2026年1月2日金曜日

香港

 昨年末のニュースで香港の言論統制が厳しくなっていることが伝えられていた。1国2制度は有名無実化しつつある。
 私はフィリピンのマニラに住んでいた時に、家族旅行で一度だけ香港へ行った。まだ幼児の娘も一緒だった。
 着陸が難しいと言われる香港国際空港に、我々を乗せた飛行機が高層ビルを掠めるように降りていったのを思い出す。

「香港」 youtubeより

 台湾出身で香港でも活躍したテレサテンには「香港」という曲がある。中国の二胡を使用した前奏が私は好きだ。
 「星屑を地上に撒いた この街のどこかに」で始まる歌詞は、飛行機から見える香港の夜景をよく表している。
 「あぁ人はまぼろしの夢を追いかけて 生きているだけならば儚(はかな)すぎる」というサビには思わず頷く。 

「空港」 youtubeより

 テレサテンは1947年7月に発売されたデビュー2作目の「空港」がヒットし、日本レコード大賞の新人賞に選ばれた。
 「つぐない」や「愛人」という曲のヒットにより薄幸なイメージがあるが、実際には快活で可愛い女性だったのだろう。
 艶があって透き通るような歌声は日本人女性歌手には真似ができない。ビデオ映像を見ていて今でもそう思う。

「ジェルソミーナの歩いた道」 youtubeより

 1995年5月、静養のため訪れていたタイ・チェンマイのホテルで発作を起こし42歳の若さで亡くなった。
 「ジェルソミーナの歩いた道」は1981年2月発売のシングルで、ウェディングドレスで唄う映像が残っている。
 ジェルソミーナは1954年に公開された映画『道』の主人公で、知的障害を持ちながら懸命に生きた女性である。

 「佳人薄命」、彼女の肉声を聴くことはもうできないが、健気な姿と美しい声は映像として永遠に残るだろう。

2026年1月1日木曜日

O君を偲ぶ

  今年最初の投稿はお屠蘇を飲みながら書いている。故郷の広島から取り寄せた亀齢万年という縁起のいいお酒である。
 少し酔ってO君のことを思い出した。勤め先で知り合った友人で5年程前に60歳を前にして病気で亡くなった。
 九州肥後の出身で人柄が良く誰からも好かれた。「強い優しさ」を持った典型的な九州男児だった。

「Thanks~さらば、よき友~」 youtubeより

 お酒が好きでよく一緒に飲んだ。酒が弱い方ではなかったが、途中で寝てまた起きて飲むという癖があった。
 上記のすぎもとまさとの歌には「星から降りて来いよ おまえとよく来た居酒屋」という歌詞がある。
 O君がお酒に酔って寝てしまった時のように、もう一度起きてにお屠蘇の相手をしてもらいたくなった。

「時代おくれ」 youtubeより

 長身でハンサムなスポーツマンだったが、お酒を飲んで話をすると人の好さが出てしまう三枚目だった。
 そんなO君にもう1曲、河島英五の「時代おくれ」を送りたい。「人の心を見つめ続ける 時代おくれの男」だった。
 個人的には、二巡目の歌詞の「好きな誰かを思い続ける 時代おくれの男」でありたいと思っている。

 今年の干支が午とはいえ、いたずらに馬齢を重ねるだけではいけないだろう。O君ともう少し酒が飲みたかった。



 

2025年12月24日水曜日

歌を捧げて

 当代の日本人女性ボーカリストとして私がまず名前を上げなければいけないと思うのは、山本潤子である。
 「赤い鳥」、「ハイファイセット」のボーカルとして知られ、彼女の高音の美しい歌声を信奉する人は少なくない。
 オフコースの「歌を捧げて」も、小田和正の伴奏で山本潤子が唄っている映像がインスタにある(貼り付けられないので、下記はバンドの伴奏)。

「歌を捧げて」 youtubeより

 荒井由実の名曲「卒業写真」は、1975年2月に発売されたハイ・ファイ・セットのデビューシングルである。
 荒井由実のセルフカバー・バージョンもあるが、山本潤子の声には適わない。荒井由実もわかっていたのだろう。
 「人ごみに流されて 変わっていく私を あなたはときどき 遠くでしかって」というサビで思い浮かべるのは山本潤子の声だ。

「卒業写真」 youtubeより

 大滝詠一、佐野元春とともにナイアガラ・トライアングルのメンバーである杉真理も山本潤子の声のファンである。
 アルバム『GOLDEN☆BEST/ハイ・ファイ・セット』の2枚目のCDは杉真理作品集で、その中に「Boy friend」という曲がある。
 別れた恋人を歌うバラードの名曲で、「背の高いマンションの」という歌詞から始まる高音は山本潤子でないと唄えないと思う。

「Boy friend」 youtubeより

 冒頭の「歌を捧げて」の歌詞には「あなたは少しだけ 疲れただけ」という部分がある。年末年始はゆっくり休むことにしよう。



2025年12月23日火曜日

流星(りゅうせい)

 年末にNHKでMrs. GREEN APPLEを特集していた。彼らの曲はよく知らないが、吉田拓郎の「流星」のカバーを聴いたことがある。
 2017年6月に発売されたトリビュートアルバム「今日までそして明日からも、吉田拓郎」に収録されている。
 若者に人気の3人組ポップロックバンドが吉田拓郎の曲をトリビュートしていることに正直言って驚いた。

Mrs. Green Appleの「流星」 youtubeより

 「流星」という曲の存在に気づいたのは、リコーのCMソングとして手嶌葵が唄っているのを聴いてからだ。
 『吉田拓郎 THE BEST PENNY LANE』の2枚目のCDで2曲目に収録されているのに、気づいていなかった。
 「君の欲しいものは何ですか 君の欲しいものは何ですか」と連呼する最後の歌詞が印象に残った。

