2017年5月12日金曜日

古例大祭(馬まつり)

古例大祭で多賀大社から「尼子の打籠馬場」へ歩く途中にある「糸切餅本家ひしや」の店内に掲げてあったもの。江戸時代の「馬まつり」の様子である。「ひしや」は旧中山道高宮宿からの多賀道に面し、店先には鳥居本への近道を示した道標があった。それにしても、糸切餅の由来とされる元寇について、多賀大社の由緒で記載がないのは何故だろう。

2017年3月26日日曜日

2017年2月26日日曜日

玉泉寺

元三大師の生誕地と伝わる滋賀県長浜市にある寺。北陸本線の長浜駅の一つ先の虎姫駅から徒歩20分程のところにある。

2017年2月19日日曜日

おみくじ


 上野の両大師へ先日行った時に撮影したおみくじの説明ペーパーの写真である。
 両大師については、以前にこのブログで紹介したとおり、元三大師と天海僧正が祀られている。

 元三大師はおみくじの創始者と言われており、そのおみくじの見方が書いてある。つまりは、吉凶よりも何が書かれているかが大切であるという。良いことが書かれていても油断せず、悪いことが書かれていれば努力が必要と説く。
 
 まったくおっしゃるとおりだが、ついつい一喜一憂してしまうのが人間の弱さだろう。

2017年1月3日火曜日

白髭神社

元旦に白髭神社へ初詣をした。おごと温泉から湖西線の始発に乗って近江高島で降り、駅から歩くと40分かかるのでタクシーを予約した。神社の相当手前から駐車場に入り切らない車の路上駐車でタクシーを降りるのも大変だった。参拝客は湖上の鳥居の向こうから上る初日の出を待っていたが、山の端に雲がかかってうまく見れない。写真はリーフレットから拝借した。御祭神は猿田彦命であるが、新羅神社の一つと「新羅の神々と古代日本」(出羽弘明、同成社)に書いてある。翌日、大津の三井寺の敷地内にある正真正銘の新羅神社(新羅善神堂、国宝)へ行ったが、訪れる人もなく閑散としていた。

2016年9月26日月曜日

瀬田の唐橋

瀬田川を西側から渡る中洲にある「あみ定」から見たもの。俵藤太物語絵巻によれば、唐橋に大蛇が横たわっていて三上山の百足を退治してくれと頼まれたというが、実際は唐橋から三上山を見ることはできない。大は瀬田川の龍神の化身で、瀬田川を渡った東側を南へ少し行くと龍王宮秀郷社がある。物語に登場する俵藤太と実際の歴史上の人物で平将門を討伐した藤原秀郷が同一視されている。龍王宮秀郷社へ通じる道沿いの大津東ロータリークラブが立てた看板に「瀬田橋を制するものは天下を制する」と書いてあり、唐橋を舞台にした出来事が並べられている。壬申の乱、藤原仲麻呂の乱に続いて「藤原秀郷による百足退治」となっているところがなんとも微笑ましい。

2016年8月16日火曜日

己高山

己高山と書いて「こだかみやま」と読む。湖北の木之本から山側に少し入った古橋に登山口がある。標高九百二十三メートルというから、さほど高い山とは言えないだろう。この山に前から一度登りたいと思っていた。その理由は山頂の近くに鶏足寺跡があるからである。鶏足寺は「己高山由緒」において行基によって創建され泰澄も入山した後に荒廃し、最澄が再興したと書かれている。琵琶湖を望む台地に礎石、石垣、庭園等が姿をとどめているとのことであり、そこまでの登山案内図が上の写真である。下の写真は往時の鶏足寺の様子を描いたもので、そこにかつて安置されていたとされる仏像が収蔵されている麓の己高閣(「ここうかく」)の前にあった。右上に白山が描かれているが、己高山の山頂まで登れば遠く白山を望むことができるそうである。膝を痛めていたこともあって、六地蔵の手前までしか行けなかった。白山への道は遠い。