2015年10月3日土曜日

両大師


 慈恵大師と慈眼大師をまつるので両大師と言われている。慈恵大師は良源大僧正で永観3年(985)正月3日に死去しているので元三大師とも言われる。

 慈眼大師は寛永寺の開祖天海僧正であり、元三大師を深く信仰していた。今日は毎月3日の法要があるせいか、10時前から人出がある。
 千年以上法要が続いているのはすごいが、今の僧侶は元三大師をどれだけ知っているのだろう。

 「応和の宗論」で教条主義の南都六宗を論破した姿勢には崇高な学僧のイメージが重なる。その教えは現代にも通用するに違いない。
 実りの秋、上野公園には銀杏拾いの後の臭いが少し残っていた。

2015年9月6日日曜日

元三大師

 山田恵諦著の「元三大師」を読んだ。山田恵諦氏は第二五三世の天台座主で、平成六年に亡くなられた。

 本書は、昭和三十四年に元三大師の九百七十五回忌を記念して出版されたが、たちまち品切れになったそうである。
 僕は平成十一年の第四版を中古で入手した。写真の彫像も本書から拝借したが、五年半ほど前に大津市歴史博物館で大師の千二十五回忌を記念した展覧会が開かれていて同じような彫像をたくさん見た。

 当時もそうだったが、本書を読んで元三大師はすごい人だと改めて感じた。「上野両大師」に行ってみようと思う。

2015年8月30日日曜日

琵琶湖周航の歌

司馬遼太郎は「街道をゆく」1の「湖西にみち」の冒頭で、「『近江』というこのあわあわとした国名を口ずさむだけでもう、私には詩がはじまっているほど、この国が好きである」と書いた。文豪と比べるようで恐縮だが、僕もそれくらい滋賀県が好きである。大きな琵琶湖の周りには、僕の好きな場所がいくつも転がっている。その中の一つ、「琵琶湖周航の歌」資料館へ行った。JR湖西線の近江今津駅と琵琶湖汽船の今津港の間にある。今津港から竹生島へ渡ることができ、お天気が良ければ竹生島の後ろに伊吹山が見える。資料館で久しぶりに受付の方と話すことができた。5年以上経っているが、僕を憶えておられた。湖西の静かな佇まいは素朴で、住人の人柄も優しくて美しい。自分のお土産に写真の絵葉書を買った。

2015年8月16日日曜日

万灯祭(多賀大社)


日本大歳時記によれば、盆は仏教の行事が日本の固有信仰と自然に結びついたものであり、本来、年二期の祖霊祭の一つであるとされている。万灯祭も、御祭神である伊邪那岐大神の
姫神で、黄泉の国を主宰される伊邪那美命に感謝の献灯をする祭(多賀大社由緒畧記)であり、八月三日から五日に行われているが、かつては八月十五日頃に行われたこともあったらしい。万灯祭を含め多賀大社では多くの祭事が行われるが、最重儀は四月二十二日の古例大祭である。騎馬多数の供奉が行われるところから馬まつりとも呼ばれるが、その儀式に関する多賀大社由緒畧記の記述を読むと、過去の戦いと関係している気がする。

2013年6月2日日曜日

鳰

琵琶湖の湖面を漂う鳰(にお)。正式名はカイツブリで、滋賀県の鳥にもなっている。大津には「におの浜」という地名があり、琵琶湖を「鳰の海」と呼んだ歌もあるらしい。群れで見ることが多いが、この時は一羽だった。なんとなくネッシーの頭の部分に見えなくもない気がする。


2013年2月25日月曜日

ざぜん草

滋賀県高島市今津にある群生地。近江今津駅から徒歩30分程度で、遊歩道などもよく整備されている。座禅する僧侶に似ていることからその名が付いたそうだが、地元の人が「触ると臭い」と教えてくれた。

2012年10月14日日曜日

石塔寺

久しぶりに滋賀県に行って来た。写真は、東近江市にある石塔寺の阿育王塔。インドの阿育(アショカ)王が世界に撒いた八万四千の仏舎利塔のひとつかどうかはともかくとして、一見の価値はある。