手嶌葵の「流星」 youtubeより

 最後は本家本元の吉田拓郎の「流星」である。「たしかな事など何も無く ただひたすらに君が好き」という歌詞がいい。
 冬は空気が澄んで星空がよく見える。今朝の散歩はほぼ新月で空に月はなく、北斗七星がよく見えた。
 残念ながら流星を見ることはできなかったが、北斗七星をベースに北極星を特定することができた。

吉田拓郎の「流星」 youtubeより

 最後は南半球の夜空に輝くポーラースター、チェ・ゲバラ(6/13付け投稿を参照)の言葉で締めくくるとしよう。

 もし我々が空想家のようだと言われるならば
 救いがたい理想主義者だと言われるならば
 できもしないことを考えていると言われるならば
 何千回でも答えよう そのとおりだ、と


2025年12月17日水曜日

Last Christmas

 
"Last Christmas" youtubeより

 Wham!のLast Christmas、クリスマスソングの定番としてリリースから40年以上経つのに今もこの季節になると巷に流れる曲である。
 美しいメロディーラインが受けていると思うが、歌詞を読むと失恋ソングであり、おめでたいクリスマスには似つかわしくない気もする。
 このメロディの作者は作詞・作曲を担当したジョージ・マイケルで、リリースから1年半後にWham!は解散し、ソロ活動を開始した。

"Careless Whisper"  youtubeより

テレサテンが唄う"Careless Whisper"  youtubeより

 Wham!はラップも素晴らしいが、特徴のあるメロディはジョージ・マイケルの得意とするところである。
 上記のCareless Whisperもそんな曲の一つで、Wham!時代にリリースされており、印象的なサックスの前奏で始まる。
 日本でも多くの歌手がカバーしていて、テレサ・テンがコンサートで英語で歌っているのを聴いたこともある。

"One More Try" youtubeより

 ジョージ・マイケルはゲイで、公然わいせつ事件をきっかけにカミングアウトした。そのほぼ20年後、53歳の若さで亡くなった。
 たくさんの良い曲を残したが、ソロになって最初のアルバム"Faith"から"One More Try"を選ぶことにしよう。
 1988年4月のリリースで、私がニューヨークにいた頃にMTVでもよく流れていたと記憶している。

 好きな人に切々と想いを伝えるバラードの名曲で、"Maybe just one more try"という最後の歌詞が心を打つ。


2025年12月15日月曜日

砂漠の薔薇

 砂漠の薔薇という天然石を博物館で見たことがあるが、今回書こうとしているのはビリーバンバンの歌である。
 ビリーバンバンが「さよならをするために」を唄った1972年2月は、まだ中学校の低学年だった。
 兄弟デュオだったが、兄の菅原孝が今年9月に亡くなった。弟の菅原進はソロとしても活躍している。

「砂漠の薔薇」 youtubeより

 麦焼酎・いいちこのCMソングが有名になったが、「砂漠の薔薇」が使用されたのは1999~2001年である
 「暮れなずむ西の空 いにしえに帰る風」で始まる歌詞には、「出遭いも別離も 蜃気楼」という部分がある。
 人との出遭いは楽しいが別離は辛い、全ては蜃気楼だったと思いたくなる気持ちは分からなくはない。

「君と行く明日」 youtubeより

 あまり知られていないと思うが、私が好きな曲を2曲紹介したい。1曲目は「君と行く明日」である。
 2011年11月発売のアルバム『君が幸せでありますように』にヒット曲「また君に恋してる」とともに収録された。
 サビの「それでも僕は決して君をあきらめないから かならず僕はかならず君を守るから」という部分が私は好きだ。

「君が生まれた日」 youtubeより

 「君が生まれた日」は2014年10月発売のアルバム『愛という名の、自由と不自由』に収録された。
 サビに「君が生まれた日 僕が口づけた日 僕がうまれ変わった日 君と手を繋いだ日」という部分がある。
 「最後の恋とわかっていた」で始まるこの曲は、中年になった後の運命的な出逢いを唄っているような気がする。


2025年12月13日土曜日

丸紅ギャラリー

  今日、丸の内オアゾで友人との昼飲みがあったので、その前に竹橋にある丸紅ギャラリーへ行ってみた。
 地下鉄東西線の竹橋駅で降りて3aの出口直通で丸紅本社に入り、エレベーターで3階へ上るとギャラリーがあった。
 「着こなしの変遷」と題した企画展が催されていて、知人からもらったチケットで入場することができた。

以上3点とも丸紅ギャラリーのホームページより

 江戸時代後期から明治時代に至る着物が展示され、上記の写真のとおりいずれも色彩や艶が素晴らしかった。
 このような着物は果たして現在の技術で再現することが可能なのだろうか、と思わせる程見事なものだった。
 こういう品を見ると、世の中は進歩しているのか、進歩は人間の幸福に繋がっているのか疑問さえ感じてしまう。

丸紅ギャラリーの入口の説明

 丸紅ギャラリーの入口には、上記のとおり「丸紅の歴史と美術コレクション」という年表がある。
 「丸紅誕生への道程」に「一人の近江商人の“持ち下り商い”の旅に端を発する丸紅の歴史」と記載されている。
 丸紅と伊藤忠商事は近江商人の伊藤忠兵衛が創業したものであるが、残念ながら受付嬢は知らないようだった。

 歴史学者のE.H.カーは『歴史とは何か』(岩波新書、1962年)で「歴史とは現在と過去との対話である」と述べている。