2016年6月12日日曜日

雨森芳洲

雨森芳洲が滋賀県出身ということは前から
知っていた。高月町の渡岸寺(どうがんじ)
の隣にある歴史民俗資料館で郷土の名士
として展示があったと思う。最近、先輩から
教えてもらって永留久惠氏の「雨森芳洲」
という本を購入した。上の写真もその本の
巻頭に載っている。江戸時代に木下順庵
門下で雨森芳洲は新井白石とともに随一
の人材と言われた。朝鮮通信使を通じて
当時の朝鮮外交に果たした役割は大きい。
隣国と「誠信」の交わりを掲げ、新井白石
を「暴戻の儒」と弾劾することも雨森芳洲
だからできたのだろう。対馬藩に仕官し
その生涯を終えた雨森芳洲は、陶山訥庵、
宗助国と並び「対馬の聖人」と称される。

2016年6月5日日曜日

天ノ朝の研究

図書館で借りた「古代近江文化圏試論 
もう一つの高天原」(原田実、1991年)
から写真の本の存在を知った。ネットで
探すと少し高かったがすぐに購入した。
題は「蝦夷と天ノ朝の研究」であるが、
「蝦夷とアイヌ」と「天ノ朝の研究」に
分かれている。菊池山哉という人物は
東京都府中市の郷土史家とのことだが、
よくここまで調べたものだ。「天ノ朝の
研究」の目次を見ると、「アマの国は
淡海の国か」や「邪馬壱国と狗奴国」
といった興味深い項目が並んでいる。