きされる子持ち鮎

 お料理は「秋のコース」で、滋賀の食材を使った料理が並んでいる。この時期にしか食べられない子持ち鮎の塩焼きも追加することができた。
 お酒ももちろん滋賀の地酒で、「松の司」、「七本槍」、「浅芽生」、「浪の音」。どれを飲んでも美味いに決まっている。
 瀬田の唐橋にある囲炉裏「あみ定」で食事をすることで、まさに「近江の四季を楽しむ会」の趣旨に沿った開催となった。

囲炉裏「あみ定」から窓越しに見える瀬田の唐橋

 瀬田の唐橋は壬申の乱の時から存在する。戦乱のたびに焼かれ、姿や場所は変わっているが、こんな橋は日本のどこにも存在しない。
 京都から京阪電車で逢坂の関を越えれば瀬田の唐橋まで行くことができ、近くには紫式部が源氏物語を書いたことで有名な石山寺もある。
 囲炉裏「あみ定」が繁盛して欲しいと思うが、近江らしい静かな佇まいがいつまでも続くことを祈らずにはいられない。
 

2025年10月24日金曜日

Port Authority

  Port Authorityとは、ニューヨークのマンハッタンにあるバスターミナルのことである。私は2回行ったことがある。
 1回目はコンドミニアムの部屋の大家だったインド人のビジネスマン、いわゆる印僑の郊外の邸宅を訪ねた時だった。
 週末にPort Authorityからバスに乗るため、コンドミニアムから歩いて行った。無事に着いたが、大家が教えてくれたバスの発車場所がどこだかわからなかった。
 
Port Authority(Wikipediaより)

 警備員に尋ねようと胸のポケットからメモを取り出すと、「それは止めた方がいい。我々にはあなたが日本赤軍でないとはわからない」と警告された。
 ピストルを取り出すと判断して発砲する危険があるという意味だった。邸宅に着いて警備員にからかわれたと大家に話すと「それはマジだ」と言われた。
 私が「ニューヨークは人種のるつぼ(Melting pot)だから」と言うと、大家は「インドは3000年前からそうだ」と教えてくれた。


テディベア(Best Presentより)

 2回目にPort Authorityへ行ったのは職場のパーティの後だった。郊外行きのバスに乗るReceptionistの女性が「危険だからエスコートして」と言ってきた。
 イタリア系の若い頃はさぞかし綺麗だったと思われる中年の女性で、「米国に4種類の熊がいる」と言ってはいつも私をからかった。
 実際にいるのは、ホッキョクグマ、グリズリー、ブラックベアの3種類で、4つ目はテディベアというのがオチだった。


2025年10月22日水曜日

Honduras(ホンジュラス)

 ホンジュラスという国の名前を聞いて、皆さんは何を思い浮かべるだろうか。私はある人の名前を思い浮かべる。
 ニューヨークで仕事をしていた時、マンハッタンのコンドミニアムに住んでいた。そこでドアマンをしていた人を思い出す。
 彼は中南米の最貧国の一つと言われるホンジュラスの出身だった。ニューヨークへ出稼ぎに来ていた。

ホンジュラス共和国(外務省)

 コンドミニアムは、1st Ave.と53rd St.の交差点からイースト・リバーに少し下った北側にあった。下記の地図では国連本部の少し上になる。
 スタジオ・タイプといって、水回りを除いて部屋の区切りがなく一つの空間になっている間取りで、9階にあった。
 私は酔っ払ってエレベーターで吐いてしまったことがあったが、翌朝は綺麗になっていた。彼が掃除してくれたと後から知った。

マンハッタン
(地球の歩き方 2015~2016 別冊マップ)

 母がコンドミニアムに来た時も彼はとても親切だった。彼自身が家族と離れて暮らしていたからだろう。
 彼はいつも笑顔を絶やさず、ドアマンの中でも評判が良かった。私が帰国した後、彼からクリスマス・カードが届いた。
 2016年、25年ぶりにニューヨークを訪問しコンドミニアムで彼のことを聞くと、"passed away"と言われた。冥福を祈る。