2016年6月12日日曜日

雨森芳洲

雨森芳洲が滋賀県出身ということは前から
知っていた。高月町の渡岸寺(どうがんじ)
の隣にある歴史民俗資料館で郷土の名士
として展示があったと思う。最近、先輩から
教えてもらって永留久惠氏の「雨森芳洲」
という本を購入した。上の写真もその本の
巻頭に載っている。江戸時代に木下順庵
門下で雨森芳洲は新井白石とともに随一
の人材と言われた。朝鮮通信使を通じて
当時の朝鮮外交に果たした役割は大きい。
隣国と「誠信」の交わりを掲げ、新井白石
を「暴戻の儒」と弾劾することも雨森芳洲
だからできたのだろう。対馬藩に仕官し
その生涯を終えた雨森芳洲は、陶山訥庵、
宗助国と並び「対馬の聖人」と称される。

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